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2013年4月 1日 (月)

今日における尊皇攘夷

我國は現在、支那・韓国・北朝鮮からなめられ、国家の尊厳性を喪失しています。

 大西郷は、「王を尊び民を憐れむは学問の本旨」「萬民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節儉を行ひ、職務に精勵して、人民の標準となり、下民をしてその勤労を感謝せしむるに至らざれば、政令は行はれ難し」と述べています。この言葉も今日の我國政治家が噛み締めなければならないと思います。

 

また大西郷が遺した言葉以上に彼の歩んだ道、彼の行った偉業そのものにこそ、大西郷が今日の我々に語りかけている大きな教訓があると信じます。

西郷の歩んだ道は「東洋王道路線」(東洋的な帝王が仁徳をもととして国を治めるやりかた)と言われています。何よりも我國伝統の道義精神を根幹とした政治と外交を実行すべしとしたのが西郷隆盛です。     

 

今日の日本において、「政治改革」「教育改革」「行政改革」というように、「改革」ということがうるさいくらいに言われている。しかし、如何なる理念・精神を根本に置いて「改革」を行うかが問題です。

 明治維新が「尊皇攘夷」を基本理念にして戦われたように、現代維新においても、「尊皇攘夷」の精神を根底に置いて戦われなければなりません。「尊皇」とは萬世一系の天皇を中核とする國民的統一・道義心の高揚を図る事であり、「攘夷」とは國家民族の自主独立を回復することです。内憂外患交々来るといった状況にある今こそ、尊皇攘夷の精神が必要な時です。

 民族の傳統への誇りを忘却した民族には未来はありません。しかし、我々は絶望してはなりません。上に天皇おわします限り、民族の命は必ず新生し甦ります。そして、民族の歴史の流れ、民族の道統に立脚した変革が行われなければならなりません。日本國體精神こそが永遠の維新の原理です。

 我々日本國民は誇るべき國體精神を恢弘してわが國の革新と再生そして世界の真の平和実現に邁進すべきであります。 

 西洋から発した唯物文明・強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるものとして東洋の精神特に農耕生活から発した大自然と人間の共生の精神がある。東洋精神よって西洋唯物文明を克服するべきである。

 ナショナリズムとは将来へ向けて自国・自民族が独立を維持するための精神であって決して回顧的なものではない。これからの日本の独立のために欠くべからざるものなのである。ただし、明治維新の基本精神が神武建国への回帰であったように、インドの反英独立運動=ナショナリズムの思想的基盤が古代精神への回帰であったように、ナショナリズムの基礎にはその国の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。

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