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2013年4月24日 (水)

わが國の近代は、ペリーの武力的恫喝によって始まった

わが國の近代は、ペリーの武力的恫喝によって始まった。それを考へずして、日本近代の戦ひと発展と祖国防衛・独立維持の歴史を弾劾するのはあまりにも一方的であり自虐的である。

攘夷即ち西欧列強の武力侵略から祖国を守るためには、日本自らも武力を強化しなければならなかった。これを「攘夷のための開国」といふ。そして武力の強化とは、西欧列強の軍事力と西洋文明そのものをわが國に輸入せざるを得なかった。

西欧諸国との拮抗、とりわけ帝国主義との戦ひをしなければならない時代に於いて、わが國の独立の維持とは、武力的拮抗でなければならなかった。欧米近代の国家の侵略による植民地化を跳ね除けるために「富国強兵」政策がとられた。「富国強兵」政策を否定することは出来ない。また、「富国強兵」を実現するために西洋の文物・学問・科学技術を取り入れることも大切であった。

明治新政府は、幕末期に徳川幕府が西洋列強と締結した日本国内に外国の軍隊が一方的に駐留し、裁判も外国人によって行はれるといふ不平等な条約を改正する事を大きな目標とした。

明治四年(一八七一)の岩倉使節団派遣の最大目的は不平等条約の改正であった。しかし、維新直後のわが國による平等条約改正要望は列強に全く相手にされなかった。日本が不平等条約を改正できたのは、明治四十四年(一九一一)、日本が日清・日露両戦争の勝利した後だった。日清、日露戦争に勝利した結果、初めて不平等な条約改正ができたのである。

弱肉強食・強い者勝ちが冷厳な国際社会の原則であった。それは二十一世紀を迎へた今日でも変ってゐない。西欧列強からの圧迫に対抗して日本の独立を維持しやうといふ意志の表れとしての「攘夷」が、自らを強化するために西欧の科学技術・法制度・思想を輸入したのである。

近代日本が、帝國主義国家と対峙しつつ独立国家として自立していくためには、西欧化し近代化し軍備を整へねばならなかった。これを批判したり否定することはできない。

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