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2013年5月30日 (木)

「『もののあはれ』と日本の美」展を参観して

今日参観した「『もののあはれ』と日本の美」展は、「『花鳥風月』という言葉は、現代を生きる私たちにも雅な響きをもって耳に届きます。春の桜、季節の訪れを告げる鳥たち、秋の夜空に輝く月は、美しい日本の四季や自然を代表する風物として絵画や工芸の題材となりました。この展覧会は、古来、親しまれてきた『雪月花』や『花鳥風月』にあわせて『もののあはれ』という言葉をとくに採り上げ、その歴史を辿るとともに、誰もが心癒されるであろう抒情性あふれる日本美の世界へご案内します」(案内書)との趣旨で開催された。

『病草子断簡「不眠の女」』、本居宣長著『石上私淑言』、『源氏物語図屏風』『西行物語絵巻』『小倉山蒔絵硯箱』『野々宮蒔絵硯箱』『武蔵野図屏風』鏑木清方筆『虫の音』などを見る。

『武蔵野図屏風』には誰の作かは記されてゐなかったが、「武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ」という歌が記されてあった。これは、私がいつも実感していることである。東京の市街地からは山が見えない。山が見えないのだから月も太陽も山から昇ったり山に入るということはない。山が見えないというのはさみしいことである。大和盆地や京都盆地は山に囲まれゐいるので、町中からも山が見える。月も太陽も山から出て山に入る。だから色々な物語や神話や信仰が生まれる。三輪山信仰は太陽信仰と深いつながりがある。三輪山から昇った太陽は二上山に沈む。だから二上山はあの世への入り口と信じられた。

鏑木清方の美人画は風情がある。描かれてゐる女性になんとなく情感が感じられる。上村松園の美人画は勿論素晴らしいし、最高のものと思うが、情感というものはあまり感じられない。この展覧会の主題である「もののあはれ」というものが感じられないのである。

「もののあはれ」を理屈で説明するのはなかなか難しい。日本人が持っている独特の情感と言える。本来的には、物事に驚嘆したり感動した時に発する「ああ、はれ」という言葉なのであるとされる。「天晴れ」にも通じる言葉である。天照大御神が天の岩戸からお出ましになる時、それを喜んで八百万の神々が発した言葉が「あはれ」であった。これは喜びの言葉である。

それが次第に「哀れ」という意味になって行ったのだという。しかし悲しいとか切ないとか哀れだという意味だけではないと思う。やはり、物事に感動した時の自然な心、情感を「もののあはれ」と言うのであろう。

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