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2013年3月17日 (日)

徳川幕府老中・堀田正睦の堂々たる八紘為宇論

幕末の徳川幕府中枢部にも、開明的にして柔軟な考え方を持つ人がいた。ペリー来航の翌々年の安政二年(一八五五)に老中首座となり対米交渉に当たった堀田正睦(まさよし・佐倉藩主)は、安政四年(一八五七)十一月に、評定所(徳川幕府最高の司法機関・老中、寺社・町・勘定奉行、大小目付らがここで事件を合議した)に下した意見書に、

 「…広く萬國に航し貿易を通じ、彼が長ずるところを採り、此の足らざるところを補ひ、國力を養ひ、武力を壮にし、漸漸(ようよう)全地球中御威徳に服従致し候様の御國勢に相成り、世界の害を成し候暴國は、同盟与國を率ひ、征伐を加へられ、善良孤弱の國を撫せられ、実に天心に代て天討を行はせられ、世界萬邦恵治の恩沢を蒙り、彼此相犯す事なく、兄弟臣子の情を結び、終に世界萬邦の大盟主と仰がれ、我が國の政教を奉じ、我國の裁判を受け候様相成り候…」(広く萬國と交流し、外國の長所を取り入れて我國の足らざるところを補い、國力を養って、軍事力を増強し、次第次第に全地球が天皇の御威徳に服従するような國の勢いになり、世界の害になる暴虐國家は同盟國を率いて征伐し、善良にして孤独で弱い國を援助し、天の神の心に代わって天の討伐を行い、世界萬國が恵みの政治の恩恵を蒙り、國家同士が互いに侵略し合う事なく、兄弟・君臣・親子の情を結び、終に日本が世界の盟主と仰がれ、萬國が我國の政治の在り方と信仰精神奉じて、我國の裁判を受けるようになる…、というほどの意)

 ここで堀田正睦が論じたことは、明治天皇の『五箇条の御誓文』に示された「智識を世界の求め大に皇基を振起すべし」という御精神、そして明治新政府の「富國強兵・殖産興業」政策と同じであり、先見の明に満ち溢れている。

 堀田正睦はさらに言う。「神州は、天地剖判以来、國祖天神皇統綿々、古往来今に亙り、君臣の名前正敷(ただしく)、國家の綱常明らかにして、其時に九鼎・風教を革(あらたむ)る如き國々と日を同じくして論ずべきにあらざれば、天孫豊葦原の中津國に降誕以来、時々の変革なきを以て、世界萬國第一の旧域、天帝血統の御國にて、天心の眷顧祐護之無き筈之無く、即今乾坤一変の機會に乗じ為されられ、祖宗の御遺法を御変通為されられ、却って御遺志に叶い為され候御処置を以て、世界萬邦の大盟主と仰がれ候様之有りたく。…」(神州日本は、天地が始まったときから、國の祖であられる天照大神の皇統が途絶える事なく続き、昔から今まで、君と民との名分は正しく、國家が守るべき大道は明らかであって、その時その時の状況によって貴重な伝統や事物を改めてしまう國々と同列に論じるべきではないので、天孫邇邇藝命が地上に降臨されて以来、その時その時の変革は無かったがゆえに、日本は世界萬國第一の古き國、天の神の血統を継承する國にて、天の神が日本を心から愛され目にかけられて助け守られないはずはない。今日只今は、天と地とが一変する機會に乗じられて、徳川家康の御遺法(鎖國政策のこと・註)を変えられ、かえって御遺志に叶う処置を以て、世界萬邦の大盟主と仰がれるようでありたく…、というほどの意)

 堀田正睦はここで日本國體と外國との違いを正しく論じ、日本の神への篤き信仰心を表白している。当時は、幕臣といえども、このような正しい國體観を保持していたのである。しかるに今日の日本はいわゆる保守政治家の中にも、皇室を蔑ろにする人間がいるということは実に以て憂えるべきことである。

 

「(アメリカが開國を求めて来た仼)此機會に乗じ、此御國を以て一世界の大盟主と仰がれ候様精忠を抽(ぬきんで)候は、即ち國祖天神えの御忠節、天朝御尊崇の随一、御祖三百年の御恩沢を報じ奉り候も、此時に之有る可く候間、当今外國人御取扱ひの義は、即ち他日宇内統一の御手始めの義に付き、…」(この機會に乗じて日本を世界の盟主と仰がれるように真心を尽くすことは、國の祖である天照大神への忠節であり、最高の皇室への尊崇であり、徳川家康の三百年の恩に報じることも、この時であるべきである。今日只今の外國人取扱いのことは将来日本が世界を統一する手始めのことであるから…、というほどの意)

 堂々たる八紘為宇論であり、皇室の尊厳性を基本にした世界統一を論じている。堀田正睦はこうした考え方に立って開國政策を推し進めようとしたのである。しかし、掘田は将軍継嗣問題で井伊直弼と対立し、井伊直弼が大老に就任した後失脚する。

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