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2013年3月 7日 (木)

「台湾二・二八時局講演会」における登壇者の発言・その一

蕭錦文氏(二二八紀念館ボランテイァ)「私は完璧な日本人だった。徴兵制がなく、台湾青年は戦争に行く方法がなかった。一九四一年、日本政府は志願制度を設けた。十七歳から三十七歳まで志願できた。一九四一年に私は国の存亡がかかる戦争だと思い志願し採用された。本当に飛び上がって喜んだ。未成年なので保護者の印鑑が要る。『白人の強国を相手に戦っているのだ。国の存亡はこの一戦にあり』との心構えで出征した。

父は客家人で台北師範学校の助教授だった。幸せな家庭環境だった。私が四歳の時、父が肺病で亡くなった。母は二十五歳で再婚し、私と弟は叔母に引き取られた。一九四七年にシンガポールに行った。シンガポール陥落後の状況を見た。華僑から情報を取った。英国二百年の植民地時代、住民の十%しか教育が受けられなかった。台湾では八十七%が教育を受けた。台湾は良い国に統治されてよかったなあと感動した。日本という国は有難いと感じた。インパール作戦にも参加した。人間と人間との戦いは残酷。あらゆる手段を使ってでも勝利を得るのが目的。戦地にいた時は死にもの狂いだった。日本は負けたけれど無駄な戦争ではなかった。アジアの植民地があの戦争のお蔭で解放された。あの戦争によって豊かな世界がつくられた。

二二八事件は、中国人の文化が低かったから起こった。GHQは蒋介石に台湾の接収を命じた。胡錦濤政権が台湾を接収したのではない。あの戦争に勝ったのはアメリカであって中国ではない。文化の高い民族を文化の低い民族が支配したことに悲劇がある。陳儀が接収に来た。プノンペンから高雄に復員し、祖母と抱き合って涙を流した。新聞社に勤めた。社長は二二八処理委員会の委員になった。三月八日、社長に逃げた方が良いと忠告した。三月九日に私が捕まって拷問を受けた。二人の刑事が私をあお向けにして水を流し込んだ。息が出来ないので卒倒した。白崇禧が視察に来て『裁判にかけていない者は殺すな』と命令して助かった。

一九四九年に出来た中国共産党の国家が台湾を所有する権利無し。一九五二年の『サンフランシスコ講和条約』で日本は台湾を放棄したが、何処に国に渡したという条文は無い。チャーチルもルーズベルトも中国の台湾領有権を承認していない。文書も残っていない。尖閣を中国に取られたら台湾も取られてしまう。台湾人はおとなし過ぎる。教育が大事。正しい歴史を学ぶことが重要」。

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