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2013年4月 2日 (火)

言霊の復活が世の乱れを正す大いなる方途である

言霊の復活が世の乱れを正す大いなる方途である

日本人は神代以来、日本国は「言霊」によって護られる国であると信じて来た

言葉ほど大切なものはない。言葉は人間の心を表現する。言葉のない生活は考へられない。言葉は、共同体において生活する人と人とを結合させ、人と人との間をつなぎ相互に理解を成立させる。言葉は、人間生活そのものを体現し、共同体は基本的に言葉によって成立する。

「言葉の乱れは世の乱れ」といはれる。今の日本は乱れてゐる。乱世である。その原因は、言葉の乱れが重大な要素になってゐると考へる。

日本民族は古来、言葉を大切にし、言葉には不可思議にして靈的な力があると信じ、言葉を神聖視してきた。『萬葉集』の歌に「言霊」といふ言葉がある。「言霊」とは言語精霊、言葉に宿る霊力のことである。古代日本人は言葉に精霊が宿ってゐると信じ、言霊即ち言葉に内在する霊的力が人間生活に大きな影響を与へると信じた。

古代のみならず今日の日本人の多くは、言葉に宿る神秘的な力によって禍福が左右されると信じるのみならず、「言霊」によって護られ栄えゆく国が日本国であると信じてゐる。日本人は、言葉に霊が宿ると信じ、言葉を唱へることによってその霊の力が発揮されると信じてゐる。故に、日本人は言葉を慎み、畏敬する。

神道で「祝詞」を唱へ、仏教で経文・経典を読誦し題目や念仏を唱へるのは、それらの言葉に神秘的にして不可思議な力が宿ってゐると信ずるからである。

悪しき言葉の氾濫が國をおかしくする。今こそ、魂のこもったやまと歌が多くの人々によって歌ひあげられなければならない。言霊の幸はふ國を回復しなければならない。

村上一郎氏は、文学および詩歌を定義して「詩的な言語表現をもってする人間の生き死にの道の表現である」(『明治維新の精神過程』)と語ってゐる。人間の「生き死にの道」の表現を言語で行ふことは、言葉の価値を最高に認めることである。

いのちが枯渇し言靈が失はれた言語が氾濫する情報化時代の現代においてこのことは重要である。現代においても、和歌や俳句といふ日本傳統文藝は多くの人々によって継承され愛好されてゐる。しかし、命ある言葉・言霊は不足してゐるのではないだらうか。

国家的危機に瀕してゐる今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言霊の力による国の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言霊の復興がなければならない。言霊の復活が世の乱れを正す大いなる方途である。言葉の問題は、「品格」とか「ヒューマニズム」と言った次元のことではない。日本民族の道統の問題である。

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