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2013年3月 6日 (水)

天皇の国家統治とは

わが國體精神・天皇の國家統治は、民の幸福実現を最高の目標としている。國民の幸福の実現こそが天皇の統治の目的である。わが國においては、古代より國民を「おほみたから(大御宝)」と言ってきた。民を尊ぶことが天皇の御統治の基本である。日本伝統信仰おいては、人は神の分け御霊であり、人間は本来神の子として尊ばれるべき存在である。

御歴代の天皇は、國民の幸福を祈られ、「おほみおや(大御親)」としての仁慈の大御心を以て「おほみたから」であるところの國民に限りない仁政を垂れたもうてきたのである。

天皇中心の國體を正しく実現する事を目的として断行された明治維新の基本的精神は、慶応四年三月一四日、明治天皇が京都御所南殿で、公家、諸侯や百官を率いて天地神明に誓われた『五箇条の御誓文』に示されている。それは、「広く会議を興し万機公論に決すべし」「上下心を一にして盛に経綸を行ふべし」「官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す」「旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし」「智識を世界に求め大に皇基を振起すべし」の五か条であり、國民の幸福を実現する政治制度という意味での民主政治の基本が示されている。

葦津珍彦氏は「五箇条の御誓文に見られる政治思想そのものは、決して外國の政治学理論によってはじめて教えられたものではなく、いわゆる幕末時代、約二十年の間に、日本人が政治実践の中から、自然成長的に形成されてきた日本人の政治思想であった。」(『近代民主主義の終末』)と論じている。

昭和天皇は、昭和五十二年八月二三日、那須御用邸で、宮内庁記者団に対して、「(『昭和二十一年元旦の詔書』の)第一の目的は御誓文でした。神格とかは第二の問題でありました。当時アメリカその他の勢力が強かったので、國民が圧倒される心配がありました。民主主義を採用されたのは、明治天皇の思召しであり、それが『五箇条の御誓文』です。大帝が神に誓われたものであり、民主主義が輸入のものではない事を示す必要があった。」と仰せになられた。

近代に於いてのみならず、古代日本においても、國民のために政治が天皇の統治によって実現していたのである。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されている。「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒()ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ。」

天皇が國民の幸福を祈られる祭祀を執行され、國民は天皇の大御宝であるという事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるという体制が真に確立する時、國民のための政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。

天皇は常に國民の幸福を祈られておられる。天皇統治とは國民の意志をお知りになることが基本である。わが國の天皇は民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされてきた。わが國は建国以来君民一体の國柄である。

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