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2013年5月27日 (月)

この頃詠みし歌

生老病死を超えてとことはの命をば 生きてゆくべし生きゆかんかな

わが母のためにと買ひ来しイチゴの実赤々として美しきかな

侵略だ植民地支配だと口をきはめ祖国罵る岡田といふ男

焼き打ちされしスーパーの息子 性懲りもなく自らの祖国罵る

三角の眼をした男侵略だ植民地支配だと祖国罵る

恐ろしき医療の実態の話聞き父の苦しみを思ひ出したり

父上を亡くせし友より贈られし素麺をわが父の霊前に供ふ

聞こえ来る自動車の音 文明の無機質の中に我は生きをり

卓に置きし手を見つめつつ老いたりと母がつぶやけば悲しかりけり

見上げれは高層ビルがそそり立つ広場に能の舞台華やぐ(東京大薪能)

色彩ゆたかな衣装をまとひ舞ひながら白き蜘蛛の糸吐き出してゐる()

乗り間違へし電車にて来し赤坂の町の賑はひに友の店探す

月一回我の講義を聴きに来し人がこの世を去りし悲しさ

四月初めにこの世を去りしと聞きにけり この二三か月会はざりし人が

若き乙女が働きてゐる郵便局 時々行くが楽しみの一つ

送金の手続き済ませ外に出れば初夏の光が眩かりけり

新若葉初夏の光に照らされて瑞々しくも輝きてゐる

焼け跡に新しき葉が萌え出づる 命尊しと思ひつつ見る

爽やかに五月の風の吹きてくる街角に立ち信号を待つ

エレベーターで何時も会ふ人 笑顔にて挨拶交はせば心和むも

今年初めて冷やし中華を食したり中華帝国主義を厭ふ我なれど

騒がしき時代に静かなひと時を求めむとして仏前に座す

昔のままのたたずまひのこす茶房にてオーギョーチーといふものを食す

上野山太き樹木を仰ぎつつ歴史を偲ぶ夕つ方かな

東叡山を向丘より砲撃せし人の銅像は靖國に立つ

静かなる一日(ひとひ)が終はり真向かへる観音像に手を合はせたり

固き決意せしにあらざれどこの頃は煙草を吸はずに過ごしゐるなり

晝飯を食せし後に一本の煙草を吸ふが習ひなりしに

父上の眠りたまへる墓磨き花供へれば心やすらぐ

忙しなく過ごしゐる我 今日の日は菩提寺に来てみ墓清める

先祖の墓きよめまつりて暫しの間住職と語らふ丘の上の寺

皆共に『櫻井の訣別』歌ひなば心身ともに引き締まる思ひ(『楠公祭』)

乃木神社夕暮時に灯りゐるかそかなる明かり神界の如し

みやしろにかそけき明りが灯りゐて 軍神の御霊に祈り捧げる

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