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2013年5月31日 (金)

日本傳統信仰への回帰と一神教

最近、旧約聖書・コーランを読みました。「旧約聖書」の物語がこれほど面白いとは思いませんでした。しかし、言うまでもありませんが、コーランも聖書も日本神話の物語と比較すると相当に戦闘的であり、神の怒りとか復讐とかが凄まじく描かれております。また、砂漠地帯に生まれた神話ですから、やはり乾いております。心休まるみすみずしさは不足しています。

しかし一神教が、欧米・中東そしてアジア、つまり殆ど全世界に広まり、多くの人々が信仰しているという事実はすごいものです。日本伝統信仰は、世界宗教になり得るか否かというのは難しい問題であります。日本神話はやはり山紫水明麗しく四季の変化が規則正しい日本という素晴らしい国で生まれたものであります。厳しい自然環境に生きる人々には融合しないのかとも思います。

しかし、闘争戦争を絶え間なく繰り返している一神教の世界に対して、自然と祖靈を神と拝ろがむ神道の精神がその闘争性を和らげる原理となり得るという希望を抱いております。回教徒やユダヤ教徒が伊勢の神宮に来て大感激したという話を何回も聞いたことがあります。
ただし、今日の日本の荒廃した状況を見ると、まずもって日本人自身が、日本傳統信仰に回帰しなければなりません。

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日本民族の特性

日本民族は決して排他独善的な民族ではない。「島国根性」などといふのは嘘である。島であるからこそ海に開かれた國なのである。古代日本は、海を越えて大陸や朝鮮半島から文化・文明を輸入し包摂してきた。そしてその包摂の中心は天皇・皇室であった。

日本は外国と海を隔ててゐたことによって、外来文化・文明を丁度良い具合に取捨選択することができた。大東亜戦争後のアメリカ文化の流入は別として、わが国は外国からの軍事侵略によって無理矢理外来文化文明を押し付けられたことはない。

「天地自然と祖靈を神と仰ぐ天皇を祭り主とする信仰共同体」といふ強靭な基盤があるからこそ、儒教・佛教が、日本人の生活に深く染み入り、日本民族の精神的血肉とはなっても、外来思想・外来宗教といふ性格を失ふことはなかったのである。

中村元氏は、「人類の歴史を見るに、文化程度の低い民族がかならずしも程度の高い文化を全面的に受容するとはかぎらない。異質的な文化の受容が行われるためには、すでに当該民族のうちに受容を可能ならしめるに足る基盤が用意されていなければならない。」(『日本人の思惟方法』)と論じてゐる。

わが國の外来文化・文明包容摂取の基盤・中核精神=日本の独自性は、太古以来の日本人の信仰生活であり祭祀である。

つまり天地自然は日本人にとって敵ではなく友であったことが、日本人の精神的基盤である「清らけき明らけき心」「素直な心」「無私の精神」を生んだのである。太古以来の日本民族の精神的特性は、「清らけき明らけき心」「素直な心」「無私の精神」である。

与へられてゐる自然環境を素直に肯定する思惟方法が、天地自然を人間と対立する存在ととらへず、天地自然を神としてまつり拝ろがむ信仰生活を生んだと思はれる。それは日本の天地自然が麗しく温和であり人間に大いなる恵みを与へる存在である事による。麗しく豊かな自然に恵まれた日本民族は、現世を肯定し、明るい太陽の下で生きてきた。日本民族は本来明るく大らかな民族である。

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2013年5月30日 (木)

千駄木庵日乗五月三十日

午前は、母のお世話。

この後、『伝統と革新』編集の仕事。原稿執筆。

午後四時より、永田町の衆議院第二議員会館にて、『日本再生同志の会』幹事会開催。中村信一郎氏が司会。小田村四郎会長が挨拶。西村眞悟衆議院議員がスピーチ。全員で討論。

帰途、赤坂にて知人と懇談。

帰宅後も原稿執筆。

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「『もののあはれ』と日本の美」展を参観して

今日参観した「『もののあはれ』と日本の美」展は、「『花鳥風月』という言葉は、現代を生きる私たちにも雅な響きをもって耳に届きます。春の桜、季節の訪れを告げる鳥たち、秋の夜空に輝く月は、美しい日本の四季や自然を代表する風物として絵画や工芸の題材となりました。この展覧会は、古来、親しまれてきた『雪月花』や『花鳥風月』にあわせて『もののあはれ』という言葉をとくに採り上げ、その歴史を辿るとともに、誰もが心癒されるであろう抒情性あふれる日本美の世界へご案内します」(案内書)との趣旨で開催された。

『病草子断簡「不眠の女」』、本居宣長著『石上私淑言』、『源氏物語図屏風』『西行物語絵巻』『小倉山蒔絵硯箱』『野々宮蒔絵硯箱』『武蔵野図屏風』鏑木清方筆『虫の音』などを見る。

『武蔵野図屏風』には誰の作かは記されてゐなかったが、「武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ」という歌が記されてあった。これは、私がいつも実感していることである。東京の市街地からは山が見えない。山が見えないのだから月も太陽も山から昇ったり山に入るということはない。山が見えないというのはさみしいことである。大和盆地や京都盆地は山に囲まれゐいるので、町中からも山が見える。月も太陽も山から出て山に入る。だから色々な物語や神話や信仰が生まれる。三輪山信仰は太陽信仰と深いつながりがある。三輪山から昇った太陽は二上山に沈む。だから二上山はあの世への入り口と信じられた。

鏑木清方の美人画は風情がある。描かれてゐる女性になんとなく情感が感じられる。上村松園の美人画は勿論素晴らしいし、最高のものと思うが、情感というものはあまり感じられない。この展覧会の主題である「もののあはれ」というものが感じられないのである。

「もののあはれ」を理屈で説明するのはなかなか難しい。日本人が持っている独特の情感と言える。本来的には、物事に驚嘆したり感動した時に発する「ああ、はれ」という言葉なのであるとされる。「天晴れ」にも通じる言葉である。天照大御神が天の岩戸からお出ましになる時、それを喜んで八百万の神々が発した言葉が「あはれ」であった。これは喜びの言葉である。

それが次第に「哀れ」という意味になって行ったのだという。しかし悲しいとか切ないとか哀れだという意味だけではないと思う。やはり、物事に感動した時の自然な心、情感を「もののあはれ」と言うのであろう。

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千駄木庵日乗五月二十九日

午前は、母のお世話。精神状態が落ち着いたので一安心。

午後は、赤坂のサントリー美術館にて開催中の「『もののあはれ』と日本の美」展参観。

帰宅後は、『伝統と革新』の原稿執筆。「巻頭言」と「編集後記」を書かねばならないのですが、これがなかなか難しい。特に「編集後記」は単なる論文や主張になってしまってはいけないし、そうかといって世間話を書いたのではしょうがない。自然体の文章を書こうと努力しているのですが、経験不足で困っています。

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2013年5月29日 (水)

レイシズム批判について

街頭デモで一部過激な言動があったからとてレイシズムだと批判するのはどうか。レイシズムとは共産支那のチベット・東トルキスタンにおける大量虐殺、韓国軍のベトナムにおける大量虐殺のことではないのか。日本人でありながら支那・韓国の暴虐には目をつぶり祖国を冒瀆する輩は許せない。

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今こそ、日本民族精神・日本的ナショナリズムが勃興すべき時である

ナショナリズムとは、外國からの圧力・干渉を排して國家の独立を維持する思想および運動と定義できる。運命共同體意識と言ひ換へても良いと思ふ。これは、國家民族の危機の時に澎湃として沸き起こってくるものであり、ごく自然な感情である。危険視したり不潔であるとすることはできない。わが國の歴史を回顧すれば明らかなことであるが、國民の強烈なナショナリズムの沸騰は、民族の独立を守り國家の存立を維持したこともある。

言ふまでもないが、ナショナリズムは日本にだけ存在するものではない。世界各國に共通して勃興し存在する。その國・民族・共同體が危機に瀕した時に興起する國家防衛・独立確保の主張と行動である。

また、ナショナリズムは、歴史意識・傳統信仰と深く結びついてゐる。といふよりも不離一體である。自己の意識の中に民族の歴史を蘇らせることによって、ナショナリズムが形成される。國家的危機に際會した時、それを撥ね退けんとしてその國民がその國の歴史意識・傳統精神を根底に置いて運命共同體意識を結集し、勃興する精神と行動がナショナリズムである。民族の歴史を國民一人一人の精神の中で甦らせ、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって民族の主體性が形成される。

わが國が、西欧列強の侵略・植民地支配を受けることなく独立国家として近代化を遂げ発展し得たのは、「尊皇攘夷」を基本思想とした明治維新といふまさに「有史以来未曾有の大変革」を行ったからである。そしてそれが成功した根本的原因は、わが國は肇國以来、天皇を神聖君主と仰ぐ國體観・國家観が確立されていたからである。

今日わが國は外圧の危機が顕著になってゐる。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識を回復する以外に無い。今こそ、日本民族の歴史意識・傳統精神を我々一人一人の精神の中で甦らせ、國民一人一人の倫理観・道義感の基本に置き、日本民族精神・日本的ナショナリズムが勃興すべき時である。

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千駄木庵日乗五月二十八日

午前は、母のお世話。少し精神的に安定しないので心配。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆など。

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2013年5月28日 (火)

共産支那こそアジア最大、否、世界最大の侵略国家であり泥棒国家だ

チベット・東トルキスタン・モンゴル・満州を盗み取っている大泥棒国家、大侵略国家の李克強が、日本を泥棒呼ばわりするとは何事だ。盗人猛々しいとは李克強のことだ。

 支那は「中華」を自称し、周辺諸国・諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と言って蔑視するのみならず、その支配下に置くことを目的として対外侵略政策をとっている。支那民族が、周囲の国・民族よりすぐれているという信念を持っている。そして周辺諸国を自国の属国とみなし、これに朝貢(外国人が来朝して朝廷にみつぎものを差し上げること)させて来た長い歴史がある。それが今日までの支那の歴史である。そうした悪しき伝統は共産主義政権になっても脈々と生きている。と言うよりもますます顕著になっている。だから周辺諸国の領土を掠め取るのは当たり前だし、気に入らない国に対しては武力で恫喝したり制裁を加えるのは当然という考え方があるのだ。つまり支那こそアジア最大、否、世界最大の侵略国家であり泥棒国家なのだ。

 共産支那は、今日露骨な対外侵略政策を実行している。その最大のターゲットがわが日本なのだ。中華帝國がこれ以上続くのは許し難い。日本の力を見せ、アジア諸国と連帯して中華帝国主義に撃滅すべきである。

 

 アジアの平和と安定にとって最大の脅威が中華帝国主義であり共産支那である。共産支那を押さえるためには、「強い日本」にならなければならない。「強い日本」とは何も軍事力のみではない。外交面・政治面・経済面でも強くならなければならない。しかし外交的・政治的強さの背景には必ず軍事力が必要である。「強い日本」がアジアの平和に貢献できると考える。かつて「暴支膺懲」(暴虐なる支那をうちこらす)という言葉があったが、今日もまたそういう時ではないのか。

 そもそも共産支那は、國共内戦・大躍進政策・文化大革命・天安門事件などで自國民を散々殺戮している。そして満洲・東トルキスタン・チベット・モンゴルを侵略し、南沙・台湾・尖閣・沖縄を侵略せんとしている。このような非道な國家がわが國に対して『過去の歴史問題』を云々する資格は毛筋の横幅ほども無い。ましてやわが国を泥棒呼ばわりする資格は毛筋の横幅ほどもない。繰り返し言う。支那こそアジア最大、否、世界最大の侵略国家であり泥棒国家なのだ

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千駄木庵日乗五月二十七日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、及び原稿執筆。

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2013年5月27日 (月)

この頃詠みし歌

生老病死を超えてとことはの命をば 生きてゆくべし生きゆかんかな

わが母のためにと買ひ来しイチゴの実赤々として美しきかな

侵略だ植民地支配だと口をきはめ祖国罵る岡田といふ男

焼き打ちされしスーパーの息子 性懲りもなく自らの祖国罵る

三角の眼をした男侵略だ植民地支配だと祖国罵る

恐ろしき医療の実態の話聞き父の苦しみを思ひ出したり

父上を亡くせし友より贈られし素麺をわが父の霊前に供ふ

聞こえ来る自動車の音 文明の無機質の中に我は生きをり

卓に置きし手を見つめつつ老いたりと母がつぶやけば悲しかりけり

見上げれは高層ビルがそそり立つ広場に能の舞台華やぐ(東京大薪能)

色彩ゆたかな衣装をまとひ舞ひながら白き蜘蛛の糸吐き出してゐる()

乗り間違へし電車にて来し赤坂の町の賑はひに友の店探す

月一回我の講義を聴きに来し人がこの世を去りし悲しさ

四月初めにこの世を去りしと聞きにけり この二三か月会はざりし人が

若き乙女が働きてゐる郵便局 時々行くが楽しみの一つ

送金の手続き済ませ外に出れば初夏の光が眩かりけり

新若葉初夏の光に照らされて瑞々しくも輝きてゐる

焼け跡に新しき葉が萌え出づる 命尊しと思ひつつ見る

爽やかに五月の風の吹きてくる街角に立ち信号を待つ

エレベーターで何時も会ふ人 笑顔にて挨拶交はせば心和むも

今年初めて冷やし中華を食したり中華帝国主義を厭ふ我なれど

騒がしき時代に静かなひと時を求めむとして仏前に座す

昔のままのたたずまひのこす茶房にてオーギョーチーといふものを食す

上野山太き樹木を仰ぎつつ歴史を偲ぶ夕つ方かな

東叡山を向丘より砲撃せし人の銅像は靖國に立つ

静かなる一日(ひとひ)が終はり真向かへる観音像に手を合はせたり

固き決意せしにあらざれどこの頃は煙草を吸はずに過ごしゐるなり

晝飯を食せし後に一本の煙草を吸ふが習ひなりしに

父上の眠りたまへる墓磨き花供へれば心やすらぐ

忙しなく過ごしゐる我 今日の日は菩提寺に来てみ墓清める

先祖の墓きよめまつりて暫しの間住職と語らふ丘の上の寺

皆共に『櫻井の訣別』歌ひなば心身ともに引き締まる思ひ(『楠公祭』)

乃木神社夕暮時に灯りゐるかそかなる明かり神界の如し

みやしろにかそけき明りが灯りゐて 軍神の御霊に祈り捧げる

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千駄木庵日乗五月二十六日

午前は、母のお世話。

午後一時より、江東区の富岡八幡宮にて、『二宮報徳会平成二十語年度総会』開催。小林幸子会長が挨拶。阿羅健一氏が「すぐわかる南京事件はでっち上げ」と題して講演。この後、懇親会。多くの同志・友人とお会いした。

午後六時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学ぶ会』開催。渡邉昇氏が主催者挨拶。小生が「吉田松陰ののこした歌」と題して講演。質疑応答。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2013年5月26日 (日)

日本國體と相容れない西洋憲法思想

日本國體と相容れない西洋憲法思想 憲法学の定説では、「西洋成文憲法は権力に対する制限規範である。権力は放っておくと濫用されるので、為政者の手を縛る必要がある。イングランド最悪の王と言われるジョン王と諸侯との間で結ばれた『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、『国王も法の下にある』という原則=『法は王権に優越する』という法治主義を確立した」とされる。 日本天皇の国家統治の本質は、権力・武力による国家・国民支配ではない。神聖なる権威による統治である。むしろ、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが国の建国以来の國體であり歴史である。また、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の法である。天皇が成文法の下にあるなどという事は絶対にあり得ない。また、わが國の最高の成文憲法は、「天壌無窮の御神勅」である。 「現行占領憲法」は、その法思想・理念もアメリカの押し付けであるから、「マグナ・カルタ」を起源とする西洋成文憲法思想に貫かれている。日本天皇は、権力を濫用して国民を苦しめるジョン王などの西洋専制君主とは全くその本質を異にする。「現行憲法」は、わが國體とは相容れない。 日本国は、神話の世界から「天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体」たる傳統を保持している。そうした日本の国柄・國體を西洋の国家思想で定義する事は誤りである。「現行占領憲法」は、アメリカ憲法の模倣である。欧米の契約思想・権力国家観に基づいている。日本國體に基づいた憲法ではない。 わが国には本来、権力国家ではないし、主権が国民にある とか君主にあるというような「二元論」は無かった。現行 憲法の原理を否定しなければ「現行占領憲法」の改正にも ならなければ 自主憲法制定にもならない。法理論上、「『大 日本帝国憲法』を復元し、改正すべきところは改正すとい うことが正しい と思う。 日本国と全く国の成り立ち・国柄・歴史が異なる西洋の憲法思想をわが國の憲法思想にしてはならない。そしてそういう日本国の國體と歴史に合致しない法思想で成り立っている「現行占領憲法」の無効を一刻も早く確認すべきである。

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楠公精神・七生報國の精神について

日本の古典には「名文」と言はれるものが多数ある。『太平記』の次の一節は、その最たるものであろう。

「舎弟の正季に向て、そもそも最後の一念に依て、善悪の生(しゃう)を引くといへり。九界の間に何か御辺の願なると問ければ、正季からからと打笑て、七生まで唯同じ人間に生れて、朝敵を滅さばやとこそ存候へと申しければ、正成よに嬉しげなる気色にて、罪業深き悪念なれども、われもかやうに思ふなり。いざさらば同じく生を替(かへ)て、この本懐を達せんと契て、兄弟共に刺違て、同枕(おなじまくら)に伏にけり。」

この文章には、楠公のそして日本民族の絶対尊皇精神、七生報国の精神が見事にうたひあげられてゐる。「七生まで唯同じ人間に生れて、朝敵を滅さばや」といふ正季の言葉は、後々の世まで深く人の心に感銘を与へ、人の心を動かした。歴史を動かしたと言っても過言ではない。

楠公兄弟は、「今度は浄土に生まれたい」「地獄には行きたくない」「後生はもっと善い処に生まれたい」などとは言はなかった。ただひたすら、「七生まで唯同じ人間に生れて、朝敵を滅さばや」といふ強烈に決意を吐露した。

「七生」とは永遠の生命を意味する。日本人たるもの、永遠に生きとおして、君国に身を捧げるといふ捨身無我の尊皇精神に憧れたのである。

保田與重郎氏は、「『罪業深き悪念云々』といふのは、当時の仏教思想に基づく考へ方である。『太平記』の作者も、仏教観念の鼓吹を、この物語執筆の趣旨としたのだが、大楠公の品格をのべ行動と結末を語るに当っては、さういふ観念のものを全く棄て、超越してゐるのである。」「正季公がからから打笑ひ、七生尽忠の志を誓はれたのにたいし、大楠公が『よに嬉しげなる気色にて』これを諾ったといふ書きぶりは、まことにこの物語の作者の志のたけ高さ示すに十分であった。これこそすなほな民族感情の表現である。正季公がからからと打笑ったといふことは、当時の一般教養界を風靡した仏教信仰からくる穢土厭離の思想をその笑ひで吹きとばされたのである。」(『太平記と大楠公』・湊川神社社務所発行「大楠公」所収論文)と論じてゐる。

絶対尊皇精神といふ「素直な民族感情」は、仏教の宿命論、輪廻思想・厭離穢土思想を超越するのである。「七生報国」の精神は、仏教の輪廻転生思想・宿命論が我が国に入って来る以前から日本民族が抱いてゐた死生観より生まれた観念だからである。

歌人であり国学者でもあった橘曙覽は次の歌をのこした。

湊川御墓の文字は知らぬ子も膝をりふせて嗚呼といふめり

楠公の墓が荒廃してゐたのを嘆いた義公・水戸光圀が、元禄五年(一六九二)、佐々助三郎宗淳を湊川に派遣して石碑を建て、「嗚呼忠臣楠子之墓」と自筆で題した。その楠公のお墓に刻まれた文字を仰げば、子供といへども感激して墓前に屈んで「嗚呼」と唱へるであらうといふ意。

吉田松陰は、安政三年(一八五六)『七生説』を書いて、正成が七度人間と生まれて國賊を滅ぼすことを誓ったことについて、「楠公兄弟は、徒(たゞ)に七生のみにあらず、初めより未だ嘗て死せざるなり。是より其の後、忠孝節義の人、楠公を観て興起せざる者は無ければ、則ち楠公の後復た楠公を生ずる者、固より計り数ふべからざるなり。何ぞ独り七たびのみならんや」と論じた。

また、吉田松陰の『留魂録』には次の歌がある。

七たひも生かえりつゝ夷をそ攘はんこゝろ吾忘れめや

楠公の崇拝者として知られ『今楠公』といはれたといふ真木和泉守保臣は、天保十年、二十七歳の時、次の歌を詠んだ。

すめる世も濁れる世にも湊川絶えぬ流れの水や汲ままし


さらに、西郷隆盛は次のやうな漢詩をのこしてゐる。

「楠公題図(楠公の図に題す) 

奇策明籌不可謨(奇策の明籌、謨(はか)るべからず)、正勤王事是真儒(正に王事に勤る、是真儒) 懐君一子七生語(懐(おも)ふ、君が一子七生の語) 抱此忠魂今在無(この忠魂を抱くもの、今在りや無しや)」。

「七生報国」の楠公精神は、後世においてきはめて大きな影響を与へた。明治維新で活躍した多くの志士は、殆ど例外なく楠公に対する感激と崇敬とを抱いてゐた。維新の志士たちの楠公仰慕の心は非常に強いものがあった。明治維新の戦ひにおいて、楠公精神・七生報国の精神は志士たちによって継承され、且つ、実践された。楠公仰慕の心、「七生報国」の精神の継承が、明治維新は成就の一大原動力であった。楠公の絶対尊皇精神が、明治維新の戦ひに挺身した志士たちの精神的基盤であった。

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2013年5月25日 (土)

千駄木庵日乗五月二十五日

朝、デイサービスに赴く母を見送る。

この後、諸雑務。

昼、親族と懇談。

午後は、明日の『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

午後五時より、赤坂の乃木神社にて『楠公祭』執行。犬塚博英氏(世話人)が、楠公精神について講話。続いて祭事執行。祭詞奏上・祈願詞奏上・『櫻井の訣別』斉唱・玉串奉奠などが行われた。

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乃木神社神殿

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祈願詞奏上(横山孝平氏)

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挨拶する犬塚博英氏

帰宅後は、明日の講演の準備など。

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「第三十二回 日本の心を学ぶ会」のお知らせ

第三十二回 日本の心を学ぶ会

演題 吉田松陰の辞世歌


日本の維新変革には浪漫があります。一掬の涙があります。そして歌心・詩心があります。愛国運動、真正保守運動には、思想精神・理論が大切であることを言うまでもありません。しかし、その根底に歌心がなければならないと思います。明治維新の志士たちも、大東亜戦争で散華なされた英霊も、「やまと歌」を遺しました。 
「日本の心を学ぶ会」では、今月より数回のシリーズとして、幕末維新の志士たちが遺した「やまと歌」を学んでいきたいと思います。維新の志士たちが詠まれた「やまと歌」や漢詩を学び、その志を継承したいと思ひます。 
今月は、吉田松陰の辞世を学びたいと存じます。辞世とはこの世に別れを告げる時に遺す詩歌のことです。吉田松陰の辞世を学ぶことによって松蔭の尊皇攘夷の精神を少しでも継承しようではありませんか。 
和歌を学びたい人は、ご自身で一首詠まれての参加も歓迎します。 
皆様お誘い合わせの上ご参加頂けますようよろしくお願い申しあげます。 

【日 時】 平成25526日(日) 午後545分開場 午後6時開会

【場 所】 文京区民センター 会議室 
 東京都文京区本郷 4-15-14 地下鉄 春日下車1分(大江戸線、三田線)、後楽園下車3分(丸の内線、南北線)、JR(水道橋)   
【演 題】吉田松陰の辞世歌
【登壇者】 講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表
【参加費】 資料代500
【連絡先】 渡邊昇 090-8770-7395

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2013年5月24日 (金)

今こそ傳統的國體精神が勃興すべき時である

何処の國の革命も変革も、洋の東西・時の今昔を問はず、外國との関連・外國からの圧力によって為し遂げられた。古代日本の大変革たる大化改新も支那・朝鮮からの侵攻の危機下に行はれた。ロシア革命も日露戦争・第一次世界大戦の影響下に行はれた。

明治維新もしかりである。アメリカなどの西欧列強は「征夷」の意志と力を喪失した徳川幕府に付け入って武力による威圧で屈辱的な開港を日本に迫った。徳川幕府は、外圧を恐れかつ自らの権力を維持せんとしてそれを甘受しやうとした。

かうした状況下にあって、國家の独立と安定と統一を保持するために、日本の傳統と自主性を體現する最高の御存在たる天皇を中心とした國家に回帰せんとする大変革が断行された。明治維新である。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの傳統的君主である天皇を中心とする國家に回帰しなければならないといふことが全國民的に自覚された。

吉田松陰は、安政六年四月七日付の北山安世宛書状で、「独立不羈(ふき・束縛されないこと)三千年来の大日本、一朝人の覇縛(きばく・つなぎしばること)を受くること、血性ある者視るに忍ぶべけんや」と書いた。

質の高い統合を実現してゐる國家に強大な外敵が出現した場合、民族的一體感・ナショナリズムが沸き起こる。天皇中心の國體を明らかにして強力な統一國家を建設し外圧を撥ね除けようとしたのが明治維新である。

今日わが國は、外圧の危機が顕著になってゐる。その上、未曽有の自然災害・原発事故災害・政治の混乱・経済の停滞・道義の低下に瀕してゐる。明治維新前夜よりも深刻な状況である。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識そして自信を回復する以外に無い。今こそ傳統的民族意識が勃興すべき時である。

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千駄木庵日乗五月二十四日

午前は、母のお世話。医師の往診あり、特に異状なしとのこと。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、北区にある菩提寺に赴き、四宮家の墓を掃苔、拝礼。卒塔婆を供える。住職と懇談。小生が子供の頃からお世話になっている御方である。

帰宅後は、明後日の『日本の心を学ぶ会』における講義の準備など。

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栁澤協二氏(元内閣官房副長官補)の講演内容

五月十三日に行われた『一水会フォーラム』における栁澤協二氏(元内閣官房副長官補)が「検証―官邸のイラク戦争」の講演内容。

「昭和四十五年に東大法学部卒業し、防衛庁に入庁。冷戦の真っ盛り。冷たい平和の時期でもあった。ベトナム戦争の直後、アジアの戦争はアジアにやらせるということで、国防にお金をかけるのなら兵器を近代化させるという時期。防衛費は増えてゆく。三木内閣の時防衛費はGNP一%未満とされた。日本のGNPは十三%のレートで伸びて行った。防衛費は毎年十三%増加した。

ソ連の武力侵攻があるとすれば隙をついた限定小規模の侵攻。アメリカからの来援無しに一定期間持ちこたえることができる防衛力整備が必要という事だった。米ソの核兵器対峙の中で、通常兵器で何の意味があるのかという問いの答えが、『限定小規模の侵攻に備える』ということ。

枝ぶりの良い予算を作ることが我々の仕事。栗原祐幸防衛庁長官の秘書官になった。一%枠を撤廃する閣議決定が行われた。レーガンが宇宙防衛計画を立て、ソ連が息切れして持たなくなり、冷戦が終わる。一九九一年に湾岸戦争が勃発。私は広報課長をしていた。日本は中国・北朝鮮に対する独自の電波傍受をしていた。中東の事象には全く用意がなかった。アメリカとの情報交換があった。

地下鉄サリン事件・雲仙普賢岳噴火が起こった。戦車は何の役にも立たない。掃海艇・化学部隊が期待を集めた。『存在する自衛隊から働く自衛隊へ』が合言葉になった。阪神淡路大震災以後、自衛隊はどんどん出すべしという世論になった。日本の危機管理は阪神淡路大震災がきっかけ。吉田茂氏は防衛大学校の初訓示で、『災害訓練をすることが国軍になる近道』と語った。湾岸派遣が突き付けたのは災害派遣だけではないということ。

自衛隊予算を増やすために働いた。対米協力を如何にやるかの文脈で努力した。内閣官房副長官補になった。小泉・安倍・福田三氏に仕えた。防衛庁の価値観から抜け出して日本政府全体から見る価値観になった。物差しが違う。自分の役所のことより政府のこと日本のことを考えるようになった。地震などの大災害があったら三十分以内の官邸に行くという高速がある。山手線の外には呑みに行かないという原則。そうすると銀座には行けないということになる。

イラク戦争はやはりおかしい。アメリカの占領政策の失敗。議論すら日本出来行われていない。おかしいことをおかしいと言わないで行われる政策とは何か。菅直人氏とは小山台高校の同期。鳩山由紀夫氏とは駒場で同期。自分たちは戦争を経験した先輩の背中を見つつ成長した。我々の世代は次の世代に何をのこしたのか。政府の意思決定の中枢にいて、自民・公明の幹部を回って根回しをしていた。

イラク戦争の時、大量破壊兵器はあると思っていた。小泉純一郎氏とブッシュ・ジュニアはワンフレーズポリティックス。論理的に物事を進める人ではない。プロセスを解き明かさないと本当に反省したことにはならない。情報は客観性が求められる。事実判断を客観的にしなければならない。ブッシュとブレアは自分の結論に合わせる形で情報を持って来いとは言っていなかった。

作戦計画を立てる中で、最大のリスクはフセインが化学兵器を持っているかも知れないということだった。その前提を疑わなくなってくる。『大量破壊兵器は無い』と言うと、『米兵に犠牲が出ないと保障できるのか』と言われる。『そんなことはあり得ない』とは言えない。北朝鮮の脅威とイラクの脅威は同じだから、イラクに断固たる姿勢が大事という視点だった。『悪の枢軸・ならず者国家を黙らせなければいけない。その事に協力すると日本の国際的地位が上がる』という考えがあった。北朝鮮の脅威から守ってくれるのはアメリカだからアメリカに協力するのだという考え。

アメリカに協力することの戦略的意味をしっかり認識すべし。イラク戦争でアメリカに協力したのは戦略的意味を持っていたとは思えない。イギリスのような一人前の同盟国になるには、地面の上に兵隊を出すこと、その事によって日本の国際的地位が上がると考えていたが、今日全然上がっていない。対テロ戦争に協力ことがわが国の安全戦略として正しいのなら、危険であってもやらねばならない。

戦後レジームは『平和憲法』『戦略的アメリカ従属』が両輪だ。この二つを清算しないかぎり戦後レジームからの脱却はできない。侵略の定義は學説的に決まっていない。小泉は本当に自民党をぶっ壊した。郵政選挙で自民党はガバナビリティがなくなった。

憲法に『納税の義務』が書かれてあっても『国を守る義務』が書かれていないのはバランスを欠く。アメリカから日本が袖にされる可能性はある。信頼できるお兄さんだと思っていた日本が悪い。『侵略ではなかった』と日本が頑張ると、アメリカの戦争を否定することになる。うまい言い方があると思う」と語った。

        ○

色々感想はありますが、後日書きます。ただ、大東亜戦争は日本の侵略ではなかったと堂々とアメリカの対しても主張しないかぎり、戦後レジームからの脱却はできないと思います。日本侵略国家論の払拭こそが戦後体制打倒の基盤であります。

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千駄木庵日乗五月二十四日

午前は、母のお世話。ケアマネージャー来宅。今後の母の介護について打ち合わせ。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理、原稿執筆など。

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2013年5月23日 (木)

「神の懲罰」について

韓国の『中央日報』が日本への原爆投下を「(神の)懲罰だ」とする署名記事を掲載した。ふざけたことを書くものだ。朝鮮戦争による国土の焦土化、南北分断、軍事独裁政治、歴代大統領の自殺・他殺・国外逃亡・入獄も、韓国への神の懲罰という事であろう。朝鮮くらい苦難の歴史を歩んできた国は多くはない。北朝鮮の大衆は今も飢餓に瀕している。これも神の懲罰か。

朝鮮戦争の全期間を通じて、国連・韓国軍側は、50万人近い戦死者と100万人ほどの負傷者を出し、北朝鮮軍・共産支那軍側は100万人ほどの戦死者とほぼ同数の戦傷者を出したとされる。また、民間人の死亡者、行方不明者は南北あわせて200万人以上にのぼったといわれる。これも神の懲罰か。

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『宰相』について

「宰相」という言葉があります。「宰相」とは、「天子を補佐して政治を行った最高位の官。内閣総理大臣の美称」という意だそうです。であるならば宰相は、本当は風格と威厳がある大政治家であらねばならないと思います。最近の内閣総理大臣は、果たして宰相と言える人が何人いたでしょうか。一年でころころ変わってしまうのですから、どうにも困ったことです。佐藤栄作氏・中曽根康弘氏(この方には靖国神社のことで大きな批判がありますが)あたりまでは宰相と呼ぶにふさわしい人がいたと思いますが、何と言っても「総理大臣」の「地位」を汚したのは、目白の闇将軍でありましょう。自分の愛人を派閥の金庫番にしていただけでも、とても宰相の器ではなかったと思います。その娘がチャラチャラと国会で騒いでいた姿も不愉快でした。

その目白の闇将軍の番頭をやり、内閣副総理までつとめた後藤田正晴は、『国務大臣という名称はおかしい。一体誰の臣下ですか』などと言いました。彼は日本が立憲君主国であることを否定したのです。菅直人は、皇居において天皇陛下から内閣総理大臣に任命される儀式のことを「皇居における手続き」などという不敬千万な言辞を弄しました。こういう後藤田や管などという人物を昔は逆臣と言ったのであります。

どうも書く事が過激になりますが、実感ですから止むを得ません。

安部晋三氏には、「宰相」と呼ばれるにふさわしい内閣総理大臣になってもらいたいと思います。また期待します。

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『夏目漱石の美術世界展』参観

今日参観した『夏目漱石の美術世界展』は、「漱石が日本美術やイギリス美術に造詣が深く、作品のなかにもしばしば言及されていることは多くの研究者が指摘するところですが、実際に関連する美術作品を展示して漱石がもっていたイメージを視覚的に読み解いていく機会はほとんどありませんでした。…古今東西の画家たちの作品を、漱石の眼を通して見直してみることになるでしょう。また、漱石の美術世界は自身が好んで描いた南画山水にも表れています。漢詩の優れた素養を背景に描かれた文字通りの文人画に、彼の理想の境地を探ります。本展ではさらに、漱石の美術世界をその周辺へと広げ、…漱石作品の装幀や挿絵なども紹介します。当時流行したアール·ヌーヴォーが取り入れられたブックデザインは、デザイン史のうえでも見過ごせません。漱石ファン待望の夢の展覧会が、今、現実のものとなります」(案内文)との趣旨で開催された。

漱石の作品に登場する美術作品や漱石が関心を持った作品が数多く展示されていた。こういう美術展を参観するのは初めてである。漱石が私は夏目漱石の作品はあまり讀んでいない。讀んだのは「坊っちゃん」と「こころ」である。故に、漱石が美術に造詣が深い人物であることは全く知らなかった。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの風景画、ジョン・エヴァレット・ミレイロンドンの「塔幽閉の王子」、ブリトン・リヴィエアーガダラの「豚の奇跡」、渡辺崋山の「黄粱一炊図」、伊年の「四季花卉図屛風」、伊藤若冲の「鶴図」、黒田清輝の「婦人像」、横山大観の「瀟湘八景」、朝倉文夫の「若き日の影」、浅井忠の「収穫」そして漱石自身の描いた書画を参観した。

漱石は明治十四年から十六年の二年間、十四歳から十六歳まで、小生の母校である二松学舎(当時は漢学塾)で漢学を学んだ。その後、帝国大学で英文学を学んだ。森鷗外と並んで近代日本の文学者の双璧である。しかもこの二人は、わが町千駄木に住んだのである。見ごたえのある美術展であった。

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藝大構内の巨木。この木は上野戦争も見たであろう。

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千駄木庵日乗五月二十二日

午前は、母のお世話。『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、上野公園の東京芸術大学美術館で開催中の『夏目漱石の美術世界展』参観。

帰宅後は、資料の整理など。

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2013年5月22日 (水)

言葉の乱れについて

以前あるイギリスの人が、「はじめて日本に来た時、喫茶店に入って日本語で『コーヒー二つ』と頼んだら店員が『ツーホットですね』と言われたので驚いた」と語っていました。

私もファミリーレストラン(これも英語)で、「御飯を下さい」と注文したら「ライスですね」と念を押された事があります。「牛乳を下さい」と言ったら「ミルクですね」と言われるのでしょうか。

何でも英語で言えばいいというものではありません。「ノンバンク」とは高利貸しのこと、「ホームレス」とは浮浪者のこと、「フリーター」とは失業者のこと、「セクハラ」とは痴漢行為のことだと思うのですが、最近は何故か英語で言うようになっています。

特にひどいのは、介護に関する言葉です。「ケアマネージャー」「ヘルパー」「デイサービス」等々すべて英語です。何故国語を使わないのでしょうか。

ただし、お巡りさんのことを「ポリ公」というのはずいぶん昔からのようです。

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『アジア問題懇話会』における産経新聞特別記者・論説委員の湯浅博氏の講演記録

五月十八日に行われた『アジア問題懇話会』における産経新聞特別記者・論説委員の湯浅博氏の「安倍政権のグローバル戦略」と題する講演記録。

「核兵器のない日本の立ち位置は厳しい。第一次安倍政権は岸内閣が為し得なかったことをやった。防衛省昇格、教育基本法改正をやり遂げただけでも大したもの。安倍は戦後レジームからの脱却という使命感がある。改憲へ一歩踏み出そうとした。

外交面では、自由と繁栄の子というロマンを打ち出そうとした。価値観外交が第一次、第二次安倍内閣に続いている。安倍はインドとの接触を密にしている。中国が南インド洋に海軍のプレゼンスを高めている。

アメリカ経済の逼迫の中で、厭戦気分がアメリカ国民に非常に強くなってきている。それが政権に反映している。民主党は国防予算を粗末に扱っている。共和党も小さな政府を目指す議員が下院に増えている。来日した時のケリーの演説も型通りのことしか言わない。

『中国がもし尖閣に武力行使した場合、我々は自動的に入って行く』と米軍サイドは言っている。軍レベルでは日米の絆は強い。問題は大統領周辺の人。国防費の削減、厭戦気分、新たな紛争に尻込みする姿勢にシフトしてきている。日本の対中戦争に巻き込まれたくない。レーダー照射やロックオンの異常さについてアメリカ国内でも中国のおかしさは分かっている。しかし国力が疲弊している。

遠交近攻というやり方を安倍内閣は追求していくであろう。中国経済衰退論が大きくなってきている。それが日本の生存と外交に影響する。

韓国はアメリカの戦争にすべて参加している。アフガンに三千人出兵。ベトナムでも然り。韓国とアメリカは血でつながった関係。韓国は米議会対策に多くの金を使っている。ワシントン、ニューヨークに韓国コミュニティが拡大、そこに慰安婦像が出来ている。江沢民の著書に『日本を歴史認識で永遠に封じ込めよ』という言葉がある。外務省にすべてをお預けして、『外務省は何をやっているのだ』と憤る。しかし、現地の日本人が自分たちの問題としてやっていくべし。

中国系・韓国系アメリカ人が増えている。アメリカに対する宣伝工作は難しい。共和党の人も歴史認識の問題では聞く耳を持たない。日本が大陸に行ったことが問題であり、慰安婦は人権問題として拒否反応を示す。日本国内の反日勢力がこの問題に火をつけている。議会に日系人がいなくなる。日本の勢力は弱い。日本のメディアには左が多い」。

奥野誠亮氏は次のように語った。

「日本政府は積極的に声明すべきだ。従軍記者、従軍看護婦はあっても、従軍慰安婦なんかいなかった。軍の命令はありえない。けじめをしっかりしてほしい。後々の人が迷惑する」。

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2013年5月21日 (火)

千駄木庵日乗五月二十一日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理など。

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正しい歴史認識に立った歴史博物館・軍事博物館が建設されるべし

「大東亜戦争がアジア解放戦争だという主張はアメリカとの同盟関係に悪影響を及ぼす」という主張があります。

しかし、歴史観が全く一致していなければ、あるいは同盟相手の国の歴史観を全て受け容れなければ、同盟関係が結べないなどという事はあり得ません。どうも日本の政治家などには、外国へ追従することが友好関係であるという誤った考えを持っている人が多いようです。対共産支那土下座外交・対米追従外交はこうした事が原因になっていると思います。

欧米列強がアジア・アフリカを侵略し植民地支配した事は歴史的事実であり、大東亜戦争が、欧米列強の植民地支配を終息に向わせたことも歴史的事実であります。この事を否定するような歴史観は誤りであります。

わが國には博物館や美術館は数多くありますが、国公立の近代歴史博物館・軍事史博物館はありません。正しい歴史認識に立った歴史博物館・軍事博物館が建設されるべきであります。靖国神社にある遊就館をさらに充実させるのも良いと思います。

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『台湾研究フォーラム』における黄文雄氏の講演内容

「去年の末、安倍政権になって状況が変わった。株価が四ヶ月で倍になった。二十世紀までの領土問題の解決は力による解決。『蛍の光』は四番まである。それを聞くと領土問題を思い起こす。

宗教改革の後、カソリックとピューリタンの戦いでお互いに殺し合った。東ローマ帝国が滅びた後、ベネチアという国が栄えたが、三十年戦争でイタリアに併合。貿易相手が不安定になると道連れになって没落。

イギリスの産業革命とフランス革命の後、近代国家が生まれた。農耕国家とそれ以外の国家の発想は違う。海の帝国は海洋のみに向かって拡張。

台湾は二十一世紀の国家戦略がなく、中国に振り回されているのみ。二十一世紀はパックスアメリカーナが続く。大化の改新・明治維新の経験をもとにして考えるべし。日本に入った仏教と神道の関係を考えるべし。日本という国は何でもある。ギリシアは、彫刻はあっても絵画なし。

一民族一国家は日本と朝鮮。中国は、永遠に民主化は不可能。中国は時代と共に独裁専制が進んでゆく。

領土問題を考える時、『蛍の光』の歌詞を読むべし。三番と四番がある。私は小学校の時に教わった。今は歌われない。

現段階では核武装は無理。核兵器を上回る武器が沢山ある。我々はどうやって核兵器に対抗するのか。日本人は、本当か嘘か、正しいか正しくないかしか考えない。中国人は全くそういうことは考えない。どうでもいい。中国人は勝つか負けるか、損か得かしか考えない。

恩義型反日文化人、自虐型反日文化人、革命志向型反日文化人、この三つが日本の獅子身中の虫。この三つの退治から始めねばならない」。

          ○

『蛍の光』の歌詞は次の通りである。

「一、蛍の光窓の雪 書読む月日重ねつつ いつしか年もすぎの戸を 開けてぞ今朝は別れゆく

二、とまるも行くも限りとて 互みに思う千万の 心のはしをひとことに 幸くとばかり歌うなり

三、筑紫のきわみ陸の奥 海山遠くへだつとも その真心はへだてなく ひとえに尽くせ国のため

四、千島の奥も沖縄も 八洲のうちのまもりなり いたらん国にいさおしく つとめよわがせつつがなく」

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千駄木庵日乗五月二十日

午前は、母のお世話。この後、諸雑務。

午後三時より、新宿区内の事務所にて、亀井静香衆院議員にインタビュー。『伝統と革新』掲載のためなり。この後、編集実務担当者の方と打ち合わせ。

帰宅後は、資料の整理。

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2013年5月20日 (月)

高市早苗自民党政調会長の発言について

高市早苗自民党政調会長は、五月十二日のNHKの番組で、「国家観、歴史観については首相は(歴代内閣と)違った点もあるかと思う」と表明し、「過去の植民地支配と侵略」なるものを謝罪した『村山談話』について、「(談話の中には)『国策を誤り』とあるが、当時、資源封鎖された中で全く抵抗せずに植民地となる道を選ぶのがベストだったのか。当時の国際状況の中で何が正しかったのかを自信を持って主張できる政治家など今の日本にはいない。これはちょっとおかしい」と疑問を呈した。そのうえで、高市氏は「戦後七〇年で安倍内閣が続いていれば、『安倍談話』が出るだろう。戦争で損害を受けた国や苦痛を受けた国に対する申し訳ないという思いはきっちりと表現されるが、村山談話とは、またちょっと表現が違うものになると思う」と述べ、戦後七〇年の再来年に新たな総理大臣談話が出される場合、『村山談話』の侵略などの文言の変更を検討すべきだという考えを示した。そして、番組終了後、高市氏は福井市内で記者団に「当時は日本の生存が危うく、自存自衛が国家意思だと思い、多くの人が戦争に行った。私自身は『侵略』という文言を入れている村山談話にしっくりきていない」とも語った。

こうした発言は、安倍晋三総理が四月二十二日の参議院予算委員会で『村山談話』について「安倍内閣としてそのまま継承しているというわけではない」と答弁したこと、そして、翌二十三日には「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と述べたことを踏まえ、安倍総理と共通の認識を表明したものである。自民党政調会長として当然の発言である。高市氏には何の落ち度もない。

 ところが、菅義偉(すがよしひで)内閣官房長官は五月十三日の記者会見で「高市議員個人の見解だ。政府の見解は(五月十日に)明確に私が述べた通り」と釈明し、出張中の高市氏に電話で「政府の見解は首相の見解だ」と告げたという。

いくら議院内閣制であっても、内閣官房長官には政権与党の政策責任者たる政務調査会長に対する指揮命令権はない。むしろ政党政治なのであるから、内閣官房長官は政策面では与党の政策責任者の意向に遵うのが本来の姿である。

 また、石破茂自民党幹事長は五月十三日の記者会見で、「歴史認識は積み重ねがあるテーマであり、あまり思いつきで物を言うべきではない。国益全体を損なう情報発信の仕方は極めてよくない」と高市氏を批判した。さらに石破幹事長は「党役員という立場にあるものが、自分はこう思うということを言うと、統制がとれない」と述べた。

 これもおかしい、高市氏ほどの人が歴史問題という重要事項で、「思い付き発言」をするはずはない。前述した通り、安倍晋三総理・総裁の意向を体し、高市氏が日頃から抱いていた歴史観を表明したのである。高市氏は数年前、テレビ朝日で田原総一朗氏と討論した時も同様の発言をした。今回の発言は「思い付き」では絶対にない。石破氏の発言こそ、高市氏を侮辱した軽率極まりない発言である。

こうしたことに対し、高市早苗氏は五月十三日、羽田空港で記者団に、「党に迷惑がかかったのならお詫びする」としながらも、「正直な自分の考え方を申し上げた。個人の考えは変わらない。私の考え方は変わらない」と言い切った。正しい姿勢である。またテレビニュースでは高市氏が「黙っていれば良かったんでしょうね、意見はありませんということで。もし党にご迷惑がかかったんであれば、おわびを申し上げます」と語っているのが報道された。悔しさがにじみ出ていた。

歴史の真実は同盟国に対しても正々堂々と主張すべきである。高市早苗さんの発言を断固支持する。

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千駄木庵日乗五月十九日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』発送作業・完了。購読者の皆様には明日か明後日にお届けできると思います。

この後、『伝統と革新』編集の仕事、資料整理。

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2013年5月19日 (日)

西村眞悟氏の発言と維新の会について

何もかも西村眞悟氏に押し付けて、自分たちと橋下氏の議席や地位を守ろうとしているのでしょう。別に在日韓国人や日本で稼いでいる韓国女性の人権を守ろうとして西村氏を除名にしようとしているのではありません。こんな奴らは同志とは言えませんし、維新を標榜する資格もありません。平沼・石原両氏も西村氏除名に賛意を示すかどうか注目されます。

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『新しい憲法をつくる国民大会』における登壇者の発言

五月三日に行われた『新しい憲法をつくる国民大会』における登壇者の発言は次の通り。

清原淳平新しい憲法をつくる国民会議会長「武力で占領して自国民を入植させた地を植民地と言う。他国に従属しない外交権を持ち自らの國は自らが守る国を独立国という。植民地憲法には非常事態規定がない。非常事態が起ったら宗主国が対応する。植民地憲法には外交権がない。軍事権もない。一七七六年、アメリカ十三州がイギリスに勝利して独立。一七八八年、合衆国憲法が出来る。一八九八年、アメリカはスペインに勝ち、フィリッピンとグアムを獲得。ハワイも合併。フィリッピンに憲法を与え、軍政官を派遣して統治。マッカーサーが軍政官。一九四一年、真珠灣攻撃で日米開戦。昭和二十年『ポツダム宣言』受諾。同年九月、マッカーサーは連合軍最高司令官として厚木に到着。『大日本帝国憲法』に代わる憲法を作れ、と言った。東日本大震災で政府対応が遅かった。憲法に非常事態宣言がない。『大日本帝国憲法』にははっきり規定があった。植民地体裁の憲法を今の日本は持っている」。

高乗正臣平成国際大学副学長「第九十六条改正に焦点が絞られている。二分の一で発議できるようにということ。この議論が先行すると本末転倒の感を抱く。あるべき国家像を明確に描き明示して九十六条改正と並行して議論されるべし。そうしないと国民に不必要な疑念を抱かせる。①国家安全保障の規定、九条の改正。②わが国の国柄について。③人権保障と公益。この三つが大切。国民の生命財産と国家主権を守るのが憲法の役目。自衛権と国防軍を明確に規定すべし。天皇は、立憲君主としての地位を明記すべし」。

中川雅治参議院議員「自分たちの手で憲法をつくる態勢がおぼろげながら出て来た。憲法改正の必要性はかなり切迫している。冷戦時代には国防は米国に頼っていた。今日、わが国は独自の防衛力を保持する必要性に迫られている。國を守る意味をしっかりと認識した憲法にしたい。家族の絆を大切にする規定をつけたい。三分の二は高いハードル。自民党は憲法の全体像を出している。国民投票もある。二分の一に緩和すべし」。

桜内文城衆議院議員「『サンフランシスコ講和条約』で本当に主権を回復したと考えている人は少なかろうと思う。六本木にアメリカの軍事基地がある。九時を過ぎてもヘリコプターが飛び立つ。日本はまだ自立していない。自立を勝ち取りたい。九十七条は改正すべし。国民投票がある。『現行憲法』の『前文』は米独立宣言。ジョン・ロックの革命の信託説。社会契約論に基づく。理性万能主義。人間の理性を過信したため多くの人々が殺された。エドマンド・バークは『米独立宣言』こそ、民主主義であるとした。人間は間違えるものだから自由な社会、自由な選択が必要である。『保守するための改革』という言葉をバークはのこした。政府は国民の生命財産を守るために責任を負う。憲法は国家の権力を縛るもの。国民には国家に養ってもらう権利があるというのは間違え。国家への甘えは駄目。家族は社会構成単位とはしてはいない。しかし家族があって個人が生まれてくる。国が家庭を尊重するのは賛成。『前文』の平和主義は非現実的な共同幻想。統治機構のあり方が大事。政府の意思決定の仕組みも大事。国会は唯一の立法機関いうことを国会議員は分かっていない。大半の法律は役所が作って国会議員はハンコを押すだけ」。

小野次郎参議院議員「みんなの党は是は是、非は非。首相公選制にして首相がリーダーシップをとれるようにしたい。一院制が合理的。韓国は日本と同じ制度を作っている。地域主権型道州制も改憲しなければ無理。国民投票で脱原発を決めるべし。発議は予備なのだから二分の一で良い。決めるのは国民投票。戦後レジームからの脱却とは何か。貴族院に戻るのか。民主的警察制度である公安委員会制度をなくすのか。民間人が警察をコントロールしている。六十七年経過してもこの事は動かない。実利主義・実証主義に立って改正すべきは改正すべし」。

秋元司衆議院議員「発議は二分の一で良い。発議する立場で国民に提示する。最終的に決めるのは国民。現在の憲法は一九五一年に改正すべきであった。アメリカの統治下から主権回復した時に、自主憲法を制定すべきであった」。

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千駄木庵日乗五月十八日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』発送準備・原稿執筆の準備・資料の整理など。

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2013年5月18日 (土)

憲法は必ず、日本立國以来の歴史の中に培われてきた國體に立脚しなければならない

最近、憲法改正案が各方面から出されているが、甚だ残念なことであるが、最も大切である國體条項は、『現行日本國憲法』の基本であるところの「國民主權論」を踏襲しているものが多い。

西洋法思想における「主權」とは「領土や國民を支配する國家の權力」「國家として持つ最高獨立性」のことであり、憲法上最も重要な意味は「國家の意思を最終的に決定する權力」であるとされている(伊藤正己著『注釈憲法』)。

特に、「主權」が、「天皇」にあるか「國民」にあるかを、論議すること自體日本の傳統的な考え方・國體觀とはなじまないと考える。

『現行占領憲法』は『大日本帝国憲法』の第一条から第三条までの成文化された国体法を抹消した。さらに、『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

『現行占領憲法』に貫かれている国家を権力支配組織とする西洋法思想は、日本の国柄とは絶対に相容れない。なぜなら日本国は権力国家(統治権力組織)でも利益国家でもなく天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家であるからである。

西洋法思想においては「主権」とは最高絶対排他的な支配権力とされる。かかる「主権」論から「主権は国民にある」とか「君主にある」とかという対立的な考え方が発生する。しかし、日本国は権力支配組織ではないのだから西洋的主権論はあてはまらない。

天皇が日本國の君主であらせられるという國體法(不文法)は日本國建國以来不変である。天皇は日本の長い歴史を通じて「統治者」として君臨されていたということである。日本国の統治大権は建国以来天皇にある。そして天皇統治とは権力支配ではなく、信仰共同体(人格国家)を「しろしめす」即ち精神的に統合するという意義である。断じて権力行為ではない。

 

天皇は日本國の統治者であらせられ、神聖不可侵の御存在であられることを明確に規定した正統なる憲法に回帰すべきである。

日本の伝統的國家観・君主観とは絶対的に相容れない原理で成り立っている『現行憲法』が長く続けば続くほど、麗しい伝統的な日本の國柄が隠蔽され続けることとなる。これが現代の混迷の根本原因である。日本國の建國以来の國柄へ回帰し、現代の混迷を打開しなければならない。國家の基本法典たる憲法は必ず、日本立國以来の歴史の中に培われてきた國體に立脚しなければならない。

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千駄木庵日乗五月十七日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』発送準備、書状執筆など。

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2013年5月17日 (金)

『現行憲法』は日本国の基本的性格と全く異なる理念で作られている憲法である

『現行占領憲法』は、『大日本帝国憲法』の最も大切な第一条から第三条までの成文化された国体法を抹消した。さらに、『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。國體の基本を隠蔽してしまったのである。

つまり『大日本帝国憲法』を改正した憲法であるとする『現行占領憲法』は、『大日本帝国憲法』の改正限界を大きく超えしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

憲法が国家の存立の基本を破壊もしくは否定するようであれば、これを破棄しなければならない。『現行占領憲法』はまさしくそういう憲法である。

『現行占領憲法』に貫かれている国家を権力支配組織とする西洋法思想は、日本の国柄とは絶対に相容れない。なぜなら日本国は権力国家(統治権力組織)でも利益国家でもなく天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家であるからである。

「主権」の問題一つ取ってみても、西洋国家論においては、国家は権力支配組織であり、「主権」とは最高絶対排他的な支配権力とされる。かかる「国家論」「主権論」から「主権は国民にある」とか「君主にある」とかという対立的な考え方が発生するのである。

しかし、日本国は権力支配組織ではないのだから西洋的主権論はあてはまらない。日本国の統治の大権は建国以来天皇にある。そして天皇と統治の大権は権力支配組織の支配権力ではなく、信仰共同体(人格国家)を「しろしめす」即ち精神的に統合するという意義である。

したがって、『現行占領憲法』の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という規定は日本の立国法(國體)とは全く異なるものといわなければならない。

『現行占領憲法』は、日本国の基本的性格と全く異なる理念で作られている憲法であり、日本の国体・文化・伝統を全く否定しあるいは無視している憲法である。一日も早く『現行占領憲法』の無効を確認し、『大日本帝国憲法』に回帰すべきである。

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千駄木庵日乗五月十六日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、明日のインタビューの準備など『伝統と革新』編集の仕事、『政治文化情報』発送準備。

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2013年5月16日 (木)

「大和心」を興起せしめねばならない

偏狭なナショナリズムは良くないとか、健全なナショナリズムは良いとかいう議論があります。一体、偏狭とはどういう事なのか、健全とはどういう事なのかはっきりしません。ナショナリズムとは、「ある民族ある国家が他国他民族から圧迫を受けた時にそれに抵抗する精神及び行動」と定義されると思います。

わが日本は今日まさに支那および朝鮮半島から外交的・軍事的圧迫を受けています。これを跳ね除けるために国民が一致団結して事にあたるのは、偏狭では決してありません。当然のことであります。独立国家として健全なあり方であります。

ナショナリズムとは、国語で言えば愛国主義・民族主義という事になるのでしょうが、戦後日本は余りにも愛国主義・民族主義を忘れ果ててきたのではないでしょうか。やまとごころ・やまとだましいの復興こそが今最も大切であると思います。やまとごころは決して偏狭にして独善的な精神ではありません。

日本は今日、文字通り有史以来未曾有の危機にあると思います。今こそ日本國民全体がナショナリズム・愛國心を発揮して國難に当たるべき時である。 

「しきしまの 大和心を 人問はば 蒙古のつかひ 斬りし時宗」 

これは村田清風の歌です。村田清風は長州の人。文化五年(一八〇八)二十六歳にして藩主・毛利齋房の近習になる。藩の制度改革・財政確立・士風作興に功績があり、國學明倫館を建て、江戸藩邸に有備館を建て、學問を振興させました。安政二年(一八五五)に七十三歳で病没しました。

本居宣長の「しきしまの大和心を人問はば朝日に匂ふ山ざくら花」を本歌取りした歌であります。北條時宗が弘安二年わが國に朝貢(日本が貢ぎ物を差し出して元の属國になること)を求めて来た元の使者を博多で斬りました。この時宗の行為を大和心の典型であるとして讃えた歌です。

今こそ、われわれ日本民族は、こうした戦闘的「大和心」を興起せしめねばならないと思います。これは偏狭でもなんでもない。国民として当たり前の姿勢です。

外患の危機を乗り越えるには、唐新羅侵攻の危機・元寇・明治維新の危機を乗り切った我が國の歴史に学ぶことが大切であると考えます。

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天皇の国家統治について

『大日本帝国憲法』第一章第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と記されている。天皇が日本国を統治されるということは、決して権力によって支配されるということではない。三潴信吾氏は「帝国憲法第一条の『統治ス』は、政治に限らず、国家・国民の活動の一切にわたっての根源者、総親たらせ給ふの意で、ここでいふ「統治」は権力作用たる『統治権』のことではない。日本古来の伝統的『やまとことば』で云ふ『しろしめす』のことである。」(日本憲法要論)と論じておられる。

それでは「やまとことば」の「しろしめす」(「しらしめす」ともいう)とは一体いかなる意義なのであろうか。「しろしめす」は「知る」の尊敬語である「知らす」にさらに「めす」という敬意を添える語を付けた言葉である。『續日本紀』に収められている文武天皇の『宣命』には「現御神と大八島國知ろしめす天皇」とある。また『萬葉集』では「御宇天皇代』と書いて「あめのしたしらしめししすめらみことのみよ」と読んでいる。

この場合の「知る」とは単に知識を持っているという意ではない。もっと深い精神的意義を持つ。天下の一切のことを認識し把握するというほどの意であろう。

文武天皇の『宣命』にはさらに「天津神の御子ながらも、天に坐す神の依さし奉りし随(まにま)に、聞こし看し(め)し来る此の天津日嗣高御座の業と現御神と大八島國知ろしめす倭根子天皇命の授け賜ひ負せ賜ふ…」と示されている。

また『萬葉集』巻十八所収の大伴家持の長歌に「葦原の 瑞穂の國を 天降り しらしめしける 天皇の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と しらし来る 君の御代御代…」とある。

「しらしめす」即ち<天皇の統治>とは、天津神の御命令で日本に天降って来られて、天津神の御委任で天津神の日の神の霊統を継承される現御神として、天津神の命令のままに天の下をお知りになる(お治めになる)という、きわめて宗教的というか信仰的な意義があるのである。天皇の統治は決して権力行為ではない。

天下の一切の物事を「お知りになる」ということは、<無私>の境地であられるということであり、天下の一切の物事に対して深い<慈愛の心>を持たれているということである。<無私>と<慈愛>の心が無くては対象を深く認識し把握する事はできない。

先帝昭和天皇陛下が、よく「あっそう」というお言葉をお発しになられたのは、まさに無私と慈愛の心で相手の言う事をお聞きになられお知りになったということである。有難き限りである。

『大日本帝国憲法』において「しらしめす」の漢語表現として「統治」という言葉を用いたのである。そしてこの「統」という言葉は統べる(統一する)という意であり、「治」は治める(本来の位置に置く)という意である。明治天皇が明治元年三月十四日に発せられた『明治維新の宸翰』に「天下億兆一人も其處を得ざる時は、皆朕が罪なれば…」と仰せになっている。このお言葉こそまさしく「治める」の本質なのである。無私と慈愛というまさに神の如き御心で日本を統治されるお方が日本天皇であらせられるのである。

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千駄木庵日乗五月十五日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後三時より、芝の駐健保会館にて。『大行社幹部会』開催。顧問の一人としてスピーチ。「村山談話」の不当性について話しました。

午後六時より、西新宿の東京都庁舎・都民広場にて、『東京大薪能』(世界藝術文化振興協会主催)開催。半田晴久氏が「入門能楽鑑賞講座」と題して講演。能『井筒』(金剛永謹)、狂言『茶壺』(三宅右近)、能『土蜘蛛(豊島幸洋)を鑑賞。高層ビルのすく下で能が演じられるのもなかなか面白いものです。伝統芸術が現代文明に溶け込んでいるという思いがしました。

帰途、赤坂にて知人夫妻と懇談。

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2013年5月15日 (水)

「第三十二回 日本の心を学ぶ会」のお知らせ

第三十二回 日本の心を学ぶ会

演題 吉田松陰の辞世歌


日本の維新変革には浪漫があります。一掬の涙があります。そして歌心・詩心があります。愛国運動、真正保守運動には、思想精神・理論が大切であることを言うまでもありません。しかし、その根底に歌心がなければならないと思います。明治維新の志士たちも、大東亜戦争で散華なされた英霊も、「やまと歌」を遺しました。
「日本の心を学ぶ会」では、今月より数回のシリーズとして、幕末維新の志士たちが遺した「やまと歌」を学んでいきたいと思います。維新の志士たちが詠まれた「やまと歌」や漢詩を学び、その志を継承したいと思ひます。
今月は、吉田松陰の辞世を学びたいと存じます。辞世とはこの世に別れを告げる時に遺す詩歌のことです。吉田松陰の辞世を学ぶことによって松蔭の尊皇攘夷の精神を少しでも継承しようではありませんか。
和歌を学びたい人は、ご自身で一首詠まれての参加も歓迎します。
皆様お誘い合わせの上ご参加頂けますようよろしくお願い申しあげます。


【日 時】 平成25526日(日) 午後545分開場 午後6時開会

【場 所】 文京区民センター 会議室 
 東京都文京区本郷 4-15-14 地下鉄春日下車1分(大江戸線、三田線)、後楽園下車3分(丸の内線、南北線)、JR(水道橋)   
【演 題】吉田松陰の辞世歌
【登壇者】 講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表
【参加費】 資料代500
【連絡先】 渡邊昇 090-8770-7395

 

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天皇の国家統治と成文憲法

西洋の国々の君主は人民を征服し武力と権力によってこれを支配服従せしめていた存在であった。そして君主と人民は相対立存在であった。だから、主権が君主にあるとか人民にあるとかという君主と人民の対立概念が出て来るのである。こういう日本に全くなじまない西洋概念で日本国体を規定すること自体極めて不自然なのである。

『大日本帝国憲法』の制定においてはこのことを考慮し、第一条から第三条において立国の基本(即ち不文法に定められた日本国体の基本・天皇中心の信仰共同体日本の本姿・日本國體)を明らかに規定した。

しかし、日本天皇が日本国の君主・統治者であらせられるのは、日本の伝統信仰・歴史的な国体観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではない。

さらに、成文法以前の存在であるところの天皇中心の日本国体は成文法で規定する必要はなく、成文憲法には国の政治組織について規定するのみでよいという論議もある。言い換えれば成文憲法には國體については規定せず、政体のみのについて規定すれば良いというのである。そして『大日本帝国憲法』に対しても疑問を呈する人もいる。

例えば、中川剛氏は「君主主権も不敬罪もヨーロッパ大陸の産物である。憲法を持つこと自体が、英米にはじまるものである。明治憲法はじつは極端なほど欧化政策の結果であった。明治憲法下の天皇制はむしろ伝統をねじ曲げるものだった。近代国家としての体裁を整えるための、たてまえとしての性格の強かった明治憲法であるから、憲法が制定されたからといってただちに、天皇が西欧の絶対君主なみの統治権を掌握したわけではなかった。天皇は制度とは別に、依然として国民的つながりの中心としての文化的存在でありつづけた。政治的天皇と文化的天皇の二重性をそこに認めることができる。」(『憲法を読む』)と論じている。

しかし、『大日本帝国憲法』は、ただ単に西洋立憲制度を模倣したというのではなく日本の伝統信仰の体現者として国家を統治される天皇の御本質を成文法によって名文化したものである。

葦津珍彦氏は「帝国憲法制定の歴史について、これを伊藤博文とか、井上毅等の官僚政治家が、西欧(とくにドイツ、プロシャ、バイエルンなど)の憲法をまねて起案し制定したもののように解釈する学者が多い。しかしそれは非常に浅い皮相の見解であって、全く日本国民の政治思想史を無視したものといわねばならない。この近代憲法ができるまでの歴史条件としては、少なくとも弘化・嘉永ころからの激しい政治思想の展開を見なければならない。黒船が日本に対して開国をせまって来たころから、徳川幕府がそれまでの独裁専決の政治原則に自信を失って、外交政策については『会議』によって国是を固めようとすることになってきた。この会議政治の思想が生じてきたことは、そののちの政治思想に決定的な波紋を生じた。」(『近代民主主義の終末』)と論じておられる。

『大日本帝国憲法』の起草に当たった井上毅は「御国の天日嗣の大御業の源は皇祖の御心の鏡持て天か下の民草をしろしめすという意義より成立したるものなり。かゝれば御国の国家成立の原理は、君民の約束にあらずして一の君徳なり。国家の始は君徳に基づくといふ一句は日本国家学の開巻第一に説くべき定論にこそあるなれ」「わが国の憲法は欧羅巴の憲法の写しにあらずして即遠つ御祖の不文憲法の今日に発達したるなり」(『梧陰存稿』)と論じている。

正論である。君主と民とは相対立しており国家は君と民、あるいは民同士の契約によって成立するなどという西洋法思想・国家観は、日本の国体観念・天皇観とは全く異質なものであると井上毅は説いているのである。

ただ、井上はここで「君徳」と言っているが、日本天皇は人としての「徳」よりももっと深い「祭り主としての神聖権威」日本伝統信仰の言葉で言えば「御稜威」(みいつ)によって国家を統治したもうのである。御稜威とは天皇の有される神霊の威力というべきものである。

折口信夫氏は「御稜威」について、「みいつといふ語の語根いつといふ語は、稜威といふ字をあてる…いつのちわき・いつのをたけびなどといふ風につかってゐます…天子に傳り、これが内にある時は、その威力が完全に発現するところの権威の原動力なる魂の名でありました。」(『神々と民俗』)「天子には天皇霊といふべき偉大な霊魂が必要であって、これが這入ると、天子としての立派な徳を表されるものと考へられてゐました。その徳をみいつといふ語で表してゐます。…これは天皇靈の信仰上の名稱でした。」(『鳥の聲』)と論じておられる。歴代天皇は歴聖一如の「御稜威」によって国家を統治して来られたのである。

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千駄木庵日乗五月十四日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、資料の整理、原稿執筆の準備、明日のスピーチの準備など。

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2013年5月14日 (火)

歴史の真実は同盟国であるアメリカに対しても正々堂々と主張すべきである

大東亜戦争において日本軍は、対米英戦争遂行の戦略的必要から、アジア諸地域に軍を進めた。それによって旧支配勢力を駆逐しアジア諸國諸民族の独立を回復する端緒を作った。米英仏蘭ソといった國々が領有し植民地支配していた地域を日本軍が一時的にこれを領有することは戦争遂行上やらねばならなかったことであり、いったん軍事的に領有しなければ植民地解放など出来はしない。したがって、日本軍のアジア進攻は断じて侵略ではない。

日本軍が東南アジア諸國の統治、指導の責に任じ、國防資源の獲得と開発を行ったことはわが國の自存自衛・植民地解放のために当然のことである。それは、『終戦の詔書』に「米英ニ宣戦セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕ガ志ニアラズ」と示されている通りである。

経済的・軍事的に追い込まれたわが國は、ABCD包囲網を破砕し、南方に自衛自存の道を求めるより方法がなかったのである。その結果アジアが戦場になったのは事実だが、それは米英蘭がアジア各地を植民地にして資源を独占し搾取して、その地域を反日攻勢の拠点としていたからである。

わが國はこれら白人勢力を一掃し植民地解放を行い、昭和十八年から二十年にかけてアジア地域はことごとく独立を獲得した。大東亜戦争がなければ、東南アジア諸國が数百年の長きにわたる白人植民地支配の桎梏から解放されるのは、ずっと遅れていたことは確かである。大東亜戦争は間違い無くアジア解放の戦争である。

戦勝國は、日本がアジアを侵略支配している白人を追い出すために進軍ことを「侵略」とすり替えたのである。歴史の真実は、英米がアジアを侵略し植民地支配し続けたのである。

また、日本は英米と戦ったのであってアジア諸國民・諸民族と戦ったのではない。日本が身を犠牲にして西欧列強を追い出したのである。そしてその後、東南アジア諸國は独立を達成したのである。

西欧列強こそ何十年何百年にわたって東南アジアどころか世界各國を侵略支配し搾取し続けたのである。日本を侵略國だとして一方的に断罪するのは断じて誤りである。日本が半世紀以上前のことを「謝罪」し続ける必要はまったく無い。

わが國は、先帝・昭和天皇が、『開戦の詔書』に示されている「洵ニ巳ムヲ得サルモノアリ」との萬感の思いを込められた悲痛なお言葉の通り、日本は萬やむを得ず開戦したのであって断じて侵略戦争を始めたのではない。だからこそ、一億國民(朝鮮・台湾人を含む)は挙國一致して「一億一心火の玉だ」の合い言葉で戦ったのである。

さらにいえば「大東亜共栄圏」の思想は絶対に侵略思想ではない。その内容は、日本、満洲國、中華民國南京政府、タイ、フィリッピン、ビルマの六ヵ國によって、昭和十八年に採択された『大東亜共同宣言』に明示されている。そこには、「道義に基づく共存共栄の秩序」として、「自主独立の尊重」、「互恵提携」、「人種的差別の撤廃及び世界各國との文化の交流と資源の開放」などが謳われいる。そこには侵略的意図など全くないことは明白である。

大東亜共栄圏の理想と大東亜戦争は日本一国の富強のみを考えたのではない。日本は足らざる国と足れる国の協力を考えたのである。そして、欧米列強のアジア侵略・支配・搾取を否定し排撃せんとしたのである。

こうした歴史の真実は、同盟国であるアメリカに対しても正々堂々と主張すべきである。マッカーサーですら、一九五一年五月、米上院の軍事外交合同委員会の公聴会で、「日本が第二次大戦に赴いた目的はその殆どが安全保障のためであった」と述べ、侵略ではなかったと証言した。極東国際軍事裁判の裁判長を勤めたウエップもバーガミニーという人の著書の序文で、「米国も英国も日本が一九四一年に置かれたような状況に置かれれば、戦争に訴えたかもしれない」と書いている。

その國の國民が祖國の歴史を如何に見るかは、その國の将来を決定する要素である。反省と謝罪の意識に責め苛まれる日本は亡國の道を歩むしかない。日本の國を愛し、日本の國の歴史に誇りを持つことが、今後の日本の発展と國民の幸福の基礎である。

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千駄木庵日乗五月十三日

午前は、母のお世話。

午後一時より、西新宿の京王プラザホテルにて、西部邁氏にインタビュー。『伝統と革新』誌掲載のためなり。

いったん帰宅。諸雑務。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、『一水会フォーラム』開催。栁澤協二氏(元内閣官房副長官補)が「検証―官邸のイラク戦争」と題して講演。質疑応答。終了後、懇親会。

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栁澤協二氏

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2013年5月13日 (月)

『現行憲法』は國體破壊もしくは隠蔽の元凶になっている

『現行占領憲法』は、君主と人民とは相対立する存在であり国家とは国民同士が契約して成立するものであると考える西洋法思想・西洋国家観に貫かれており、日本国体の根幹を正しく規定していない。むしろ『現行憲法』は國體破壊もしくは隠蔽の元凶になっている。「護憲」の名のもとに数々の國體破壊もしくは隠蔽が行われている。

三潴信吾氏は、「法思想上には、不文憲法主義と成文憲法主義とがある。…(成文憲法主義は注)ローマ法思想の流れを汲み、君主(統治者)と人民(被統治者)との間、又は各人相互の間の不信、性悪観に基づくものである…近代のヨーロッパに於ける成文憲法の制定も、マグナ・カルタ以来の歴史が示す如く、専制君主と人民との間の不信感に発した、人権保障の約束証文に由来するものであって、これは権力國家観への移行の段階に於いて現はれたものである。」「憲法の基盤となる立國法とは、國体法とも称されるが、不文憲法として、成文憲法のある場合にも、必ずその基礎を成すものである。…立國法はその國の立國と同時に、その成立事實と不可分に存立するものであって、立國の精神的または道徳的理想を根幹として、その國の最も基本的な伝統的秩序を樹立するものである。」「憲法はその國の統治権力作用の拠って立つべき立國の理想目的に抵触したりそれを支へる人類普遍の原理を侵すことはできない。」(『日本憲法要論』)と論じておられる。

わが日本は国家の本質と君主たる天皇の御本質が建国以来、信仰的に厳然と確立している。これを法律的に言えば、不文法によって定まっているということである。故に成文憲法がそれを変革することはできないし、成文憲法は不文憲法(立国の基本)に反する規定をしてはならない。西洋から輸入した近代法思想に基づく成文憲法によってこの立国の基本を覆したり破壊してはならない。

つまり天皇及び皇室そしてそれを中心とする日本國體は憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法は本来、皇室にかかわることに干渉することはできないのである。

日本国は信仰共同体であり国民が契約を結んで人工的に作った国ではない。そして祭祀主である天皇は国民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。こうした日本の基本的国柄は建国以来確立している。

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千駄木庵日乗五月十二日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、明日のインタビューの準備、諸雑務。

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2013年5月12日 (日)

『アジア問題懇話会』における産経新聞特別記者・論説委員の湯浅博氏の発言

本日開かれた『アジア問題懇話会』では、産経新聞特別記者・論説委員の湯浅博氏が講演した。詳細は後日報告しますが、取り急ぎ次の発言を報告します。

「韓国はアメリカが行った戦争にすべて参加している。アフガンに三千人出兵した。ベトナム戦争にも出兵した。米韓は血でつながった関係。また、韓国はアメリカ議会対策に多くの金を使っている。ワシントン・ニューヨークに韓国コミュニティが拡大している。そこに慰安婦問題が起こった。江沢民の著書に『日本を歴史認識の問題で永遠に封じ込める』という言葉がある。外務省にすべてを預けて『何をやっているんだ』と憤るが、現地の日本人が自分の問題として歴史問題に取り組むべきだ。

中国系アメリカ人・韓国系アメリカ人が増えている。日本人の留学生は減っている。アメリカに対する宣伝工作は難しい。共和党の人も、歴史認識の問題では我々の主張に対して聞く耳を持たない。慰安婦問題は人権の問題として拒否反応を示す。日本国内の反日勢力が慰安婦問題などに火をつける。アメリカ議会に日系議員がいなくなっている」。

           ○

わが国は、歴史の真実をアメリカのみならず全世界に正しく発信しなければならない。しかるに、日本国内に日本を侵略国家と決めつけ、非人道的行為を行ったなどと主張する勢力がいる。朝日新聞、NHKという日本を代表するメディアが歴史を捻じ曲げた反日報道を繰り返し、岡田克也などついこの間まで政権与党だった民主党の幹部が、祖国を貶め、日本の立場を弱くする発言をしているのだ。まことに憂えるべき事態である。

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『日本の司法を正す会』における亀井静香衆院議員のスピーチ

四月二十二日に村上正邦氏事務所にて行われた『第五三回日本の司法を正す会』において、亀井静香衆院議員は次のように語った。

「純ちゃんによってガタガタにされた日本を立て直さなければならない。TTPに入ると日本が日本でなくなる。国民が明るい希望を持っているうちに実態経済をきちんとしなければならない。今は幻想だけで中身はついて行っていない。

政党も大衆運動も頼りにならない。組織が頼りにならない。私は『テロの時代に入った。君たちは責任を取るだけだ』と警察庁長官に言った。徒党を組んでも駄目ならテロに行く。小さな集団や個人が命を賭けて行動を起こしたら防ぐことが出来ない。事前に阻止することは不可能。皆で協力して世の中を良くすることが無理な時代になれば、テロの時代になる。今ほど日本全体が良くなくなっている時代はない。追いつめられている者が救いを求めても誰も助けてくれない。アメリカと同じような社会になっている。

司法も駄目。村上さんはその犠牲者。検事が点数稼ぎ、出世のために誰かを貶めている。弁護士も金稼ぎ。検事総長は辞めた後、四、五千万の顧問料で雇われる。ヤメ検は使い物にならない。検察と取引する。せめて司法はおかしくなってほしくない。

人にレッテルを貼るのは良くない。警察・弁護士・政治家・経済人には良い人も悪い人もいる。妙なレッテルを貼って更生を妨害してはならない」。

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千駄木庵日乗五月十一日

朝、デイサービスに赴く母を見送る。

この後、原稿執筆の準備。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。産経新聞特別記者・論説委員の湯浅博氏が「安倍政権のグローバル戦略」と題して講演した。活発な質疑応答が行われた。内容は後日報告します。

帰宅後は、原稿の校正、資料の整理など。

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2013年5月11日 (土)

売国政治家岡田克也を許すな!

海洋国家・日本はシナ大陸に深入りしてはならないという論議は全く正しい。軍事的にせよ経済的にせよ政治的にせよ日本が大陸に深入りしたらロクなことがなかったことは歴史を見れば明らかだ。しかし、大陸国家であるシナが海洋に進出し、沖縄まで侵略せんとしている。支那にどう対処するかが今日の日本の緊急の国家的課題となった。

対支那屈辱外交・土下座外交が行われてきた。日本は経済協力を強いられ、シナの経済発展に貢献した。然るにそのことは全く感謝されず、また、日本の貢献をシナ民衆には知らされることもなかった。そして今日、歴史問題・領土問題・資源問題で恫喝され、軍事的圧迫を受けている。何とも悔しい限りである。

巨大な軍事国家・全体主義国家の奴隷になるか自由民主主義の政治体制を守るかという二者択一の選択が、わが国民に迫られている。中華帝国主義の共産支那こそ二十一世紀の人類最大の敵であると考える。わが国は、共産支那の理不尽さに対して毅然とした態度で臨むべきである。

国内の「媚中派」に厳しい批判を行わなければならない。問題の根本は、わが国の卑屈さである。このままだと、わが国は共産支那の属国になってしまう。国家の主権・領土・独立・尊厳を固守し、正当なる主張をすることこそ、主権国家の政府としての基本的な外交姿勢である。

しかるに自分の国の国会で自分の国を貶めるという全く許し難いことをする売国政治家がいる。岡田克也だ。実家の商売を守るためであろう。出店が襲撃されてもまだ懲りない岡田というのは全く馬鹿である「アジアの解放者、最も平和的で文化的な国日本」を侵略国家に仕立てあげたいのが、岡田克也である。支那・韓国からの圧迫・内政干渉に加担し、祖国を貶める売国政治家が岡田克也である。こんな男がいる民主党の息の根を止めねばならない。

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千駄木庵日乗五月十日

午前は、母のお世話。

『政治文化情報』の原稿脱稿・印刷所に送付。

午後からは在宅して、資料整理、原稿執筆の準備など。

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福沢諭吉の『脱亜論』と現代

福沢諭吉は『脱亜論』に曰く。「我日本の国土は亜細亜の東辺に在りと雖も、その国民の精神の既に亜細亜の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに爰(ここ)に不幸なるは近隣に国あり、一を支那と云ひ、一を朝鮮と云ふ。(中略)…我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予ある可らず、寧ろ其伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばす、正に西洋人が之に接するの風に従て処分す可きのみ。悪友を親しむものは共に悪友を免れる可らず。我れは心において亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」と。

福沢はさらに言う。「国中朝野の別なく一切万事西洋近時の文明を採り、独り日本の旧套を脱したるのみならず、亜細亜全洲の中に在りて新に一機軸を出し、主義とするところは唯脱亜の二字に在るのみ。」と。

「脱亜」が同時に「入欧」であることを福澤諭吉は明言していたのだ。これを全面的に肯定することはできない。しかし、支那と朝鮮が日本にとって「悪友」であることは今日ますます事実として明らかになっている。支那朝鮮が理不尽にわが国を圧迫して来たら、破邪の剣を振うより致し方ないのである。「支那・朝鮮の公正と信義に信頼して自国の生存と安全を保持しようと決意した」などと呑気なことは言っていられないのである。

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2013年5月10日 (金)

この頃詠みし歌

白き餅母と食せる春の朝

スカイツリーの真横に朱色の春の月

衣食足りて礼節を知るとはこのことか うまきもの食して怒り鎮まる

言霊は常にすがしくあるべしと語らむとする部屋に怒号飛び交ふ

春の太陽照り映える下 東御苑の樹林を歩み聖帝を偲ぶ

聖帝の慈しみたまひし林をば歩み行きたり昭和の日の午後

つつましく生きて来たりしわが父が苦しみて逝きしことの悔しさ

雨降れば渇きたる心も癒ゆるかと傘ささず歩む夕暮の道

明るき声で注文をとる女主人 わが町千駄木の昼の定食屋

百貨店といふ言葉は未だ死語にあらずと思ひつつ入る上野松坂屋

新しく買ひ来し下着を身に付けて意気颯爽と今日の日を生きむ

うら若き乙女に勧められ買ひにけるズボンを大切に使はむとぞ思ふ

迷ひ迷ひ来たことの無き街歩む 知り人の家を探し求めて

久しぶりの鰻屋の女将 元気さうに働きゐるが嬉しかりけり

遮るもの亡き大空をうち仰ぎさやけき心となりにけるかな

わが母の眠りたまへる姿をば見つつ祈れり長く生きませと

すこやけく楽しげに日々を過ごしゐる母をし見れば嬉しかりけり

鯉幟下町の空を泳ぐ見ゆ平和なるかな日の本の國

混迷の世なれど空を泳ぎゐる鯉幟見て心やすらぐ

五月晴れの空を泳げる鯉幟すがしかりけり今日の天地(あめつち)

かけまくもかしこき神に護られてただわが道を歩み行くべし

何事がありても神に祈りつつただひたすらに生きゆかむのみ

バス待てば知り人来たり談笑す 日の暮れ方の暫しの時間

人麻呂の歌を語り合ひ日の本のいにしへの心にふれる喜び     

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千駄木庵日乗五月九日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2013年5月 9日 (木)

日本と沖縄は太古より一体である

沖縄県民には、「沖縄は薩摩に苛められ、先の大戦で犠牲になり、戦後は異民族の支配を受け、現在も米軍基地で被害を受けている」と主張し、「沖縄は常に日本の犠牲になって来た」という「反日感情」を持っている人がいる。

しかし、沖縄の歴史は、悲劇ばかりではない。十五、六世紀には琉球王國が海洋民族として雄飛した世界に光り輝く歴史がある。また、日本列島の最も古い人間の化石は琉球から出ているという。太古の歴史を見ると日本との関係が実に深い。日本民族のルーツの一つは沖縄であり、日本伝統信仰も沖縄から来ている部分が多い。

折口信夫氏は、「元々我々『本土日本人』と毫も異なる所なき、血の同種を沖縄びとの上に明らかにすることなく、我々は、今まで経過して来た。…我々の祖先の主要なる者は、曾ては、沖縄の島々を経由して、移動して来たものであった。其故、沖縄県の島々及び、其北に散財する若干の他府県の島をば、日本民族の曾て持ってゐた、最も古い生活様式を、最も古い姿において伝へる血の濃い兄弟の現に居る土地である。」(沖縄を憶ふ)と語り、岡潔氏は、沖永良部の子守歌をピアノで聞いて懐かしいと思ったとその著『春風夏雨』に書いている。

日本民族信仰の伝統的ロマン精神(他界への憧れ)は、北方から来た「天上への憧れ」の心と共に、南方から来た「海の彼方への憧れ」の心を持っている。だから天も海も「アマ」と云うのである。

我々日本民族は、ポリネシア的な海洋民族が基盤にあり、鉄器文化を持って朝鮮半島を経て北方から来た人々と、太陽信仰と稲作文化を持ってマレー半島あたりから沖縄を経て来た人々、の三つが合体したものと云われている。太陽信仰及び稲作は日本民族の伝統信精神基本であり、それは太古に「海上の道」を沖縄を経由して日本に来たのである。 

沖縄古代信仰も水平線の彼方に「神の國」があると信じた。その「神の國」を「ニライカナイ」と云う。これは日本民族の海の彼方へのロマン精神と同じである。

『古事記』によれば、天孫・邇邇藝命の御子・火遠理命(ほをりのみこと・海幸彦)は失った釣針を探すために「綿津見の神の宮」(竜宮城)に行き、海の神(綿津見の神)がその釣針を探し出してくれる。そして、海の神の姫である豊玉売命(トヨタメヒメノミコト)と結婚する。

「綿津見の神の宮」は鹿児島の海の彼方にあるとされるのだから、沖縄以外に考えられない。そう言えばおとぎ話の絵に出て来る竜宮城は沖縄の首里城にそっくりである。 

さらに、神倭伊波礼比古命(カムヤマトイハレヒコノミコト・神武天皇)は、火遠理命と豊玉比売命の間に生まれた鵜葺不合命(ウガヤフキアヘズノミコト)と豊玉比売命の妹である玉依比売命(タマヨリヒメノミコト)との間に生まれた。日本の初代天皇・神武天皇の母方の御祖先は沖縄にいました神なのである。

これは『古事記』のみに記されている伝承ではない。沖縄本島北部の伊平屋島という島には、古代大和の太陽信仰・山岳信仰と同じ信仰がのこっており、島の北部西海岸には籠屋(くまや・別名天の岩戸)と云われる洞窟があり、ここで神武天皇が生まれられたという伝承がある。

古代日本人が南方の海の彼方に憧れたからこういう神話が生まれたのである。それは自分たちの祖先が遠い昔にやって来た故郷への思慕だったのである。『教育勅語』に「我ガ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠」と示されている。沖縄の太古の歴史はこれを証しする。 

このように、日本民族のルーツの一つの流れは実に沖縄にあったのである。「沖縄が天皇制日本に組み込まれたのは近々百年に過ぎず、それ以前は沖縄独自の文化・政治圏を形成していた。天皇は如何なる意味でも沖縄の文化や伝統の体現者ではない」という主張は全く誤りである。

沖縄が、日本及び日本天皇を否定することは、沖縄の太古の歴史と信仰を否定することになる。悠久の古代史を正しく認識すれば、日本と沖縄は一体であることが分かる。

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千駄木庵日乗五月八日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて『萬葉古代史研究会』開催。小生が柿本人麻呂の挽歌などを講義。質疑応答。

帰宅後も、原稿執筆。

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2013年5月 8日 (水)

天孫降臨・神武建国以来の道統を開顕する事が最も大切である

『現行占領憲法』上の「主権の存する日本国民の総意に基づく象徴」という「御地位」は、一体いかなるものであるのか。まことに畏れ多い表現ながら、「天皇陛下は内閣の助言と承認即ち政治権力者の言いなりになって行動すべし」ということなのか。

主権の存する国民の総意に基づくのみの「天皇の御地位」は、天皇・皇室の尊厳性を隠蔽し、皇位の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇・皇室は政治権力者・官僚の「操り人形」になる。現実にそうなりつつある。

そもそも大衆と同じレベルの「人」が「国家と国民の統合の象徴」になることは不可能である。その不可能を今まで可能にして来たのは、皇室の伝統性がまだ生きているからである。

現御神・祭祀主であらせられる天皇陛下、および「日嗣の御子」であらせられる皇太子殿下の御本質の回帰が第一である。天孫降臨・神武建国以来の道統を開顕する事が最も大切である。皇室の御事はそこから考えねばならない。

日本弱体化のために国民の皇室尊崇の心を希薄化しようとした占領政策にのっとった『現行占領憲法』は否定されなければならない。国家の基軸中の基軸である「天皇の統治大権・祭祀大権」の回復が行われなければならない。

天皇は、日本の伝統を体現され、国民を統合される尊貴な御存在であらせられる。天皇の尊貴性は、天皇が神にして人・人にして神=現御神であらせられるということである。日本国の祭祀主であり統治者としての御本質に立ち返っていただくことが基本である。

現御神とは人ではあらせられないという事ではない。人としてもっとも尊貴な御存在であらせられるということである。日本の神とは、全知全能の唯一絶対神ではない。日本の神は大自然の中に生きる久遠のいのちであり祖霊である。天皇はその体現者であらせられる。

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千駄木庵日乗五月七日

午前は、母のお世話。

午後は、明日の萬葉集講義の準備、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後七時より、新九段下沙龍にて、『憲法勉強会』開催。横山孝平氏が座長となり討論。『皇室典範』と『憲法』の関係、『大日本帝国憲法』改正条項と『現行占領憲法』の無効性について話させていただいた。

帰宅後は、明日の講義の準備など。

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萬葉古代史研究會 のお知らせ

萬葉古代史研究會

小生が講師となりて「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

日時 五月八日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

會費 千円

テキストは、岩波文庫本『萬葉集』(佐佐木信綱編)上巻。

初参加の方は、テキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

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2013年5月 7日 (火)

社民・共産・民主党左派・左翼偏向メディアを国賊と呼ばずして何と呼ぶのか

今日原稿を書くために、カードを検索していたら、ウラジーミル・レーニンが、「もし搾取がなければ、もし人間を憤激させ、抗議や反抗をよびおこし、抑圧の必要をうみだすものが何もなければ、人間は自分たちに必要な共同生活の規則を守ることにたやすく慣れてゆく」「共同生活の根本規則を守ることに、暴力がなくても、強制がなくても、隷属関係がなくても、国家と呼ばれる特殊の強制装置がなくても、規則を守ることに徐々に慣れてゆくであろう」(『国家と革命』)と論じている文章を見つけた。

これは、権力機構としての国家否定のユートピア思想というか空想論である。しかし、レーニンの指導による革命によって成立したソビエト連邦、そしてその後ソビエト連邦及びソ連共産党の後押しによって誕生した共産支那・北朝鮮などの共産主義国家は、まさに国民を憤激させる「暴力」「抑圧」「搾取」「強制」「隷属」によって成り立つ国家であった。その惨禍は今日まだ続いている。

「天皇制打倒」をいまだに金科玉条としつつ日本國體破壊を企む勢力が国内に残存している。社民・共産・民主党左派などそして朝日新聞などの左翼偏向メディアである。そうした勢力は、『現行占領憲法』擁護を叫び、國體の眞姿を開顕した憲法への回帰阻止を叫んでいる。

彼らは、表面上は「平和」「民主主義」「解放」「自由」を叫んでいるが、その実態は、旧ソ連・共産支那・北朝鮮の手先であり、同根の勢力である。社民・共産両党は、ソ連・共産支那・北朝鮮を、理想国家にように宣伝していた。のみならず資金援助を受けていた。

だから、わが国の自主防衛力強化・日米軍事同盟に狂気の如く反対しても、共産支那・北朝鮮の核武装・軍事力強化・わが国への軍事的圧迫・侵略には全く抗議しないのである。

社民・共産・民主党左派などそして朝日新聞などの左翼偏向メディアは今日においても、日本が支那や北朝鮮の支配下に入り属国になることを望んでいるのだ。こういう連中の国賊と言わずして何と言うのか。

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千駄木庵日乗五月六日

午前は、母のお世話。このところ母が元気なので有り難い。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2013年5月 6日 (月)

日本精神とは

日本精神とは、天皇仰慕の心・天神地祇崇拝(祖先と自然の霊を尊ぶ心)・明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・まつりの心・自父母兄弟を尊ぶ心である。

日本精神は文献的には『古事記』『日本書紀』『萬葉集」に示されている。それを常に実践されているお方が祭祀主・日本天皇である。日本の傳統精神・生活・文化の基本・核は<天皇の祭祀>である。

日本精神・民族精神とは、「天皇を中心とする國體より発生し継承されてきた國民精神」と定義することが出来る。

闘爭戰爭絶え間なき現代において、日本的思惟である<神人合一(すべてに神を観る心)><中心歸一の原理><結びの原理><多即一・一即多の原理>によって、分割する精神=神と人・神と被造物は絶対的に隔絶された関係にあり、人間などの被造物は神の支配され神に裁かれ神に復讐される存在であるといふ二元論を克服し、さらに唯一絶対神の排他独善性からも解放し、永遠の闘爭から人類を救済する。 

日本精神は、日本の國益だけを第一に考える思想ではない。また、日本を世界の覇者とする思想でもない。経済力や武力によって世界を支配することを最高の主義とするものではない。日本精神によって世界を救済し世界を新たならしめ、世界を維新する思想である。まさに世界全人類に平和を齎す精神なのである。

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千駄木庵日乗五月五日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、春日の文京シビックセンターにて、『台湾研究フォーラム』開催。永山英樹氏が挨拶。黄文雄氏が講演。質疑応答。

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帰宅後は、原稿執筆の為の資料検索、原稿執筆。

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2013年5月 5日 (日)

日本國體と成文憲法

憲法論議が喧しくなってきている。憲法を論ずるにあたって最も大切なのは、國體である。

信仰共同体國家日本の祭祀主であらせられる日本天皇は、地上における天照大御神の御代理即ち現御神であらせられるのであって、國民が作った成文法によって制限され、規制されるご存在ではない。

伊藤博文は、明治十五年に書いた岩倉具視宛の書簡で、「…我皇室の如きは、二千五百有余年、邦國の体裁を固定せざる以前に於て、既に君主の地位を占む。豈に國憲を定め國会を起すの時に至り、始めて君主たる事を認めらるゝを俣たんや。」(『伊藤博文傳』中巻)と書いてゐる。

近代國家体制が制度的・法的に確立した時期よりはるか以前から、すなはち天孫降臨以来、天皇はわが國に君臨せられてゐたのである。

野口武彦氏は、「美濃部達吉は『帝國の國體と帝國憲法』(大正二年)といふ著書で、『國體』とは『國家の成立する基礎たる精神』、『國家団結の基づく所の民族精神』であり、従って『単純なる法律上の観念に非ず』といい、さらに『國體は憲法上の観念に非ずして主としては倫理上の観念なり。憲法は國の政治組織を定むと雖も國體を定むることなし』と明言してゐる。そして『政体』の概念については、『我が帝國の國體に基く憲法上の特色は萬世一系の皇統を君主として奉戴する君主政体なることに存す』とい命題が明確に述べているとおり、これを國家の政治組織と定義しているのである。」(『王道と革命の間』)と述べてゐる。

西洋の國家観は、國家とは「ある特定の地域の内部で物理的暴力による支配機構」といふ事らしい。そして國家は個人の抑圧装置としてゐる。個人にとって國家とは本質的に敵である。そして、成文憲法は、国家権力の制限規範だといふ。このやうな國家観・憲法観で日本國體・日本天皇の国家統治の御事を規定してはならない。

天皇と國民の関係は、支配・被支配の対立関係ではないのである。祭祀主たる天皇は、國民を支配し隷従させたのではなく、信仰的権威(これを御稜威といふ)によって統率し統一したのである。

権力支配組織ではない日本國體を、西洋的主権論で規定することは全く誤りであり、國體の破壊である。日本國の統治大権は建國以来、天皇にあることを憲法に明確に示すべきである。天皇の統治大権とは、権力や武力による支配ではなく、祭祀と一体のものであり、天皇が神聖な信仰的権威によって統率し統一することである。

西洋的主権論を基本原理とする『現行占領憲法』を改正するのではなく、無効を確認し、日本國體精神に基づく「正統憲法」に回帰すべきである。

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千駄木庵日乗五月四日

午前は、母のお世話。

午後は、お世話になっている方が近く入院されるので、北千住のご自宅にお見舞いに伺う。しばらく懇談。北千住は久しぶり。

帰途、谷中にて、地元の後輩と懇談。

帰宅後は、『大吼』連載の「萬葉集」解釈原稿執筆・脱稿・送付。

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2013年5月 4日 (土)

「国生み神話」について

日本国家の生成は記紀神話で伝えられている。記紀によると、国家成立の三要素たる国土・君主・国民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と国民と国土は霊的・魂的に一体の関係にある

神話とは、現実の歴史を反映し理想化して描いた物語であり伝承である。日本国の祭祀的統一の歴史が、神話において物語られた。君主と国民とは対立関係にあるのではないし国家と国民も対立関係にあるのではないことは、日本神話に示されてゐる。

日本國は神の生みたまひし国である。日本国の肇国・建国・生成は、決して武力や権力による統一・結合そして支配被支配関係の確立ではない。

岐美二神はお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて、国生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって国土が生成されたのである。国土ばかりではなく、日本国民の祖たる八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神の「むすび」よって生まれたのである。

国土も自然も人も全てが神の命のあらはれであり、神霊的に一体なのである。これが我が国太古からの国土観・人間観・自然観である。

日本神話においては、天地が神によって創造されたのではなく、二柱の神の「愛・むすび」によって国土が生まれた。つまり神と国土・自然・人間は相対立し支配被支配の関係にあるのではなく、神霊的に一体の関係にあるのである。ここに日本神話の深い意義がある。神と人とが契約を結び、神は天地を創造し支配するといふユダヤ神話とここが全く異なる。

伊耶那岐命が伊耶那美命に「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ。だから・註)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に、刺し塞ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまふた。伊耶那岐命が「国土を生みなさむ」と申されてゐるところに日本神話の素晴らしさがある。

中西進氏は、「(世界各地の神話は・註)人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、国土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色で…」(『天つ神の世界』)と論じられてゐる。

岐美二神は、単に大地の創造されたのではなく、国土の生成されたのである。太古の日本人は劫初から、国家意識が確立してゐたのである。この場合の「国家」とは権力機構としての国家ではない。

村岡典嗣氏は、「(国家の神的起源思想の特色として・註)国家成立の三要素たる国土、主權者及び人民に對する血族的起源の思想が存する。即ち皇祖神たる天照大神や青人草の祖たる八百万神はもとより、大八洲の国土そのものまでも、同じ諾册二神から生れでたはらからであるとの考へである。吾人は太古の国家主義が実に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即国家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が国土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の国家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想氏研究』四)と論じてゐる。

天皇と国民と国土の関係も、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。霊的魂的に一体の関係にある。これを君民一体といふ。天地生成神話は、日本國體の素晴らしさを語ってゐるのである。成文憲法は、日本國體精神を基礎にしなければならない。決して外国の国家思想に基づくものであってはならない。

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千駄木庵日乗五月三日

午前は、母のお世話。

午後一時より、新宿内藤町の四谷区民ホールにて、『新しい憲法をつくる国民大会』開催。清原淳平・高乗正臣両氏が講演、中川雅治・小野次郎・桜内文城・秋元司の各氏がスピーチ。例年よりも来会者が多かった。詳細は後日報告します。

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帰宅後は、原稿執筆など。

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2013年5月 3日 (金)

永井荷風・憲法・言霊

本日五月三日は『憲法記念日』である。小生はとてもこの日を祝日として心からお祝ひする気にはなれない。亡國の日・屈辱の日と認識し、一日も早く現行憲法の無効を宣言しなければならないと決意を新たにする。『日本國憲法』といふ名の占領憲法は、昭和二十二年五月三日に施行された。この日の永井荷風の日記『断腸亭日乗』には、「五月初三。雨。米人の作りし日本新憲法今日より實施の由。笑ふべし」と記されてゐる。

終戦直後、荷風はすでに自ら好んで世捨て人のやうな生活をしてゐたにもかかはらず、国語の傳統維持の重要さについてさらに次のやうに論じた。「いづこの國に限らず、國民は祖先傳來の言語を愛護し、それを丁重に使用しなければならない責任があります。いかなるものでも放擲して時勢の赴くまゝにして置けば破壞されてしまひます。絶えず之を矯正したり訓練したりして行かねばなりません。言語と文章の崩れて行くのを矯正して行くのが文學者の任務でせう」(『亜米利加の思出』・昭和二十年十二月)。

日本人はやまとことば・言霊への信がなければならない。それが真の愛國であり國粋精神である。そして言葉の乱れを正すのが文学者の使命であり責任である。世間を韜晦する人生を歩んでゐたとされる荷風であったがそのことは正しく自覚してゐたのである。

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『国旗』『国歌』について

今朝のテレビ朝日の報道番組で、何時も出るヒョットコのような顔をした人物やコメンテーターと言われる人たちが『自民党改正草案』に「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする」という条項があることに異を唱えていた。そしてある民族運動団体の顧問を務める人も登場して「江戸時代は国旗も国歌もなかった」とか言って、法律で強制するのは良くないという意味のことを言っていた。困ったことである。

諸外國においても、成文法を持たない英國を除いて、國旗・國歌を成文法あるいはそれに準ずるもので規定している國が多い。(米國=國旗法。フランス=憲法。ロシア=大統領令。ドイツ=國旗は憲法、國歌は首相と大統領との書簡交換で確認。イタリア=國旗は憲法、國歌は閣議で決定。オーストラリア=國旗は國旗法、國歌は総督による公布。中國=國旗は憲法、國歌は國會で決定)。

今は、江戸時代ではないのだから、国旗が掲げられ、国歌が歌われるのは当たり前の事であり、成文憲法に国旗国歌を規定するのは当然である。

『君が代・日の丸』にはわが国の国柄や建国の理想や歴史、文化、伝統そして国民共同体意識が込められている。君が代が国歌であり日の丸が国旗であることは、権力による押付けでそうなったのではなく、全国民の合意が自然に成立し、長年の慣行によって広く国民の間に定着している。『君が代』『日の丸』は近代にその起源があるのではない。平安時代からの長い歴史と伝統を有し平和を愛する日本国の象徴である。偏見を持たず素直な心で君が代を歌い日の丸を仰ぎ見るべきである。

天皇を祭祀主と仰ぐ真の平和国家・信仰共同体国家日本の永遠の隆昌を祈る歌が『君が代』であり、太陽の如く明るく大らかな精神を持つ国が日本であることを示しているのが『日の丸』である。こういう素晴らしい国旗を掲げ国歌を歌うことは、日本国及び日本国民、そして全世界の平和を齎すのである。

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千駄木庵日乗五月二日

午前は、母のお世話。

午後は、諸雑務。

上野に出て、買い物。下着を購入。意外に高価なので驚く。

帰宅後は、原稿執筆。

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2013年5月 2日 (木)

日本国は人為的に作られた法人国家ではない

我が日本は自然に生まれてきた国であって、人為的に作られた国ではない。「生まれる」と「作られる」とでは絶対的な違いがある。日本は古代において自然に「生まれた」国である。ところがアメリカや旧ソ連や中華人民共和国は一定の目的を持って高々数十年から百年くらい前に人為的に作られた国である。

「生む」は日本伝統信仰の観念であり、「作る」はキリスト教の観念である。伊耶那岐命伊耶那美命は日本国土をお生みになったのであり、キリスト教の神(ゴッド)は人間を作ったのである。キリスト教の神はなぜか国家は作らなかった。国家は神によって造られた人間が集まって文字通り人為的に作られたと言うのが西洋の考え方である。日本の国家観と西洋国家観の違いは実にここから発すると考えられる。

日本国は、数多くの個としての人間が寄り集まって人為的に契約を締結して作った権力機構・政治形態としての国(これを「国家法人説」と言い換えてもいいと思う)とはその本質が全く異なるのである。

「国家法人説」とは、国家を法的な主体としての法人と考える理論で、いわゆる「天皇機関説」の基礎をなす理論とされている。また「法人」とは「自然人以外で法律上の権利義務の主体となることができるもので、一定の目的の下に結合した人の集団あるいは財産についてその資格が認められている集団」と定義される。国家とは、社団法人や財団法人のように多くの人々が一定の目的のために契約を結び人為的に造られたものだというのが「国家法人説」なのである。

天皇中心の信仰共同体としての日本は断じてそのような存在ではない。「国家法人説」を日本国に当て嵌めることはできない。

日本人は、豊かな自然に包まれて、様々な階層の人々も、「和」「むすび」を基本として生きてきた。そして信仰共同体としての国家が生まれた。その「和」「むすび」は人と人との間柄のみならず、人と自然の関係もしかりであった。

我が日本はどのような闘争や激動があっても、日本という国が分裂し破壊し尽くされてしまうということ無く、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。ここが日本という国の有難いところである。

この「むすび」の語源は、「生す」「生える」である。「草が生す」「苔が生える」といわれる通りである。つまり命が生まれることである。故に母から生まれた男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」というのである。「むすび」とは命と命が一体となり緊密に結合するということである。米のご飯を固く結合させたものが「おむすび」である。そして日本伝統信仰ではその米のご飯には生命・魂が宿っていると信じてきた。

「庵を結ぶ」という言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合わせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」という。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立しているのである。

日本という国家も同じである。人の魂が結び合って生まれてきた生命体なのである。日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培われた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命体が日本国なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。

我々はまず以て「国家観」を正しく確立しなければならない。言うまでもなく日本と欧米とは歴史・文化・宗教・社会構造・人間関係を異にしているのだから、日本国を近代西欧流の国家法人説・国家暴力装置説などの「国家観」によって論じてはならない。

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千駄木庵日乗五月一日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、『月刊日本』連載の「萬葉集」解釈の原稿執筆・脱稿・送付。今日はメーデーなのでしょうが、それらしい雰囲気は全くなし。何の行事もなかったのでしょうか、あるいは別の日に行われたのでしょうか。昭和二十七年のメーデーにおける「皇居前騒乱事件」は、北朝鮮の韓国武力侵攻に合わせて、後方攪乱をするために、日本共産党と朝鮮総連が組んだ暴動を起こしたのであります。翌日だったかと思いますがと、都電に乗って根津の交差点を通りかかりますと、交番のお巡りさんが、腕に包帯をして勤務していたのを見ました。それだけ警察官の数が足りなかったということです。当時は大変緊迫した状況だったのだと思います。日本共産党は、今でこそ暴力革命を放棄したように言っていますが、共産国家の武力侵略に呼応して暴力路線をひた走っていたのであります。

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2013年5月 1日 (水)

言霊信仰と現代

現代ほど言靈が軽視されてゐる時代はない。現代日本においては、文藝においてすら言靈を喪失してゐる。さまよへる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言靈の復活が大切である。

いのちが枯渇し言靈が失はれた言語が氾濫する情報化時代の現代においてこのことは重要である。現代においても、和歌や俳句といふ日本傳統文藝は多くの人々によって継承され愛好されてゐる。しかし、命ある言葉・言靈は不足してゐるのではないだらうか。

言靈の復活が世の乱れを正す大いなる方途である。言葉の問題は、「品格」とか「ヒューマニズム」と言った次元のことではない。日本民族の道統の問題である。今こそ、魂のこもったやまと歌が多くの人々によって歌ひあげられなければならない。澄み切った魂の宿る「やまと言葉」が発せられなければならない。そして言靈の幸はふ國を回復しなければならない。

わが国には、「言事不二」といふ言葉がある。「言葉と事実と一致する、言葉と事実は二つではない一つである」「存在は言葉である」「言葉に出したことは実現する」といふ意味である。

豊田國夫氏は、「古代日本人は、言葉に内在する言語精靈が、その靈妙な力によって人の幸不幸をも左右すると考えていた。…彼ら古代人にとって、言葉は、現代のある種の人々が主張するような、単なる媒介、符号物ではなく、もっと人間や事物と切実な関係をもった、生きたものとして感じていたのではなかったか。つまり彼らにとって、言葉は事物と一体をなすものであった」(『日本人の言靈思想』)と論じてゐる。

國家的危機に瀕してゐる今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言靈の力による國の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言靈の復興がなければならない。言葉は神聖である。靈力が宿ってゐる。従って、言ったことは実行せねばならない。実行できないことは言ふべきではない。外敵から日本國を守る運動であればなほさらである。自分には出来もしない言葉は発するべきではないと思ふ。それは、「知行合一」の思想にも直結する。

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千駄木庵日乗四月三十日

午前は、母のお世話。

昼は、知人と意見交換。

午後からは、季刊『大吼』原稿執筆、脱稿、送付。書状執筆など。総理・防衛大臣そして都知事が外国を飛び回らないと、日本の立場を保つことができないというのは何となく情けないが、外交とはそういうものなのであろう。都知事の発言は間違ったことは言っていないと思うが、評論家時代とは違うということなのであろう。猪瀬氏は最近「言葉」に関する著書を出したばかりと思うが、その「言葉」の問題で、謝罪しなければならなくなってしまったのは何とも皮肉である。

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