« 千駄木庵日乗三月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月二十八日 »

2013年3月28日 (木)

「萬葉集」は國家変革・激動・外患の危機の時代の歌集

「萬葉集」は、大化改新・壬申の乱・白村江(はくすきのえ)の戦ひ(唐新羅連合軍と日本百済連合軍の戦ひ)の敗北といふ國家変革・激動・外患の危機の時期の歌集である。「萬葉集」が生まれた時代は、明治維新の時期とよく似てゐる時代であった。また、今日の日本の状況ともよく似てゐる時代であった。

「萬葉集」の時代は、わが國が支那の思想・文化・政治制度・法制度を受容した時代であった。わが國が異質の文化(特に仏教・儒教という精神文化と唐の政治法律制度の受容)に遭遇した激動の時期であった。これに対抗するためにわが國傳統的精神文化が興起した結晶が「萬葉集」である。

権力闘争・皇位継承の争ひもあったが、大和朝廷の基礎が固められた時期である。つまり、天皇中心の國家体制が法律的・制度的に確立した時期である。

当時の日本人が國難の時期に如何に日本國體精神を讚仰し道統を継承し、それを元基として國難を乗り越えたかが、「萬葉集」を読むひしひしと傳はってくる。「萬葉集」には天皇國日本が様々苦難を経ながら國家體制が確立した時期である大和時代から飛鳥奈良時代を経て平安朝初期にかけての「時代精神」「國民精神」が歌はれてゐる。

大陸からの文物輸入時代であり内憂外患交々来たるといった時期に、國體精神を謳歌し天皇國日本の永遠を祝福する歌集が編纂されたことに重大な意義がある。草莽の心としての國體観念は和歌によって傳承されて来た。

「萬葉集」といふ名称は、「葉」とは「言の葉」のことであるとして「多くの人の言葉を集めた」といふ説と、「葉」を時代と解釈して、「萬代まで天皇の御代が続くことを祈る」といふ意味であるといふ説がある。いづれにしても「萬葉集」とは聖寿萬歳・天壤無窮・皇位不滅を祈り奉るために多くの人々の歌を集めた歌集といふ意味である。

折口信夫氏は、「萬葉集といふ命名が、褒めことばであることを強調しておきたい…其は書物の生命を祝福する意味ばかりでなく、主上の生命の長く久しきことを祝福するものと考へられる…。萬葉集の歌は、…天子・皇居の長久であること祝した詞章、或は其等が発達して文學的に洗煉せられたもの…」(全集十二巻)と論じてゐる。

 また、高崎正秀氏は、「萬葉といふことが、そもそも聖寿萬歳を祝福する歌集の謂ひであった。巻第一を雄略天皇、巻第二を磐姫皇后お二方の鎮魂歌にはじまり、家持の神賀詞代の短歌ー賀歌(新しき年の始めの初春の…)を以て結ばれる萬葉集第二0巻ーーそういう意図の下に編纂された。…萬葉集は舒明・皇極斉明両帝に出づる天智・天武両皇統を中心として…聖壽礼讃の呪言ーー賀歌の堆積といふ形をしてゐる。」(全集二巻)と論じてゐる。

|

« 千駄木庵日乗三月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月二十八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/57047178

この記事へのトラックバック一覧です: 「萬葉集」は國家変革・激動・外患の危機の時代の歌集:

« 千駄木庵日乗三月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月二十八日 »