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2013年2月28日 (木)

自主防衛体制を確立する以外に、無法国家共産支那から祖国を守る手立ては無い。

民族運動・愛国運動は、戦後一貫して共産支那批判を行って来た。そして共産支那に対する土下座外交・謝罪外交を糾弾してきた。愛国運動・民族運動の訴えて来たことがいかに正しかったかが証明された。愛国運動・民族運動の歴史的使命はますます重大である。

今後、共産支那は益々増長し、日本を馬鹿にし、属国扱いをするであろう。そして、わが国の独立・国民の安全は脅かされ、さらには、日本の領土・領海・領空・資源は支那に奪われる危険がある。

今日世界最大の帝国主義国家、軍事大国、侵略国家は何処か。それは「中華人民共和国」である。チベット・満州・東トルキスタンなど「中華人民共和国」の面積の三分の二は、漢民族が他の民族の居住地を侵略し収奪し併合したものである。

そして、わが国領土領海の侵犯・尖閣諸島への侵略策謀などを展開している。わが国の領海を侵犯し、わが国に不法入国し、凶悪な犯罪を起している支那人たちの心理には、反日教育によって植え付けられた「侵略国家日本」「自分たちの祖先を苦しめた日本人」に対する報復感情がある。

このままでいくと、日本と支那は軍事的対立に間で突き進む危険がある。わが日本及び日本国民は相当の覚悟をもって臨まねばならない。

日本固有の領土尖閣諸島での共産支那の傍若無人な無法行為とその後の圧力外交は許し難いものがある。日本だけではなく、共産支那は東アジアの多くの国にその容赦ない侵略の牙を向けている。

共産支那は、『中華帝国主義』と『共産帝国主義』を併せ持つアジア最大の侵略国家・覇権国家・軍国主義国家・独裁国家である。共産支那に如何に対処し対峙するかが、わが日本の独立・安全を維持するために最大の課題である。

我々が、「中国脅威論」を論じ、共産支那への経済協力を批判すると、親支那派の人々は、「日本が対中協力をすることにより、中国が発展して豊かになれば、民主化が促進され、中国の脅威などは無くなる」などと反論した。こうした論議が全く間違っていたことが、今日明白に証明された。

また、「日本は平和国家として出発したのだから、軍事力を強化してはならない。憲法違反の自衛隊は無くしてしまい、日米軍事同盟も破棄すべきだ。それが平和への道である」という論議がいかに間違っていたかも明らかになった。「間違っていた」どころではない。東アジアの平和と日本国の独立と安全を根底から脅かす論議である。

軍事力を軽視することは、侵略者・無法国家を増長させるだけである。わが國は、日米軍事同盟を堅持し強化するとともに、自主防衛体制を確立する以外に、無法国家・侵略者から祖国を守る手立ては無い。

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千駄木庵日乗二月二十七日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、資料の整理、原稿執筆。

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2013年2月27日 (水)

萬葉集と現代

明治天皇は「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」「天地をうごかすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな」「まごころをうたひあげたる言の葉はひとたびきけばわすれざりけり」と詠ませられてゐる。

ところが徳川幕府が、皇室に対して規制的意味をもって制定した「禁中並びに公家諸法度」(別名「禁中方御条目十七箇条」)に「和歌は、光孝天皇より未だ絶えず、綺語たりの雖も、我が国の習俗なり。棄て置くべからず」などと記されてゐる。

「綺語」とは、美しく表現した言葉といふ意味であると共に、仏教の十悪の一つで真実に反して飾り立てた言葉といふ意味である。徳川氏の和歌といふ日本伝統文学に対する理解がいかに浅かったかを証明してゐる言葉である。

和歌は決して遊びごとでもないし単なる美辞麗句を連ねたものでもない。まさに「まごころをうたひあげたる言の葉」なのであり、「世の中のことあるときによみいでる」ものなのであり「天地をうごかす」力を持つものである。神代の昔に発生し日本の道統を継承する最高の文藝が和歌である。

『古今和歌集』仮名序(紀貫之)に「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)とある。

萬葉集は太平無事な時代に遊びごと・綺語として歌はれた歌が収められてゐるのではない。萬葉集は、大化改新・壬申の乱・白村江(はくすきのえ)の戦ひ(唐新羅連合軍と日本百済連合軍の戦ひ)の敗北といふ國家変革・激動・外患の危機の時期の歌集である。萬葉集が生まれた時代は、明治維新の時期とよく似てゐる時代であった。また、今日の日本の状況ともよく似てゐた時代であった。

萬葉集の時代は、わが國が支那の思想・文化・政治制度・法制度を受容した時代であった。わが國が異質の文化(特に仏教・儒教という精神文化と唐の政治法律制度の受容)に遭遇した激動の時期であった。これに対抗するためにわが國傳統的精神文化が興起した結晶が、萬葉集である。

権力闘争・皇位継承の争ひもあったが、大和朝廷の基礎が固められた時期である。つまり、天皇中心の國家体制が法律的・制度的に確立した時期である。

当時の日本人が國難の時期に如何に日本國體精神を讚仰し道統を継承し、それを元基として國難を乗り越えたかが、萬葉集の歌を読むとひしひしと傳はってくる。萬葉集には天皇國日本が様々苦難を経ながら國家體制が確立した時期である大和時代から飛鳥奈良時代を経て平安朝初期にかけての「時代精神」「國民精神」が歌はれてゐる。

大陸からの文物輸入時代であり内憂外患交々来たるといった時期に、國體精神を謳歌し天皇國日本の永遠を祝福する歌集が編纂されたことに重大な意義がある。

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千駄木庵日乗二月二十六日

午前は、母のお世話。

お昼、知人と懇談。

午後からは、在宅して『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理、原稿執筆など。

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『笹川平和財団主催・米中関係第二期オバマ政権への政策提言」と題するパネルディスカッションにおける登壇者の発言・その二

パネルⅡ:「軍事・安全保障分野における米中関係」

Ely RATNER(新アメリカ安全保障センター(CNAS)フェロー)「アメリカの安全保障にとってもアメリカのアジア回帰は必要。中国の過半数の人々は『アメリカは中国を封じ込めたい』と思っている。米中の敵対関係が高まったという意見が深まっている。アジアの国々はアメリカのアジア回帰を歓迎している。米国としては安保関係をアジアにおいて強化する。米中の相互理解は進んでいる。不信は対話を通じて協力関係にできる。二国間の制度的枠組みは強化されている。どちらかがこの事に関心を失うと危険。アメリカの戦略は、北東アジアのみに基地を集中するのではなく、地域全体に分散しようとしている」。

Ian EASTON(プロジェクト2049研究所フェロー)「アメリカは中国の空軍力・陸軍力を脅威と感じていない。海軍力は問題あり。宇宙諜報・サイバーには危機感が強い。いずれかの段階で戦争が勃発するかもしれない。朝鮮・尖閣・台湾で始まってしまう可能性は否定できない。中国共産党政権が崩壊する危険あり。暴動・社会不安が広がっている。しかし徐々に政治改革が進む可能性あり。台湾は成長を遂げ、環境問題も解決し、民主化もした。しかし中国では実現していない。中国の核能力がどのくらいか分からない。知っている人はいないのではないか。ちゃんと把握できていない。沖縄は重要。全ての戦闘のためのシェルターが必要。何が起きようと戦い抜くということを示さねばならない」。

Oriana Skylar MASTRO(新アメリカ安全保障センター(CNAS)フェロー)「米中関係は競争要素が強くなった。中国は、戦闘地域に米軍が到着する時間を延ばそうとしている。米国は決意を維持し強化すべし。挑発とリスクのバランスをとるのは難しい。強制的外交はうまくいかないと中国に示すべし。尖閣について我々の知らない形で行われる危険なことがあるかもしれない。尖閣の施政権は日本にある。中国はベトナム・インドに対して強い態度をとった。日米同盟に尖閣が含まれると明確にすべし。日米同盟を発動する。日本は能力を高めるべし。安倍内閣はナショナリズム・右翼と言われるが、中道的現実的対応をしている。日本は地域における規範を持てば良い。米中にホットラインはあると思う。しかし危機の時、こちらが電話しても相手が受話器を取らないことがある」。

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『笹川平和財団主催・米中関係第二期オバマ政権への政策提言」と題するパネルディスカッションにおける登壇者の発言・その一

二月十九日に行われた『笹川平和財団主催・米中関係第二期オバマ政権への政策提言・軍事・安全保障・経済・エネルギー・環境問題に関する米国人中国専門家の視点」と題するパネルディスカッションにおける登壇者の発言。

パネルⅠ「経済・貿易、環境・エネルギー分野における米中関係」

Derek SCISSORS(ヘリテージ財団上級研究員)「中国経済は減速する可能性が高い。労働・土地・資本の生産性を高めなければならない。イノベーションが大事。経済拡大のためには農業生産を高めなければならない。耕作に適した土地が少なくなった。国家の役割を考えた時、競争原理が働かねば駄目。中国人は競争したくない。国家のトップダウンシステムではイノベーションは進まない。地方と企業の債務が高まった。不良債権の課題もある。中国経済は力を弱めている。資本リターンを高めるために借り入れを増やしてきた。人口の高齢化が進み年金負担が高まる。財源問題に直面する。改革しないと成長は六、七年以内にストップする。中国経済が失速するかしないかどちらに転んでも、日米は準備しておく必要がある」。

Nat AHRENS(米戦略国際問題研究所(CSIS)グローバル・ガバナンス部副部長/フェロー研究員)「二〇〇八年には、日本は世界第二位の経済大国だった。特許出願数は一位だった。中国は第三位。二〇一一年には中国は世界第二位の経済大国になり、特許出願数は第一位になった。日本は第三位に落ちた。中国の長期プロジェクトは効率的。世界経済危機を中国は何とか克服できた。しかし持続可能なイノベーションが出来ていない。国家の関与が高い企業ほどイノベーションが成功していない。国家が大きすぎる。中国は日本・ドイツ・米国の技術に依存している。中国は新エネルギーを使った自動車の技術吸収が出来ていない」。

Melanie HART(アメリカ進歩センター(CAP)政策アナリスト)「エネルギー・気候変動の部分で米中協力してほしい。クリーンエネルギーを使ってエネルギーコストを下げるべし。米企業は知的財産権が中国に奪われている。米議会は中国のクリーンエネルギーキー技術を支えようという気になれない。相互の信頼が損なわれている。アメリカはシェールガスを日本に輸出したい。米国は中国に何かを教えてやろうという気持無し。フラストレーションがたまっている」。

Jennifer TURNER(ウッドロー・ウィルソン国際学術センター中国環境フォーラム・ディレクター)「中国の環境問題で悲観主義が蔓延している。中国の水の問題は大気のそれより深刻。中国国民がきれいな水にアクセスできない」。

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2013年2月26日 (火)

イスラム平和財団(英国)理事長・アブドル・ラザク・アブドゥッラー氏の講演内容

二月十八日に行われた『笹川平和財団主催・中東イスラム政治変動講演会シリーズ第十回宗教と政治の間で揺れ動くイスラム世界』という講演会におけるイスラム平和財団(英国)理事長・アブドル・ラザク・アブドゥッラー氏の講演内容。

「イスラムは宗教。ムスリムはその信者のこと。ムスリムはテロとイコールという話がある。しかし多くのムスリムはそうではない。ジハードとは闘争という意味。エゴとの闘争であり、サタンとの闘争である。

急進的勢力が台頭しつつある。ロンドンでもテロがあった。第二世代のムスリムが逮捕拘留訴追される。インド・パキスタン出身の移民である。七十年代にケニアやウガンダからイギリスに来た。急進的な人たちはその人たちの第二世代。狂信的であり排他的。アフガニスタンで英国兵が殺されるとお祝いをしてしまう。

アラブ人よりトルコ、マレイシアなどの非アラブ人のムスリムの方が多い。スンニ派の中にも四つの宗派がある。政治的・歴史的分裂があり、経済格差がある。成熟した国もあれば、専制国家もある。日本のような国はイスラム国家を全体的に見る必要がある。

アラブの春・民主主義は望むべきだろうが、その後の事態にどう対応するべきか。様々な状況がある。サウジ、バーレーンで万一のことがあれば、ドミノ倒し。石油危機の繰り返し。サウジでは女性の自動車運転は犯罪。支配者と聖職者の関係は、王室と聖職者とは役割が違うと考えている。聖職者は王室をほっておく。王室も聖書者に手出ししない。

イスラム世界で急進主義に対する懸念が高まっている。マリでも起こっている。フランスが介入している。フランスの介入が役立つかどうかは分からない。

地上において経済的理由で生活できない人が天国を期待する。地上での命は一時的と考える永遠の命は天国か地獄にあると考える。コーランを自分たちのニーズに合わせて解釈する。

イギリスで急進主義が高まっている。イランとサウジの対立は、シーア派とスンニ派の対立。中東におけるイランの影響力は大きい。サウジ+アメリカ対イランの構図になっている。

アラブと非アラブのムスリムには緊張関係がある。アラブにはアラブのムスリムの方が上という意識がある。アラブの人が自分たちの祖先は預言者までたどり着くことができると考えてはイスラム社会の模範となり得ない。一番上にいるのはサウジと思っているのは私には納得できない。非アラブの方にイスラム社会の模範がある。

信者が無知の方が、イスラム聖職者はやりやすい。自分の権力を維持できる。神のみが正しいことと間違っていることを決めることができる」。

池内恵東京大学先端科学技術研究センター准教授「イスラム法の解釈は色々ある。アラブ人だけでなくアジア人にもイスラム教徒は多い。欧米においてはマイノリティ。アラブ人は、インドネシア人やマレイシア人に教える立場にあると思っている」。

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千駄木庵日乗二月二十五日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後一時半より、永田町の衆議院第一議員会館にて、『新しい憲法をつくる研究会』開催。清原淳平新しい憲法をつくる国民会議会長が「自民党憲法改正案」について講演。続いて、保利耕輔憲法審査会会長(衆院議員)が「憲法改正国民投票とプロセス」と題して講演。質疑応答。保利氏の講演を聞くのは初めてだが、実直そうな人であった。政治家の講演というのは、聞いた後、さわやかな気分になることはあまりないのだが、保利氏の講演はさわやかな感じがした。平沼赳夫氏もお会いするとさわやかな感じの方である。保利氏がかつて国家公安委員長をされていた時、警察に関する質問書を提出したことがある。鄭重な書状をいただいた。現職の国務大臣が、書面で回答するというのは滅多にないことである。

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講演する保利耕輔衆院議員

夕刻、銀座にて、知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2013年2月25日 (月)

愛国維新運動と宗教の関係

近代のいわゆる日本主義運動・維新運動の歴史を回顧すると、宗教の影響が大きいというか、宗教思想が維新運動において極めて大きな位置を占めている。

維新運動は、神道国学の思想が根幹となっている。それと共に、明治以後に勃興していわゆる教派神道の影響も大きい。とりわけ、神政復古・立て替え立て直しを叫んだ「皇道大本」(いわゆる大本教)は、頭山満・内田良平両先生をはじめとした多くの維新運動者と連携を持った。大本教の出口王仁三郎氏に、「月の出口は頭山満 神が打ち出す 末永世」という歌がある。維新運動の指導者だった頭山・内田・末永の三氏と自分の名前を詠み込んだのである。大本教が徹底的に弾圧されたのは、維新運動との提携を当時の権力が恐れたからという説がある。

もう一つは、田中智學の日蓮主義も維新運動に大きな影響を及ぼした。石原莞爾・板垣征四郎・北一輝・西田税・井上日召は、みな法華経の信者もしくは日蓮主義者である。日蓮の救済思想が、当時の維新運動者に共感を呼んだのであろう。

戦後の民族運動・維新運動に大きな影響を与えた宗教団体は、何と言っても、生長の家であろう。今日、民族運動・真正保守運動を行っている人々に、生長の家の信者はまことに多い。 

ところが残念なことに、最近は、谷口雅宣という三代目が、祖父である谷口雅春先生の遺志を踏みにじり、教えを隠蔽して、愛国運動とは全く異なる路線を歩んでいる。大本教も、残念なことに維新運動との接点は無くなっている。

日蓮系教団では、霊友会や仏所護念会は保守ではあるが、戦前の日蓮主義のような維新運動に対する大きな影響力は持っていない。それどころか、創価学会のように、民族運動の批判の対象になるような教団が最大の組織を誇っている。しかし、田中智学系統の國柱會などの諸団体が、今でも、熱心に愛国運動を展開している。

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千駄木庵日乗二月二十四日

午前は、母のお世話。

午後一時半より、市ヶ谷の私学会館にて、「台湾二・二八時局講演会」開催。王明理台湾独立建国聯盟日本本部委員長が挨拶。蕭錦文氏(二二八紀念館ボランテイァ)氏が「国民党政権下で進む二・二八事件の風化」と題して基調講演。この後、イリハム・マハムティ日本ウィグル協会会長、オルホドノ・ダイチンモンゴル自由連盟党幹事長、ぺマ・ギャルぽチベット文化研究所名誉所長、蕭錦文氏、黄文雄前台湾独立建国聯盟日本本部委員長によるパネルディスカッションが行われた。

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講演する蕭錦文氏

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パネルディスカッション

午後六時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学ぶ会』開催。主催者の渡邉昇氏が挨拶。瀬戸弘幸氏が講演。この後、小生が「民主党政権崩壊後の真正保守運動・愛国運動について」と題して講演。全員で活発な討論が行われた。

帰宅後は、諸雑務。

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2013年2月24日 (日)

この頃詠みし歌

禁煙の茶房が増えてビル街をさ迷ひ歩く我にしありけり

難解な文章を繰り返し讀みにつつ何とかカントを理解せんとす

変人と言はるるも良し我はただ己の信ずる道をゆくのみ

早春の夜に静かに讀みてゐる斉藤茂吉の歌集一冊

咲き初めし梅花眺めて立つ路地に平安の時流れゐるなり

引き出しにしまはれてゐし老眼鏡手に取り持ちて父を偲ぶも

贈られし紅白饅頭食しつつ紀元節をば祝ふひと時

町内会の活動をする人の殆どはマンションといふものに住まはざる人

ラーメン屋に忘れし書物を取りに行く 慌ただしきはわが人生か

晴れわたる大空の下 大君の生誕寿ぐ歌碑仰ぎたり

流麗な筆の流れの歌碑仰ぐ 入江爲守の詠みし賀歌一首

来たるべき事が来たりしと思ふなり支那がわが国に牙を剥け来る

日中友好などといふ言葉は死語となり今や隣国に立ち向かふ時

大和心奮ひ起こして国難を撃ち祓ふべき時は来にけり

國の力強めて侵略を防ぐこと 今わが国が為すべき第一

海越えて迫らんとする仇つ國撃ち平らげて御国守らむ

富士の如く雄大であれと祈りたり大き国難に見舞はれし祖国

久方ぶりに仰ぎたる富士雄々しくもわが日の本の誇りなりけり

一歩とも譲ってはならず わが国を陥れんとする奴原に

焼け跡の樹木が風に揺れてをり 住みゐし人は今は何処に

九段坂のぼり行きなば見えて来ぬ薩摩長州の人々の像

江戸にとりて進駐軍とは言へざるや 大村・従道・品川の像

日本人の誇りとすべし東京にマッカーサー像の立たざりしこと

足腰の衰へ防ぐためにとて部屋の掃除に励む朝々

寒き風吹き来る街を歩みたり立春はすでに過ぎにけらずや

幾度か友と訪ねし古き蕎麦屋 炎に包まれる映像を見る

茗荷をば刻みて食す朝餉かな 母と二人のひと時ぞ良し

やまと歌のこと語り終へしテーブルでビール飲み干し心爽やか

寝る前に顔を洗ひて歯を磨く一日の穢れを清めんとして

夕暮の駅のホームは一日の勤めを終えし人々の群れ

朝毎に昆布茶を飲みて健康に良いと信ずる我にしありけり

朝毎に花瓶の水を取り替へて心新たになるを喜ぶ

夕闇となりたる町に出で来たりさて何処かの酒房訪ねん

寒空に浮かぶ半月仰ぎつつ酒房への道を急ぎ行くかな

神への祈り深くありせば有難し 大いなる力我に沸き来る

朝餉の後 食器を洗ひ今日の日を新たに生くる心定める

一日を原稿を書き過ごしたる満たされし心に煙草くゆらす

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千駄木庵日乗二月二十三日

朝、デイサービスに赴く母を見送る。

この後、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆、明日行われる『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

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2013年2月23日 (土)

神話と祭祀は分かち難く一體である

神話とは太古の「神聖な歴史の物語」という定義がある。日本民族の「始まりの時」における神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事をつづった物語である。言い換えると、神話とは、日本民族の「始まりの時」を説明し、生きとし生けるもの・ありとしあらゆるものが、どのようにして生まれ存在し始めたかを語る。

神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事など日本民族の始まりの時の出来事は、日本人一人一人およびその共同體としての國家の生き方・在り方(文化・信仰・文学・政治・教育・芸術など一切)の模範を示す。つまり、神話は日本民族そして日本國家を根源的なものを表現するものであり、日本民族の在り方・生き方に決定的な役割を持っている。

「始まりの時」に帰ることによって現状を変革するという希望はあらゆる生命體が持っている。一人の人間として、新年を迎えた時や、春四月を迎えた時には、心機一転「初心」(始まりの時の心)に帰り新たなる気分になって仕事や勉学などに励もうとする。それと同じように、共同體としての國家は、つねに「始まりの時」=「神話の世界」への回帰によって現状を革新しようという希望を持つ。明治維新という國家的大変革も、「神武創業への回帰」(神武天皇が即位された時への回帰)がそのスローガンであった。

そして神話の世界は、『古事記』『日本書紀』といった記録・文献として語り伝えられると共に、儀礼・祭祀という生きた現実として継承される。太古の神聖な物語を「文献」と「行事」によって今日まで伝えているという意味で、神話という「文献」と祭祀という「儀礼」は一體である。

大林太良氏は「(神話と儀礼は)分かちがたくたがひに結びついている。儀礼は神話によってその意味が明らかにされねば効力を失い、神話は儀礼によって描きだされねば不毛である」(神話学入門)と述べておられる。 

「祭祀」とは、「始まりの時」に行われた行事を繰り返し行うことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓い、祝詞奏上、玉串奉奠などを行うことによって、罪けがれを祓い清めて、人としての本来の姿に立ち帰るという行事である。言い換えると、一切の私利私欲を禊祓い去って生成の根源に回帰するということである。「無私」になって神に一切を「まつろう」(従い奉る)から「まつり」というのである。

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千駄木庵日乗二月二十二日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆など。

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2013年2月22日 (金)

日蓮上人・創価学会・国柱会について

中学二年生の頃、即ち昭和三十五年頃のことであるが、小生の近所には創価学会員の家があり、その家に遊びに行った時、創価学会の『勤行要典』といふのを読んだことがあった。それには、「祈念し奉る天皇陛下護持妙法、爾前迹門の謗法退治、一天四海本因妙、広宣流布大願成就御祈祷の御為に云々」と書かれてゐた。ところが、その後「天皇陛下護持妙法」といふ言葉は消されてしまった。

創価学会の折伏闘争が熾烈をきはめてゐた頃、反創価学会の日蓮主義団体が「創価学会批判大講演會」といふのを都内で機動隊の警備の中、数回開いたことがあった。その時、講師をした人が「伊勢神宮や靖国神社を拝む時、拍手を打つのは、宴会で女中を呼ぶ時、手を叩くのと同じだ」というやうな事を言った。神社神道は宗教ではないといふことを言いたくてさういふことを言ったのであらうが、当時の小生は、「こりゃ駄目だ。学会のみならず日蓮を信ずる人には敬神観念がない」と思った。また、生長の家の谷口雅春先生は、「日蓮は闘争的なのであまり好かない」といふ意味のことを書いておられた。谷口師には親鸞や空海、法華経・聖書に関する著書はあるが、日蓮や回教に関する著書はない。そんなことで、小生も創価学会のみならず、日蓮も余り好きではなかった。

ところがその後日蓮の遺文を読むと、相当敬神思想の強い人であることが分かった。日蓮上人の思想は、昭和維新運動に非常に大きな影響を与えたことは事実である。また、近代の愛国運動における国柱會・田中智学氏の功績は極めて大きい。

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伊勢の神宮は日本伝統信仰の結晶

伊勢の神宮は、日本伝統信仰の最尊最貴の聖地であり、日本伝統精神がそこに現実のものとして顕現しているとはいかなるものかを実感するには、伊勢の神宮に来て神を拝ろがめば良いのである。理論理屈はいらない。日本伝統信仰が自然に伊勢の神宮といふ聖地と聖なる建物を生んだのである。それは太陽神への無上の信仰であり、皇室への限りなき尊崇の情であり、稲への限りない感謝の心である。

天武天皇は、壬申の乱の時、朝明郡迹太川(とほかわ)で伊勢の神宮を遥拝された。柿本人麻呂の高市皇子への挽歌では、伊勢の神風を称へてゐる。

西行(平安末期・鎌倉初期の歌人、僧)は、治承四年(一一八〇)六十三歳のときに三十年ほど過ごした高野山から伊勢に移り、伊勢の神宮で

「何ごとのおはしますかはしらねどもかたじけなさになみだこぼるゝ」

と詠んだ。

昭和四十二年の秋、イギリスの歴史学者、アーノルド・J・トインビーが夫人と共に参宮された時、内宮神楽殿の休憩室で「芳名録」に記帳し、

「この聖地において、私は、あらゆる宗教の根底をなすものを感じます」

と書いた。

人類は様々の宗教を信じてゐる。そしてそれらの宗教はそれぞれ特色があり、人類に救いと安穏をもたらしてゐる。しかし半面、人類の歴史は宗教戦争の歴史であったともいへる。それは今日に至るまで続いてゐる。神を拝み神を信じる人々による凄惨なる殺しあひが行はれて来た。

しかし、宗教の根底にあるものは同じなのである。それは、天地自然の中の生きたまふ大いなるものへの畏敬の心である。伊勢の神宮はまさに、最も純粋に最も簡素にその大いなるものをお祭りしてゐる聖地なのである。

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千駄木庵日乗二月二十一日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事。原稿執筆など。

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2013年2月21日 (木)

自然に随順することが日本民族の生活規範であり哲学であった

日本人の現実重視の〈道〉を求める心、そして日本人が独善的な「教義・教条」「イデオロギー」を排する心は、何が原因で生まれてきたのかというと、やはり恵まれた日本の自然環境である。

日本及び日本人は、四季の変化が規則正しいだけでなく、全て穏やかな自然環境に恵まれている。ゆえに日本人は、衣食住はもちろん人間関係をはじめあらゆる生活の安定と豊かさは、人間が自然のままに、自然に随順して、自然を規範として生きることによって、実現することができた。自然に随順することが生活規範であり哲学であったと言っていい。

これが、日本民族が現実を肯定し、自然を神として拝む態度で生活し、殊更に論理や教条を構築する必要がなかった原因であると考えられる。

日本人は自然そのもののみならず、歴史からも「道」を学んだ。わが國に傳わる「道」は歴史に現れているのだから、体系としての世界観や人倫思想基礎を人為的に「さかしらなる知識」をもって言挙げし作りあげなくとも、日本の國の歴史の事柄・事実に学べばよかったのである。

つまり、日本民族は、ユダヤ教など一神教の律法、ギリシャ哲学のロゴス、佛教の法、儒教の礼というような、規範・教条を持たなかった。その事は日本傳統精神が劣っているという事ではない。むしろ、日本傳統精神が柔軟で自由で大らかにして且つ強靭である事を証しするのである。だから仏教も儒教も受容し日本化したのである。

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千駄木庵日乗二月二十日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後二時より、芝の駐健保会館にて、『大行社幹部会』開催。顧問の一人としてスピーチ。

大手町の茶房にて、今夜の講演の準備。

午後六時より、平河町の都道府県会館にて、『平成二十五年「水曜会」如月の集い』開催。篠宮良幸氏が主催者挨拶。小生が「やまとごころとやまとうたを恢復して輝かしい国・日本を!」と題して講演。この後、懇親会。

主催者の篠宮良幸氏は、雑誌「全貌」の編集長・全貌社専務を歴任された人。小生の「姓」と「音」が同じなのでよく間違えられる。私より大先輩である。小生の友人同志であった原正寿氏が篠宮氏のもとで「全貌」の編集長を長く務めたので、かなり以前から親しくさせていただいている。全貌社からは、拙著『天皇・祭祀・維新』を出版していただいた。雑誌『全貌』は、共産党及び左翼革命運動批判を長く展開していた雑誌である。

帰宅後は、『伝統と革新』の編集の仕事。

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2013年2月20日 (水)

千駄木庵日乗二月十九日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後六時半より、赤坂の日本財団ビルにて、『笹川平和財団主催・米中関係第二期オバマ政権への政策提言・軍事・安全保障・経済・エネルギー・環境問題に関する米国人中国専門家の視点」と題するパネルディスカッション開催。

パネル「経済・貿易、環境・エネルギー分野における米中関係」 パネリスト:Derek SCISSORS(ヘリテージ財団上級研究員)Nat AHRENS(米戦略国際問題研究所(CSIS)グローバル・ガバナンス部副部長/フェロー研究員)Melanie HART(アメリカ進歩センター(CAP)政策アナリスト)、モデレーター:Jennifer TURNER(ウッドロー・ウィルソン国際学術センター中国環境フォーラム・ディレクター)

パネル:「軍事・安全保障分野における米中関係」パネリスト:Ely RATNER(

新アメリカ安全保障センター(CNAS)フェロー)Ian EASTON(プロジェクト2049研究所フェロー)Oriana Skylar MASTRO(新アメリカ安全保障センター(CNAS)フェロー)、モデレーター:加藤洋一(朝日新聞社編集委員)

帰宅後は、明日のスピーチ及び講演の準備、『大吼』掲載原稿の校正。

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森本敏前防衛相の発言について

森本敏前防衛相は十八日、共産支那などアジア太平洋諸国の海軍の代表者らが出席した「アジア太平洋諸国海軍大学セミナー」という会合で講演し、沖縄・尖閣諸島をめぐり、「領有権問題はない」とする日本政府の立場について、「国際慣習から見ると、難しい解釈だ」と指摘し、「日本固有の領土であることに、我が国は一点の疑いも持っていないが、領有権問題がないと主張する我が国の公式の立場は、少し、国際慣習からみると難しい解釈であり、政治外交上の重大な問題が存在するということは、日本として認めるべきではないか」と語ったという。

「日本固有の領土であることに、我が国は一点の疑いも持っていない」ということは、「領土問題は存在しない」ということである。森本氏の言う「国際慣習」とは何か。そんな「慣習」があるなどということを私は聞いたことがない。日本が「領土問題・外交問題が存在する」と表明することは、すなわち、尖閣諸島のわが国の領有権に「一点の疑いがある」と認めたことになりはしないか。

そもそもこの「アジア太平洋諸国海軍大学セミナー」とは一体どういう性格の会合なのか、正式の国際会議なのか、そして、森本氏はいかなる資格で参加したのが。政府代表なのか。

ついこの間まで、わが国の国防の責任者をしていた人物が、わが国の主権に関して政府方針と全く異なる発言をしたことはまさに国益を害すると思う。まして相手は自分たちの主張を押し通すためにはどんな嘘でもつく共産支那である。また、現実に、軍事的侵略を行っている共産支那である。わが国の方から、領土や主権に関して妥協的な見解を示すのはまことに危険である。一歩も引いてはならないと思う。

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2013年2月19日 (火)

「水曜会」如月の集い・ご案内<明日の十八時より>

◆平成二十五年「水曜会」如月の集い・ご案内 <明日の十八時より>

二月二十日(第三水曜日) 十八時~二十時

展望カフェ『カルム』千代田区平河町二‐六 都道府県会館十五階(最上階)03-5212-9181

※有楽町線・半蔵門線「永田町駅」5番出口から地下連絡通路を経て徒歩1分

※南北線「永田町駅」9番b出口から地下鉄連絡通路を経て徒歩1分

http://www.jhsf.or.jp/seminar/map/map_tokyo_3.pdf

四宮 正貴(しのみや まさき)

四宮政治文化研究所代表・国体及び万葉集研究

四宮政治文化研究所より、月刊『政治文化情報』発行。季刊『伝統と革新』責任編集。

テーマ「やまとごころ」と「やまとうた」を恢復して輝かしい国・日本を!

四千五百円

飲み放題・軽食付き、蔵元からの美味しい日本酒は従来通り

◇◇◇ ◇◇◇

立春を言祝ぎご健康をお祈りいたします。日本再興の追い風を受けているか

に見える安倍新政権。水曜会の講話も伝統文化のやさしい文化論からスタートです。

『敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花』近世の国学者本居宣長の名歌。「歌」の語源は「訴え」。「やまとうた」は日本民族の真心の調べ。人の魂を揺り動かす純粋な日本固有の文芸。「やまとごころ」は「やまとうた」によって

継承された一体のもの。内憂外患、混迷の世に、いまこそ「やまとごころ」が求められていると講師は訴えます。

主な著書「日本的文芸論」「天皇・祭祀・維新」「天皇国日本論」「歴史と詩歌の旅を行く」「平成維新試論」。

出欠のご返信をお願いいたします。

水曜会事務局

suiyoukai3@yahoo.co.jp

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「学として説かれざる学」「言葉に表現されない言葉」で継承されてきたのが「日本の道」

日本傳統信仰は日本民族の生活から生まれて来た。特定の預言者や絶対神の代理人と称する人が説き始めた「教条・教義」に基づく信仰ではない。ここが祭祀宗教とされるわが國傳統信仰=神道と救済宗教とされる教団宗教との根本的差異である。つまり、神道は、まことに大らかにして包容力旺盛な信仰なのである。

わが國傳統信仰の祭り主であらせられる日本天皇は、仏教や儒教をも尊ばれた。わが國において仏教典を講義され、仏教寺院を建立されたのは、聖徳太子であられる。聖武天皇は、日本仏教の中心寺院として東大寺を建立され、さらに全國に國分寺・國分尼寺を建立された。わが國において仏教は、日本傳統信仰の祭り主たる天皇・皇室を通して広まったと言っていい。日本傳統信仰は外来仏教や儒教を大らかに融合してきた。

古代日本人の精神を謳いあげた『萬葉集』に、「葦原の 水穂の國は 神ながら 言擧せぬ國…」という歌がある。日本の傳統精神は、人間が発見したと主張する一つの論理や法則、人間が作りあげ世界を秩序立てて説明する一つの教義を絶対視して、それを信奉し、そうした特定の教義以外を排撃することはあまりしなかった。ここに日本の精神的大らかさがあり、その大らかさが日本民族と日本文化の包摂性の基である。

「学として説かれざる学」「言葉に表現されない言葉」で継承されてきたのが「日本の道」である。日本の傳統たる〈道〉を言葉で表現しなくとも、神々の御事績そして天皇の祭祀という〈現実〉に厳然として存しているのである。

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千駄木庵日乗二月十八日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、諸雑務。

午後六時より、赤坂の日本財団ビルにて、『笹川平和財団主催・中東イスラム政治変動講演会シリーズ第十回宗教と政治の間で揺れ動くイスラム世界』というとても長い名称の講演会開催。イスラム平和財団(英国)理事長・アブドル・ラザク・アブドゥッラー氏が講演。池内恵東京大学先端科学技術研究センター准教授がモデレーターとなり質疑応答。

帰宅後は、水曜日の講演の準備、資料の整理。

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2013年2月18日 (月)

天照大御神信仰について

わが國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。それは鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきた。秀麗な山河に神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られた。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが、わたつみ(海神)信仰・龍宮信仰である。海は創造の本源世界として憧憬され崇められた。

 

我が國傳統信仰すなわち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」という。

 その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来た。

古代日本人は日の神の永遠性を信仰してゐた。ゆへに、日の神たる天照大御神は、最尊最貴の神と仰がれる。天照大御神は、高天原の主神であり、日の神である。その日の神を祀る祭祀主を共同體の「おほきみ」と仰いだ。そして日の神を「おほきみ」の祖神と信じた。ゆえに天照大御神は、日神に五穀の豊饒を祈る祭祀主である「おほきみ=天皇(すめらみこと)」の御祖先神としても仰がれるようになった。天照大御神は、日の神=自然神と、皇祖神=祖先神との二つの面を持つ女性神であられる。

天照大御神は、大日孁貴尊(おほひるめのむちのみこと)とも申し上げる。太陽を神格化した御名である。「ヒルメ」は光り輝く意で、「メ」は女神の意である。

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千駄木庵日乗二月十七日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して二十日に行われる『水曜会・如月の集い』における講演の準備。この後、資料の整理など。

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2013年2月17日 (日)

千駄木の須藤公園について

私宅の近くに須藤公園という公園がある。江戸時代の加賀藩の支藩の大聖寺(だいしょうじ)藩(十万石。寛永十六年〈一六三九年〉、加賀藩の第三代藩主・前田利常が隠居する際、三男・利治に大聖寺七万石を割いて大聖寺藩が立藩された)の屋敷跡であり、明治維新後、長州出身の政治家・品川弥二郎の邸宅となった。

品川弥二郎は、足軽の家に生まれ、吉田松陰門下となり、尊王攘夷運動に挺身、戊辰戦争では奥羽鎮撫総督参謀。有名な『トンヤレ節』作詞者。維新後は、内務大臣・枢密顧問官などを歴任。永井荷風が明治新政府を「足軽政府」と揶揄し、北村透谷は、明治維新を「幕府から薩長への権力の移動であった」と嘆いたが、品川弥二郎や山県有朋の足跡を見るとこれらの批判も納得できる面がある。

吉田松陰は「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」という辞世を遺したが、品川や山県は、維新後、権力者となり、武蔵の野辺に大邸宅を構えたのである。松陰の、「僕は忠義をなすつもり。諸君は功業をなすつもり」という言葉を想起する。九段坂に品川弥二郎の銅像がある。

明治二十二年(一八八九年)に実業家・須藤吉左衛門(この人物の故事来歴は不明。ただし、須藤公園のすぐ近くに須藤という表札がかかった邸宅が二つある)が買い取ったという。昭和八年(一九三三年)に須藤家が公園用地として東京市に寄付、昭和二十五年(一九五〇年)に文京区に移管された。

須藤公園の入り口のすぐ前に親戚の家があったので、この公園は小生の子供の頃の遊び場の一つであった。紙芝居屋さんや粘土細工屋さんがよく来ていた。公園の中を駆け巡ったり、ブランコや砂場などで遊んだ。

この公園は、台地と低地とに分かれていて、深山幽谷を流れ下るような高さ約十メートルの滝がある。一時、枯れていたが、今は水が流れ落ちている。そして池があり、回遊式庭園となっている。池には、亀が棲息しており、池の中の岩の上でよく甲羅干しをしている。池の中に島があり、弁天様を祀った朱色のお堂がある。大名屋敷の面影をのこしたなかなか風情のある公園である。須藤公園は住宅密集地の中の森と言った感じある。

公園の上の方が、駒込林町というお屋敷町であり、下の方は、駒込坂下町という下町である。東京の山の手と下町の区別が分かる典型である。私は駒込坂下町に生まれ育った。

公園の一角の小高い丘に

「かしこくも 親王あれませり 九重の 御そのの松に 日の昇る頃                従二位爲守」

と刻まれた歌碑がある。

昭和八年十二月二十三日の、今上天皇の御生誕を奉祝して入江爲守氏が詠まれた歌である。この歌碑は、昭和十年に町内の青年団が建てたものという。皇太子が日の神の御子としてお生まれになったことを寿いだ歌である。歌碑に何の説明書きがないのが残念である。

入江爲守(ためもり)氏は、明治から昭和の御代前期まで宮中に仕えた方であり歌人である。子爵。京都生。慶応四年四月二十日生まれ。冷泉為理(れいぜい-ためすけ)の三男。幼少から父に歌学を学び、漢詩は森槐南に学んだ。のち入江為福の養子となる。昭和天皇の侍従長をつとめた入江相政(すけまさ)の父。明治三十年貴族院議員。のち東宮侍従長,侍従次長を経て、昭和二年皇太后宮大夫。大正四年から御歌所所長を兼ね,「明治天皇御集」「昭憲皇太后御集」編集事業を完成させた。昭和十一年三月十九日六十九歳で逝去。

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弁天堂

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歌碑

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千駄木庵日乗二月十六日

朝、デイサービスに赴く母を見送る。

この後、『政治文化情報』発送作業完了。購読者の皆様方には週明けにはお届けできると存じます。

午後からは、在宅して、資料の整理、ある官庁に提出する質問書作成の準備など。

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2013年2月16日 (土)

日本の傳統精神・生活・文化の基本・核は天皇の祭祀である

我が國には神話時代(神代)以来の傳統精神がある。日本傳統精神とは、生活の中の中から自然に生まれた精神で、天神地祇崇拝(祖先と自然の霊を尊ぶ心)を基本とする。そこから明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・神人合一観(すべてに神を観る心)・天皇仰慕の心・まつりの心などが生まれた。それは古代日本の稲作生活から発した大自然と人間の共生の精神である。

日本傳統精神は文献的には「記紀」と「萬葉集」に示されている。そしてそれを常に実践されているお方が祭祀主・日本天皇である。日本の傳統精神・生活・文化の基本・核は天皇の祭祀である。

日本傳統精神の本質は、自然を大切にし、自然の中に神の命を拝む心・祖先を尊ぶ心である。きわめて自然で自由で大らかな精神である。日本人は、あるがままの自然に素直に随順し、人間と自然は相対立する存在とは考えないで、人間が自然の中に入り、人と自然とは生命的に一体であるとの精神に立つ。

古代日本人は自然の再生と循環の中に共に生きて来た。日本人は、人の命も自然の命も永遠に共生し循環し続ける事を実感してきた。しかるに今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。

日本傳統信仰は、人の命と自然の命を神聖なるものとして拝ろがむ精神である。祭祀という神人合一の行事はその實践である。その最高の祭り主・日本傳統信仰の體現者が日本天皇であらせられる。

わが國の神は天津神、國津神、八百万の神と言われるように、天地自然の尊い命であり、先祖の御霊である。日本傳統精神すなわち「日本人が歩むべき道」とは「日本の神々の道」である。したがって、日本の神々を祭られる日本天皇が、日本の道を体現されている方であると信じた。つまり「日本の道」は実体の無い抽象的な教義として継承されてきたのではなく、<天皇の祭祀>という現実に生きた行事によって継承されてきているのである。

わが國の傳統精神における最も大切な行事は祭祀である。「祭祀」とは神に奉仕し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。さらに、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の実践である。つまり人と自然の本来の姿を回復する行事が祭りである。そしてそれは、明るく平和的な行事である。動物や人間を生贄として神に捧げる事はしない。

わが國民が、祭りが好きであるということは、日本人が本来明るい平和的精神を持っているということである。日本民族は本来的に残虐でもないし、厭世的でも逃避的でも排他的でもない。それがわが國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができると信じ続けてきている。この「祭祀」の精神が、戦争・闘争テロが繰り返され、自然は破壊され、人の命は軽視される現代を救済し打開する原理となると確信する。

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千駄木庵日乗二月十五日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』発送準備、書状執筆など。

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2013年2月15日 (金)

天皇の国家統治の意義

 天皇が日本国を統治されるということは、決して権力によって支配されるということではない。三潴信吾氏は「帝国憲法第一条の『統治ス』は、政治に限らず、国家・国民の活動の一切にわたっての根源者、総親たらせ給ふの意で、ここでいふ「統治」は権力作用たる『統治権』のことではない。日本古来の伝統的『やまとことば』で云ふ『しろしめす』のことである。」(日本憲法要論)と論じておられる。

 それでは「やまとことば」の「しろしめす」(「しらしめす」ともいう)とは一体いかなる意義なのであろうか。「しろしめす」は「知る」の尊敬語である「知らす」にさらに「めす」という敬意を添える語を付けた言葉である。『續日本紀』に収められている文武天皇の『宣命』には「現御神と大八島國知ろしめす天皇」とある。また『萬葉集』では「御宇天皇代」と書いて「あめのしたしらしめししすめらみことのみよ」と読んでいる。この場合の「知る」とは単に知識を持っているという意ではない。もっと深い精神的意義を持つ。天下の一切のことを認識し把握するというほどの意であろう。

 文武天皇の『宣命』にはさらに「天津神の御子ながらも、天に坐す神の依さし奉りし随(まにま)に、聞こし看し(め)し来る此の天津日嗣高御座の業と現御神と大八島國知ろしめす倭根子天皇命の授け賜ひ負せ賜ふ…」と示されている。また『萬葉集』巻十八所収の大伴家持の長歌に「葦原の 瑞穂の國を 天降り しらしめしける 天皇の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と しらし来る 君の御代御代…」とある。

 「しらしめす」即ち<天皇の統治>とは、天津神の御命令で日本に天降って来られて、天津神の御委任で天津神の日の神の霊統を継承される現御神として、天津神の命令のままに天の下の全てを認識され把握されるという信仰的な意義があるのである。天皇の統治は決して権力行為ではない。

 天下の一切の物事を「お知りになる」ということは、<無私>の境地であられるということであり、天下の一切の物事に対して深い<慈愛の心>を持たれているということである。<無私>と<慈愛>の心が無くては対象を深く認識し把握する事はできない。

 先帝昭和天皇陛下が、よく「あっそう」というお言葉をお発しになられたのは、まさに無私と慈愛の心で相手の言う事をお聞きになられお知りになったということである。有難き限りである。

 『大日本帝国憲法』は、「しらしめす」の漢語表現として「統治」という言葉を用いたのである。そしてこの「統」という言葉は統べる(統一する)という意であり、「治」は治める(本来の位置に置く、あるものをあるべき所にあらしめる)という意である。明治天皇が明治元年三月十四日に発せられた『明治維新の宸翰』に「天下億兆一人も其處を得ざる時は、皆朕が罪なれば…」と仰せになっている。このお言葉こそまさしく「治める」の本質なのである。無私と慈愛というまさに神の如き御心で日本を統治されるお方が日本天皇であらせられるのである。

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千駄木庵日乗二月十七日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、『政治文化情報』発送準備など。

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2013年2月14日 (木)

反米ナショナリズムと維新

反米ナショナリズムは否定しないが、支那による我が国侵略に利用されないようにしなければならない。戦前戦中のコミンテルンの謀略を想起する。反米英の世論を煽り、日本を対米戦争に追い込んだのが尾崎秀実や朝日新聞そしてゾルゲを日本に送り込んだコミンテルンだった。

日本がアメリカの隷属下にいるということは、現状のままということだ。しかし、共産支那の隷属下に入るということは、今の日本の繁栄・自由を喪失するということだ。そして何よりも、國體と伝統の破壊に直結する。支那とアメリカの日本皇室に対する態度は、オバマと習近平の、天皇陛下に対する態度を見れば明らかだ。

日本が自主独立の体制が確立していない今日唯今の時点において、私は支那かアメリカかの二者択一を迫られたら、躊躇なくアメリカを選択する。自主防衛体制が確立していない以上、アメリカを敵にすることはできない。

しかし、日本は支那かアメリカかの二者択一しか道がないということはない。日本が主体性を確立し、主導権を握ればいいのだ。それにはどうするかが一番大切だと思う。

アメリカからの自立と共産支那による日本侵略の排撃の前提は、戦後体制の打倒である。対米自立・対共産支那の圧迫の排除とは軍事的には「日本の核武装」だと思う。

西欧列強によって国家を滅ぼされ、西欧列強の植民地と化したアジアの国々の中で、わが国は、明治維新を断行したことにより、唯一独立を保ち続けた国であった。わが日本は、歴史に学び、真の維新を断行するべき時なのである。

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千駄木庵日乗二月二十三日

午前は、母のお世話。

昼は、団子坂下にて同志と懇談。

午後は、夜の「萬葉集」講義の準備など。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が、柿本人麻呂の挽歌などを講義。帰途、出席者と懇談。

帰宅後は、諸雑務。

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2013年2月13日 (水)

石原質問及び北朝鮮の核実験について

北朝鮮が核実験を行った。遺憾の意を表明しようと、抗議声明を出そうと、何の効果もない。経済制裁をしても、国連決議をしても何の効果もない。

食糧やエネルギー供給を停止しようと言っても、人道問題になるという意見が出て実行できない。

共産支那が北朝鮮の崩壊=韓国による統一を望まないから、実効性のある制裁が出来ない。

これでは、北朝鮮はますます増長する。

日本とアメリカなどが協力して何をすべきか。北朝鮮独裁政権を武力で叩き潰すしかないと思う。日本とアメリカが軍事協力すれば実行できるだろう。韓国も加わらせればいい。支那が軍事力で北を守ることはないと思う。ともかく北朝鮮独裁政権・金専制王朝を打倒すべきだ。それが北朝鮮民衆のためでもある。

            ○

石原慎太郎氏の予算委員会質問は良かった。聞きごたえがあった。

大東亜戦争について、「マッカーサーは大東亜戦争は日本の防衛戦争だ言った」「ナセル・スカルノは、我々の独立は日本が大東亜戦争を戦った結果だと言った」という意味の事を述べ、神道の祭り主であられる天皇陛下に靖国神社にご参拝頂きたいと奏上すべきだと語った。

かつて石原氏は、「靖国神社に参拝する時、東條英機を頭から除外している」という意味のことを言ったことがあるので、大東亜戦争についてもおかしな見方をしているのかと思っていたが、そうではなかった。

石原氏はまた「北朝鮮など敵国からのミサイル攻撃に対してまず大事なことは皇居を守ることである」と語った。

石原氏のこれまでの言動を見ていて、尊皇精神は希薄であると思っていたが、そうではなかったこと認識した。

ただ残念だったのは、大切な事柄で、安倍総理の答弁を求めなかった。困らせたくないという武士の情けだったのであろうか。

ともかく、今日の質問で石原氏への認識を改めた.石原氏には一度は総理になってもらいたかった。

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千駄木庵日乗二月十二日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、明日行われる『萬葉古代史研究会』における講義の準備、及び原稿執筆。

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2013年2月12日 (火)

「水曜会」如月の集い・ご案内

◆平成二十五年「水曜会」如月の集い・ご案内 <十八時より>

  二月二十日(第三水曜日) 十八時~二十時

  展望カフェ『カルム』千代田区平河町二‐六 都道府県会館十五階(最上階)03-5212-9181

※有楽町線・半蔵門線「永田町駅」5番出口から地下連絡通路を経て徒歩1分

※南北線「永田町駅」9番b出口から地下鉄連絡通路を経て徒歩1分

http://www.jhsf.or.jp/seminar/map/map_tokyo_3.pdf

  四宮 正貴(しのみや まさき)

四宮政治文化研究所代表・国体及び万葉集研究

四宮政治文化研究所より、月刊『政治文化情報』発行。季刊『伝統と革新』責任編集。

テーマ「やまとごころ」と「やまとうた」を恢復して輝かしい国・日本を!

  四千五百円

飲み放題・軽食付き、蔵元からの美味しい日本酒は従来通り

◇◇◇           ◇◇◇

立春を言祝ぎご健康をお祈りいたします。日本再興の追い風を受けているか

に見える安倍新政権。水曜会の講話も伝統文化のやさしい文化論からスタートです。

『敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花』近世の国学者本居宣長の名歌。「歌」の語源は「訴え」。「やまとうた」は日本民族の真心の調べ。人の魂を揺り動かす純粋な日本固有の文芸。「やまとごころ」は「やまとうた」によって

継承された一体のもの。内憂外患、混迷の世に、いまこそ「やまとごころ」が求められていると講師は訴えます。

主な著書「日本的文芸論」「天皇・祭祀・維新」「天皇国日本論」「歴史と詩歌の旅を行く」「平成維新試論」。

四宮政治文化研究所サイト↓

http://shinomiya-m.txt-nifty.com/

http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-shinomiya/index.html

出欠のご返信をお願いいたします。

水曜会事務局

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東郷和彦氏( 京都産業大学教授·元外交官)の講演内容・その二

『サンフランシスコ条約』では千島列島を放棄せざるを得なかった。『ヤルタ協定』がもとになっていた。二〇一〇年十一月に、メドヴェージェフの国後訪問で元島民が怒った。二千年から関係がおかしくなっていった。プーチンが大統領選に出ることになり、クレムリンの御用の『ロシアの声』の論調がパタッと変わった。『戦後の現実は変えられない』と言わなくなった。

外国の情報を取り国益を守るにはどうするか外務省の使命。プーチンに後はない。成功しなければならない。経済を成功しなければならない。エネルギー革命でアメリカが輸出国になり、ロシアと中東は大変なことになった。エネルギーの大口供給先が日本。トヨタ日産が工場を作る。ロシアは天然ガスを中国に売らない。中国の脅威を最も感じているのはロシアないしプーチン。極東と東シベリアが最も弱い。ロシア人は怠け者だからあんな所で働きたくない。シベリアを中国に取られるかもしれないと思っている。中国と日本の関係が悪くなればなるほど、ロシアは日本と手を組みたい。

外務省の任にある数人が組織を使って案をつくり、経済案を作る。四島一括返還はあり得ない。クリル開発計画で北方領土は日々ロシア化していく。四島一括返還を主張すると、二十年、三十年は返って来ない。正義の旗を立てるのが良いとは思わない。北方領土に、ロシア・韓国・中国の人が労働や観光に来ている。そして『不法占拠されていることを容認することになるから日本人は北方領土に行ってはいけない』という外務省の方針により日本人だけが北方領土に入っていない。

外務省の優秀なチームが安倍氏をサポートしている時に領土問題を進展させるべし。四島一括返還ではない交渉への國を思う人々の支持が重要。日本国内の四島一括返還の呪縛は軽視できない。正義というのは確か。『カイロ宣言』『大西洋憲章』の戦争終結時の領土不拡大原則からも千島を放棄させられるいわれはない。父祖の島から日本人が排除されている。その現実を変えなければならないというのが私の考え。外務省の自己規律を変えて日本人が北方領土に住めるようにする。日本のパワーへの冷静な見切りを間違えてはいけない。沈没するかもしれない日本がまともになっていくきっかけが北方領土の解決。

中国が屈辱の一世紀から脱する最初のきっかけが尖閣。日本の真珠湾攻撃と同じ。日本はロシアと手を組む。国際関係は複合的に見る必要あり。今なら中国に勝てる。タイミングを逸すると大変なことになる。新中華思想、尊敬できる中華思想を出してきたら日本はどうするか。グローバルな中華思想を出して来る前に、日本の思想を出さなければならない。

中国が十九世紀の帝国主義に戻ってしまったら世界に通用しない。中国は、公害・人権・チベット・台湾問題が深刻。ギリシア哲学とキリスト教だけでいいという時代ではなく、アジアの思想の時代なのに、中国が十九世紀の帝国主義にしまっている。日本が頑張らねばならない。戦前は、京都学派・國體の本義・大東亜共栄圏があった。この三つを連結した国家として動こうとしたが、敗戦で駄目になった。しかし西田幾多郎と鈴木大拙が復活している。二十一世紀の原則は武力不行使。それを破る中国に負けてはならない。だから尖閣は守るべし」。

          ○

言うまでもないが、東郷氏の主張を全面肯定するものではない。あくまでも、報告として掲載した。慰安婦問題でも色々発言があったが割愛した。帝国主義国家共産支那がアジアを支配することを何としても食い止めねばならない。日本が世界を精神的にリードする時代を創出しなければならない。領土問題、主権問題、歴史問題では、妥協は決してあり得ない。

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東郷和彦氏( 京都産業大学教授·元外交官)の講演内容・その一

二月六日に行われた『一水会フォーラム』における東郷和彦氏( 京都産業大学教授·元外交官)の講演内容・その一

日本は半端でない危機にある。しかし、安倍内閣の下で一つ一つ政策を取って行けば危機を克服することは出来ないわけではないと思う。全ての政策をきちんととって対応し危機を日本にとっての機会にする。それが出来れば年末には抜本的に低迷から立ち直っていくことができる。絶望する必要なし。しかし、一つ二つ間違えば日本は沈没する。戦争になり日本の一部が占領されることはあり得る。平成二十年に日本は世界で見えない国になり、正念場に来た。安倍内閣は良いスタートを切っている。中国に対し抑制した手を打っている。中国・韓国・アメリカでいくつか打つ手を間違えると日本は孤立する。

北方領土問題の解決の大きな機会が窓を開けている。中国は狂気の沙汰。九月の国有化以来中国は戦争ムードに入って来ている。カール・マルクスは『政争は政治の延長』と言っている。今の中国で行われている議論・論争の中心は、『日本とは小規模戦争か全面戦争かだ』になっている。今の中国のマスコミを席巻しているのはそういう議論。習近平はそういう議論を止めていない。中国は実力を行使し実効支配の実績を積もうとしている。

日本は北方領土に自衛隊などが実力を以て中に入ることは考えたことはなかった。武力で北方領土を取り戻すというオプションは無かった。私たちは『憲法九条』を国是の中で育った。

中国は『尖閣は自分たちのものだから実力を使うのは当然』と言う。尖閣は、日本がずっと実効支配して来た。一九七一年に台湾と中国が領有権を正式声明した。

中国は力をつけて来た。中国は八〇年代に経済力をつけ、九〇年代に政治力をつけた。人民服から背広に変り、政治的に動き出し、二千年代に軍事力を増強。外交目的を達成するために軍事力を使う。

石原氏が『尖閣を東京都が買う』と言い出した。野田氏は都が買ったら不安定になるから国が買って安定化しようとした。野田氏と外務省はそういう意図だったが、その途端に中国は『挑発したのは日本だ』と大宣伝を始めた。中国が尖閣に入ってくることを止める方法は日本にはない。外交上こういう事態を作ったのは大失敗。『清が崩壊しつつある時日本が尖閣を奪った』と中国は主張。しかしその後の対応を見ていると中国がそういうことを主張する権利無し。『尖閣問題の台湾化』になった。尖閣と台湾とは同じレベルになった。尖閣の台湾化は日本の台湾化。一つの措置でこれだけ深刻な事態を作った。中国の意図を見誤り判断を間違った。

日本は抑止と対話の両方をやらねばならない。本当に入って来たら叩くぞという実力を持つ。防衛予算GNP比一%という枠を取っ払う。集団的自衛権の解釈を変える。ペロポネソス戦争と今の状況はあまりにも似ている。

谷内正太郎氏が中国との接触をしている。何もしていないとは考えられない。対話のレベルを上げねばならない。『領土問題は存在しない。棚上げ合意は存在しない』というポジションを止めるべし。外交とは本質的に自分の意見を言うのは当たり前。必要なのは相手の意見を聞くこと。去年九月二十五日から中国は終止管轄権を行使している。パトロールと法執行をし、漁業保護をしている。いずれ漁船が入って来る。今年の春、暖かくなった時が危ない。

アメリカが本格的に介入したら中国は怖い。アメリカは中国の軍事力行使に対し『安保条約五条を適用する』と言った。日中の対立はアメリカの利益。しかしアメリカが介入せざるを得ないようになるのは困る。アメリカから見て日本が中国を挑発していると思わせないことが大事。日本は海保と自衛隊で守る。この二つがあればアメリカは出て来る。

アメリカはリアリストであるが理念の国。日本が隠忍自重しても中国が出てきたら、アメリカは出て来ざるを得ない。日本は人権を大事にする民主主義国家であり同盟国だからアメリカ人が日本人と一緒に死んでもいいということになる。六五年日韓国交の時、慰安婦問題は出なかった。冷戦崩壊後、九十年代に出て来た。問題がアメリカに拡散した。

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千駄木庵日乗二月十一日

午前は、母のお世話。

午後からは在宅して、資料の整理、原稿執筆など。

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2013年2月11日 (月)

紀元節に思う

本日は、紀元節である。日本國體について少しく論じさせていただきたい。我が日本はどのような闘争や激動があっても、日本という国が分裂し破壊し尽くされてしまうということ無く、天皇を中心とする「和」「むすび」によって国家の統一は維持され、民族の伝統は一貫して継承されてきた。ここが日本という国の有難いところである。

この「むすび」の語源は、「生す」「生える」である。「草が生す」「苔が生える」といわれる通りである。つまり命が生まれることである。故に母から生まれた男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」というのである。「むすび」とは命と命が一体となり緊密に結合するということである。米のご飯を固く結合させたものが「おむすび」である。そして日本伝統信仰ではその米のご飯には生命・魂が宿っていると信じてきた。

「庵を結ぶ」という言葉があるが、日本家屋は様々な材木や草木を寄せ集めこれらを結び合わせて作られた。結婚も男と女の結びである。故にそのきっかけを作った人を「結びの神」という。そして男女の〈むすび〉によって新たなる生命が生まれる。日本の家庭も〈むすび〉によって成立しているのである。

日本という国家も同じである。人の魂が結び合って生まれてきた生命体なのである。日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培われた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命体が日本国なのである。そしてその〈むすび〉の中核が日本伝統信仰の祭祀主である天皇である。これが三島由紀夫氏の言う「祭祀的国家」としての日本なのである。

我々はまず以て「国家観」を正しく確立しなければならない。言うまでもなく日本と欧米とは歴史・文化・宗教・社会構造・人間関係を異にしているのだから、日本国を近代西欧流の国家法人説・国家暴力装置説などの「国家観」によって論じてはならない。

近代以後のいわゆる「西洋化」そして大東亜戦争以後のいわゆる「民主化」(その実態は日本伝統破壊)によって、信仰共同体としての日本の本当の姿即ち日本國體が隠蔽され、麗しい祖国日本を、単に権力関係・契約関係・社会経済関係によって成り立った法人であり機構であると考えるようになってしまった。現行占領憲法は実にそういう思想によって作られているのだ。今日の日本の政治腐敗・自然破壊・教育荒廃などの様々な矛盾の根本原因は実にここにあると考える。

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第二九回「日本の心を學ぶ會」のお知らせ

演題 民主党政権崩壊後の真正保守運動・愛國運動について

民主党政権が崩壊しても、國難がなくなったわけではありません。真正保守活動・愛國運動の使命は重大です。インターネットを通じて全國の多くの同志が呼応し連帯するようになりました。そうであればこそ、保守真正保守運動・愛國運動の道統をもう一度再確認する必要があると思います。参加者一同で多くの議論を交わして明日の運動に繋げたいと思いますので皆様お誘い合わせの上ご参加下さいますようお願い申し上げます。

【日時】二月二十四日() 開場午後五時四五分 開會午後六時

【場所】 文京区民センター三D會議室 東京都文京区本郷四-一五-一四 地下鉄 春日下車一分(大江戸線、三田線)、後楽園下車三分(丸の内線、南北線)、JR(水道橋)   

【登壇者】 瀨戸弘幸氏(瀬戸弘幸BLOG『日本よ何処へ』)

四宮正貴氏(四宮政治文化研究所代表)

【参加費】 資料代五〇〇円 終了後、近隣で懇親會(三千円くらいの予定です)

【連絡先】 渡邊昇 〇九〇-八七七〇-七三九五

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宗教と政治が闘争と殺戮を生んできた歴史がある

宗教と政治が闘争と殺戮を生んできた歴史がある

宗教と政治が、人類の生活を守り救済して来たといわれる。しかし、これまで「正義」を主張し、「世紀末的危機」「終末」を煽り、そして「救済・革命」を説いてきた宗教運動や政治運動は、かえって闘争と殺戮を生んできた側面がある。政治面では、スターリンも毛沢東も金日成もポルポトも自分の主義主張が正義と信じ込み、國民全体にこれを強制し、自由を奪い、そして何百万何千万という人々を大量虐殺した。宗教面では、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立は、テロや戦争を生んでいる。九・一一同時多発テロ以後、『國家なき敵との宣戦布告なき戦争の時代』に入ったという。近年起こっている凄惨なるテロの根底には、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立がある事は言うまでもない。

 オスカー・ワイルド(一八五四~一九〇〇。イギリスの劇作家・小説家。世紀末文学の代表的作家で、芸術至上主義者。代表作に戯曲『サロメ』がある)に、「もっとも害を与える人は、もっとも善いことをしようと努めている人だ」という言葉がある。「自分の行っていることが正義だ」と信じ込み実行する勢力や個人が、殺戮を行い、世の中を暗黒にし、独裁政治を生み、國民から自由と繁栄を奪うという意味であろう。

自由で幸福な世の中とは、公正な世の中ではあっても、ある人の唱える「正義」を絶対のものとして民衆に押しつける世の中ではない。独裁者は必ず「正義」を旗印として独裁政権を手に入れる。レーニン、スターリン、ヒトラー、毛沢東、カストロなどは皆そうだった。

 真に正義を尊重し正義の実現を目指す人は、そしてそれが権力を持つ人であればなおさら、自由で柔軟で大らかな精神を持っていなければならない。正義や人間の幸福は法律や権力のみによって実現されるものではない。法律や権力のみによって実現された正義の世の中とはロボットが動く世の中と同じである。

 「正義」の呪文を唱えながら、自由を否定する狂気は暗黒と専制の世の中をもたらす。それが一七八九年革命直後のロベスピエール独裁下のフランスであり、革命後の旧ソ連であり、共産支那であり、南北分断後の北朝鮮である。誤った宗教教義や政治思想の教条に支配されることなく、自然に國民を正しき道を歩ましめることが必要である。

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千駄木庵日乗二月十日

午前は、母のお世話。日曜日は何故か、訪問介護の人(英語でヘルパーと言う)が来てくれない。

午後からは、在宅して、資料整理、書状執筆など。

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2013年2月10日 (日)

『農山村&銀ぱちフォーラム 国益とは?今、TPP交渉の本質を考える』における登壇者の発言

二月一日に銀座の紙パルプ会館にて、『農山村&銀ぱちフォーラム 国益とは?今、TPP交渉の本質を考える』における登壇者の発言。

藻谷浩介日本総合研究所調査部主任研究員「日本の工業出荷数は減っていない。工業労働者は三割減。工場内オペレーションの問題。日本の輸出数は増えている。震災後も変わらない。日本はリーマンショックでも赤字にならなかった。中国が栄えるほど日本は栄える。貿易は中国・韓国・台湾・シンガポール・インドの全てが、日本が黒字。アメリカが不当に自動車の関税をかけても日本が黒字。TPPを今すぐやらないと国が亡びるというのは駄目。農産物の輸入の十分の一以下が食料品。あとは飼料。アメリカが日本の市場を狙っているというが、大した市場ではない。大震災やオイルショックでも黒字は減らない。中東が赤字の原因。油買いで赤字になっている。日本は油を買い過ぎている。輸出を増やせば増やすほどアラブに払うお金が増える。アメリカは日本に対して大赤字。アメリカは自動車産業を犠牲にして関税を撤廃できるのか。日本は過剰生産力があり、造り続けたい。アラブの金はヨーロッパに流れる。アメリカは日本に毎年六兆円払っている。儲かりもしない大量生産は止めなければならない。シェールガスはかなり自然破壊しないと採れない。アメリカはアラブから石油を買わなくなる。そうすると日本にとって石油が安くなる。ロシアは日本の天然ガスを売りたい」。

蔦谷栄一農林中金総合研究所特別理事「高い関税で守られてきた品目(サトウキビ・酪農など)が、TPPによってかなり大きな影響を受ける可能性あり。農業産出額が半減する。北海道は日本の食糧基地。農業に対する依存度が高い。北海道は大きな影響を受ける。農業生産は四・一兆円減。食糧自給率も半減。食糧安保にかなりのインパクトがあることを想定すべし。国土保全機能を喪失しかねない。農業のべースにあるものは地方共同体・自然・土地・環境。食品安全基準がTPPによりアメリカスタンダードになる。TPPはアメリカの生き残り戦略。金融資本主義のアメリカにとって都合のいい国際ルールを作ろうとしている。TTPは新自由主義の徹底。小泉構造改革と同じ。我々がどういう社会を目指すのかを考えるべし。円安誘導で景気回復を狙っているが、内需拡大をどうやって実現するかが大事。自然の摂理をいじることは許されない。不合理の世界でやって来たのが農業。それを包含しつつ農的社会、命を大切にし、多様性を認めて各国が共生できる社会を目指すべし。厄介なのは日米同盟。アメリカの枷からは出られない。生産者と消費者が一体化すべし。国民がみんな農業に関係する社会を目指すべし。流通情報のセッティングが大事。『金で全てが買える。国が何とかしてくれる』という時代は終わった。自立の時代」。

水野誠一一般社団法人Think the Erth理事長「化学会社が種を牛耳るようになった。農薬と種をセットにして売るようになった。中国が農薬を使いまくっている。二〇一二年のアメリカの『食品安全近代化法』(FDA)によって食糧生産者に農薬の使用が強制され、それを我々が食べることによって害を蒙ることになる。『農家が在来種の種子を採集し、保存し、蒔き種してはいけない』という条項がある。これにより遺伝子組み換えのF1種の種子を毎年種業者から買わねばならない。これには麻薬中毒の悪循環に近いものがある。二〇一三年に『モンサント保護法』が通過すれば、安全審査を経ていない遺伝子組み換え作物の耕作が可能となり、その間、農民、消費者と環境を危険にさらす。司法審査の概念を徐々に蝕み、消費者の権利と環境を保護するための憲法上の命令を裁判官から剥奪することになるであろう。除草剤であるラウンドアップに耐性を持つ雑草が増え、より強力な除草剤が使われるようになっている。TPPのISD条項が効いて来る。『遺伝子組み換え大豆不使用』の表示をしてはいけないという条項に違反すれば国際投資紛争センター(世界銀行の部組織)に日本政府が訴えられる。世界銀行はアメリカそのもの。IМFはヨーロッパ。食料品の質を考えた時、TPPは非常に危険。二十世紀は西洋文明に従ってきた。二十一世紀はその矛盾・常識をリセットして考えるべし。少子高齢化の流れは止まらない。成長から成熟へ。文化を大切にする。発電が足りなくなるのなら、生産のあり方を変えるべし。節電は発電の一種。自動車は売るのではなくリースにすべし。パチンコは止めるべし。TTPに入れば輸出が伸びるという常識を捨てるべし。アメリカは旱魃の恐れあり。人類は自然の摂理から『いい加減にしろ』ということを突き付けられている。海底に二百年分のメタンガスが眠っている。採り出す実験が始まっている。シェールガスに優るメタンハイドレードにメリットがある。アメリカの最大の産業は戦争産業。それが続かない。アメリカは遺伝子組み換え食品を売りつける」。

色平哲郎JA長野県連厚生連・佐倉総合病院地域ケア科医長「TPPで薬価は安くならない。上がるであろう。韓国の動向を見ればわかる。薬価が膨らむと人件費に影響する。国民皆保険でありつつここまで経済成長したのが日本。日本医療と日本社会の根幹を支える国民皆保険制度が内からの制度崩壊と外圧で危機的状況にある。医療制度をアメリカ型市場原理至上主義へ捻じ曲げるTTPに日本が加入すれば、国民皆保険は風前の灯となるであろう」。

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千駄木庵日乗二月九日

朝、デイサービスに赴く母を見送る。

この後は、在宅して資料の整理、諸雑務。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。高乗正臣平成国際大学副学長が座長。田尾憲男氏が『皇室典範』及び『憲法』について発表。全員で討論。侃侃諤諤・甲論乙駁の活発な議論が行われ、大変勉強になった。

帰宅後は、原稿執筆。

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2013年2月 9日 (土)

わが国に関わる共産支那の最大の嘘は、日本は満州を侵略したという大嘘

わが国に関わる共産支那の最大の嘘は、日本は満州を侵略したという大嘘である。

満州はもともと支那人が居住していた所ではない。その証拠が「万里の長城」である。支那大陸を初めて統一した秦の始皇帝は、満州や蒙古に住む民族が支那に侵入して来るのを防ぐため、三海関から西域地方まで六千四百キロの巨大な壁をつくった。つまり、満州は蒙古と同様、支那人(漢民族)の居住地でも支配地でもなかったのだ。満州族の清朝政府も、支那人が満州に移住するのを禁止し、自分たちの故郷に異民族たる漢民族が侵入するのを防いだのだ。

中華民国の建国即ち辛亥革命は、「反清復明」(満州族の清朝を打倒し、漢民族の明朝を復活させる)「滅満興漢」(満州族を滅ぼして漢族を興起させる)をスローガンにしたのだ。

このように満州は支那ではなく満州は漢民族の土地ではないということは明々白々である。

したがって、日本が満州を煮て食おうと、焼いて食おうと、支那を侵略したのではない。しかし日本は満州を煮て食ったわけでも焼いて食ったわけでもない。理想国家建設を目指したのだ。そして満州族の王朝であった清朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀を皇帝とし大満州帝国を建設したのである。そして満州に住む人々は平和と繁栄を満喫したのである。

支那・漢民族こそ、満洲・蒙古・チベット・東トルキスタンを侵略支配しているアジア最大の侵略国家である。

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支那という国は昔から大嘘つきの国である

共産支那国防省は八日、支那海軍艦艇が海上自衛隊艦艇に火器管制レーダーを照射した問題で、日本が照射を受けたとする一月三十日と、照射された疑いがあるとする同十九日の両日とも、中国海軍の艦艇は火器管制レーダーを「使用していない」と大嘘をついた。

支那という国は昔から大嘘つきの国である。「南京大虐殺」などという事をでっち上げたことでもそれは明白だ。さらに、支那共産党の歴史は嘘で塗り固められている。支那がいかにウソつきの国であり、自分の都合の悪いことは開き直ってまで白を切る国であるかは、毒入り餃子問題を見ても明らかだ。明らかではないか。

『論語』には確かに素晴らしい言葉が書かれている。しかし、「論語読みの論語知らず」といふ言葉があるが、『論語』が生まれた国である支那は今回の問題を見ても明らかな如く、今日全く『論語』に書かれていることを忘却している。というより『論語』に書かれていること自体が、支那人にとっては嘘なのだ。実際の支那は、極めて残虐なる闘争と殺戮の歴史であった。

共産支那にいかにウソが多いかは、毛沢東の葬儀の写真を見れば一目瞭然である。喪主として参列していた江青やその子分たちの姿が消されてしまっている。事実や歴史の隠蔽と改ざんは共産支那のお家芸である。

共産支那の言う「事実」「歴史」とは政治の道具であり外交の手段であり、さらに言えば自己正当化のためのでっち上げでありプロパガンダである。支那大陸にはこういう教育を受けた若者が陸続と育っているのである。

支那に対して敵対感情を煽るべきではないとか、感情的なナショナリズムに結び付けて相互の反発を拡大さいさせるべきではない、冷静な対応をすべきだという意見がある。たしかに興奮して日本が暴発することは、相手の思う壺だ。しかし、国家的規模でわが國に対して敵対感情・感情的なナショナリズムを煽っているのは、共産支那である。わが国は冷静沈着に、毅然とした態度で、わが国を防衛し、支那の無法を糾弾すべきである。ともかく支那に対しては一歩も譲歩してはならない。もっと沈着にして強硬な姿勢を示すべきである。そうしないと日本は「中華帝国主義」の餌食になり、支那の属国になってしまう。

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千駄木庵日乗二月八日

午前は、母のお世話。

『政治文化情報』原稿脱稿・印刷所に送付。

午後からは在宅して、国会中継を垣間見ながら諸雑務。この後、原稿執筆。

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2013年2月 8日 (金)

最大最悪の侵略国家は共産支那である

東アジアにおける最大の侵略国家は支那である。清帝国は、東トルキスタン(新疆ウイグル)、チベットなど周辺諸民族を侵略、征服、蹂躙した。

「中華人民共和国」=共産支那は、清帝国が侵略によって獲得した領土をそのまま継承するのみならず、さらに領土拡大とアジア支配を目論んでいる。共産支那建国以来、「朝鮮戦争」・「ベトナム戦争」・「中印戦争」・「チベット侵略」・「中ソ国境紛争」・「中越戦争」など十七回も対外戦争あるいは武力行使を行った。チベット・ウイグル・内モンゴルを植民地支配している。

今日、支那を武力攻撃しようとしている国などは存在しないのに、何故軍拡を行う必要があるのか。日本及び台湾そしてアジア全域への侵略・覇権確立を目論んでいるからである。「反国家分裂法」「領海法」の制定そして反日破壊活動を見れば、それは火を見るよりも明らかである。

一九九二年に、「中華人民共和国領海法及び接続水域法」とやらを制定し、東シナ海の尖閣諸島から南シナ海の島々まですべて支那の領海だと勝手に決めてしまった。日本、韓国、台湾、アセアン諸国と係争中の東シナ海、南シナ海の大陸棚、西沙諸島、南沙諸島の領有を、一方的に宣言した。とりわけ許し難いのは、わが国固有の領土たる尖閣諸島の領有をも一方的に宣言したことだ。

かつて共産支那は理不尽にも、「ベトナムは小覇権主義国家だから懲罰する」とか言って、武力侵攻を行った。それと同じように、状況が整えば、「台湾を取り戻す」「解放する」と言って台湾に、「歴史問題で反省謝罪が足りない日本を懲罰する」と言ってわが国に、軍事侵攻を行う危険性がある。

共産支那は、「大躍進政策」の失敗で二千万以上の餓死者を出し、文化大革命では五千万以上の自国民を殺戮した。世界中で共産支那ほど軍国主義国家はないし専制独裁国家はない。

今後の日本は、いかにして「中華帝国主義」の侵略から祖国を守るかが最大の課題である。国内問題で政治が混乱したり、無益な内輪争いをしている時ではない。「暴支膺懲」という言葉をかみしめる時である。いたずらに「好戦的になれ」とか、「支那を敵視せよ」と言っているのではない。しかし、日本が支那を敵視しなればならない状況を作り出しているのは支那自身である。

日本は東シナ海から日本は絶対に引いてはならない。中国が『南シナ海は核心的利益』と言ったら、アメリカは激しく反発し、『南シナ海はアメリカの国益ととらえる』と言った。アメリカとベトナムは安保上の協力関係を強固にしている。あれほどアメリカに痛めつけられたベトナムですら、対支那戦略のためにアメリカと協力せざるを得ないのである。

「日米自立」「日米安保破棄」を主張する人々がいる。しかしその根本に、まず以て日本の敗戦国意識の払拭そして日本の真の自立が確立されなければならない。北朝鮮ではないが日本こそ『強盛国家』にならねばならない。

ベトナム・イスラエル・北朝鮮は大国ではないが、それなりの力を持ち、支那やロシアやアメリカの言いなりにならない。日本はこの点は見習わねばならない。支那・ロシア・アメリカの言いなりにならない国にならねばならない。

幕末期の『黒船来航』は、砲艦外交の典型であり、グローバリズムの威力だったと言はれている。確かにそうであった。その時、日本国民は朝野を上げて「国家意識」に目覚め、「尊皇攘夷」の精神で国家を確信し、その後、「尊皇開国」の精神で近代化を遂げ、危機を乗り切った。今の日本人も、明治維新そして遠くは大化改新に学ばねばならない。

付け加えて言えば、アメリカという国は、先住民や黒人奴隷の人権どころか人命の犠牲の上に成り立った国なのである。何が先進民主主義国家だ。チャンチャラおかしい。

アメリカからの自立と共産支那の排除が必要である。その前提は、戦後体制の打倒である。対米自立・対共産支那の圧迫の排除とは「日本の核武装」だと思う。

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支那からの侵略の危機と日米軍事同盟

共産支那海軍艦船による海上自衛隊護衛艦への火器管制レーダー照射は、軍事侵略国家・中華帝国主義国家の本領を発揮したまさに悪質極まりない恫喝であり脅迫である。わが国政府は、断じて屈してはならない。共産支那の本質はこういう国なのである。このような攻撃的な軍事膨張政策をとる国との友好などあり得ない。

民族運動・愛国運動は、戦後一貫して共産支那批判を行って来た。そして共産支那に対する土下座外交・謝罪外交を糾弾してきた。愛国運動・民族運動の訴えて来たことがいかに正しかったかが、さらに明らかになった。

わが国政府こそ今回の共産支那軍の不当不法行為に対する謝罪を支那政府に対して求めるべきである。そうしない限り、共産支那は益々増長し、日本を馬鹿にし、属国扱いをするであろう。そして、わが国の独立・国民の安全は脅かされ、さらには、日本の領土・領海・領空・資源は支那に奪われるであろう。

日本在住の支那人にも「国防勤務」なるものを義務付ける「国防動員法」を制定し、「日中」が戦争状態になれば、在日支那人が破壊活動・ゲリラ戦を行うことが義務付けられた。極めて危険である。

今回の共産支那の行為によって、共産支那という国がいかに危険な国であるかを多くの国民が益々深く認識したであろう。自民党親支那派から左翼に至るまで、支那に対して迎合して来た者共の罪は深い。財界・大企業も、利益追求のために、支那大陸に投資し技術を移転させてきた。これにより、支那は国力を高め、日本に対して圧迫と恫喝を加えて来ているのだ。政界・財界の責任は実に大きい。

「東シナ海を友愛の海にする」などと言い、この国難の時期にわざわざ支那に行って「友愛・和平」などと揮毫した鳩山元首相罪は深い。

日本が自主防衛体制を確立し、日本一國で支那の侵略を粉砕できる体制が構築できるまでは、日米軍事同盟を強固にすべきである。

日米同盟は日本がアメリカの属国化だという意見がある。「日本がアメリカの属国である」とは、現状のままという事だ。しかし、日本が支那の属国になったらどういうことになるかを、正しく認識しなければならない。資源は奪われ、国民の生命財産は奪われ、麗しい山河は破壊され、日本は破滅する。それよりなにより、日本國體が破壊されるのだ。

支那は尖閣を手に入れたら、次は沖縄を手に入れ、さらに日本列島全体を侵略支配する。支那が日本を属国・朝貢国家と思っているのだからその危険性は極めて高い。日本がわが国だけの力で支那の侵略を粉砕できる態勢が構築されない現状のままで、「反米」・「日米軍事同盟破棄」を主張するのは極めて危険である。

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千駄木庵日乗二月七日

午前は、母のお世話。

午後三時より、丸の内の日本倶楽部にて、小田村四郎氏(元拓殖大学総長)にインタビュー。『伝統と革新』掲載のためなり。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2013年2月 7日 (木)

この頃詠みし歌

線香の煙たちのぼる仏壇に父の遺影のやさしき笑顔

臣下の如く幾度も頭を下げにつつ支那への媚態示す政治家

侵略国家の元首に対し媚び諂ふ姿を見れば悔しかりけり

宗教家も哲学者も深遠な事を説けど人類の争ひ止めるすべなし

時の間に発する言葉も魂が宿ると思へばおろそかならず

欠けてゆく月眺めつつ時の流れ止めるすべなきをあらためて知る

遥かなる白き姿の山が見ゆその名を聞けば南アルプス

西よりの光がビルを窓照らし朱色に耀ふ美しさかな

念願が叶ひし夜はうれしくて握れる筆もすらすら進む

葉を落とせし銀杏の街路樹さみしげに立ちゐるを見る冬の夕暮

国難に打ち勝ちゆかむと祈りたり 念彼観音力 刀尋段段壊

麗しきこの世を楽しみ生きゆかむ 我此土安穩 天人常充滿

本堂で僧侶の唱へる観音経 聞きつつ魂の躍動を覚ゆ

福は内と声をはりあげ豆を撒く本堂に集ひし善男善女

護摩を焚き除災招福祈念せる節分会法要のおごそかさかな

そこはかとなく夕暮れとなりにけりさてこれからがわれの本番

神々の息吹感ずる朝にしも昇り来し太陽を仰ぎけるかな

六十五年生き来てこれから六十五年生き行かんとするは果たして無理か

降り続く雪は清めの塩なるか 都は白く覆はれにけり

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千駄木庵日乗二月六日

午前は、母のお世話。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、『一水会フォーラム』開催。東郷和彦氏(京都産業大学教授・元外交官)が講演。質疑応答。外交問題について興味深いことが語られた。内容は後日報告します。

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講演する東郷和彦氏

帰宅後も、原稿執筆。

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2013年2月 6日 (水)

伝統的な國家観と道義精神を回復せしめなければならない

かつてわが祖国は、東洋の君子国として思いやり深く、恥を重んじ、礼儀正しい国として世界に知られていた。老人に対する敬老の精神もあった。ところが今では、老齢のホームレスをゲームと称して少年たちが足蹴にして死に至らしめる事件が発生する。 

政治家は自己の所属していた政党や派閥を裏切って他党に走ったり、新党を結成するのは当たり前になっている。そして自分の立場が悪くなるとまた元の党に戻ろうとする。信義も恩義も義理も人情もあったものではないというのが今の政治家である。

問題は、古いものは全て悪いものだと考える軽薄な国民に成り果ててしまっている点にある。親孝行も愛国心も義理も人情も全て旧道徳・軍国主義・封建思想と片付けてしまった戦後教育が今日の亡国的状況をもたらしたのである。そして、時代や風潮に関係ない美徳それ自体の普遍的価値・永遠の価値を理解できない主体性のない人間が増えすぎている。

混迷の淵にある祖國日本を起死回生せしめるには、戦後戦勝國によって押しつけられた「欲望民主主義」「似非平和主義」を否定し、わが國の伝統的な國家観と道義精神を回復せしめなければならない。それが文字通り専制と隷従、圧迫と偏狭を永遠に除去し、わが國國民が真の平和と自由を獲得する道である。

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千駄木庵日乗二月五日

午前は、母のお世話。訪問介護の方と共なり。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事、『政治文化情報』原稿執筆。

午後七時より、新九段下沙龍にて、『憲法勉強会』開催。「臣民・国民・人民の違い」「健康で文化的な最低限の生活具体的にどういう生活であるか」などについて話させていただいた。

帰宅後も、原稿執筆。

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2013年2月 5日 (火)

「皇祖皇宗」について

明治二十三年十月三十日に渙発された『教育勅語』に示されてゐる「我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」の「皇祖」は天照大御神の御事であり、「皇宗」は皇孫邇邇藝命・神武天皇以来歴代天皇の御事である。「國ヲ肇ムル」とは、國生み及び天孫降臨の御事である。「國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」と示されてゐる以上そのやうに拝するのが自然である。国民ひとしくも天照大御神をを皇祖神として尊崇し奉っている。しかし、『教育勅語』渙発に際して、さうしたことに否定的な見解を示した人がゐた。

新田均氏はその著において大要次のやうに論じてゐる。「『教育勅語』発布後文部省は解説書を井上哲次郎(注・東京大學教授。哲學者)に依頼した。井上の草案では、勅語の『皇祖』は『天照大御神』、『皇宗』は『神武天皇』であると説明していた。井上(注・井上毅。大日本帝國憲法制定に参画、法制局長官となり、『教育勅語』など詔勅・法令を起草。枢密顧問官・文相などを歴任。)は文句をつけて『皇祖は神武天皇、皇宗は歴代天皇』とするよう求めた。彼は、君臣関係の力点を、神話よりも、神武建國以降の『歴史』に置こうとしたのだと言えよう」(『「現人神」「國家神道」という幻想』)。

葦津珍彦氏は次のやうに論じてゐる。「勅語には『皇祖皇宗』の道とあり『祖先』の遺風とある。これをもって、皇祖皇宗を初めとして各地の神社の民族祖神の『神靈』の意と解すれば、勅語は神道の強力な一拠点となり得る。明治天皇の勅語としては、かく解するのは決して無理ではない。しかしそれを神宮神社の『神靈』と結びつけることには『神道を國教化するもの』としての強い反抗の底流があった。その反抗の強力なことを知ってをればこそ、井上毅は、とくに厳重な前提条件として尊神とか敬神とか『神靈』を意味する語を絶対に避けねばならないとし、神靈存否の論は、各人の解釈に任せて、勅語そのものの関知せざるところとした。この明治的合理主義官僚が、神社局の思想となる時には、『神靈については当局は関知せず』として、神道独自の精神を放棄して、一切の合法的宗教、哲學との妥協にのみ神経を労して、神宮神社をもって、歴史的偉人の記念堂(モニュメント)と同視して、神道精神を空白化することになる」(『國家神道とは何だったのか』)。

新田氏によると加藤玄智(大正・昭和期の宗教學者)は「わが國明治以来教育界の通弊は、その實証主義、科學萬能主義で在り、それに加ふるに、迎合外交と追随教育の幣は、教育勅語に仰せられた皇祖皇宗を解するに、単なる人間としての祖宗、すなわち人祖人宗に外ならないものとして、これを解し奉ってをった。…」と批判していたといふ。

加藤玄智の批判は正しい。「皇祖」を神武天皇とし、「肇國」を神武建國とすることは、『天壌無窮の御神勅』の否定につながり、神話の精神を隠蔽するも考へ方である。日本國體は神話を基礎とするのだから、神靈への信を無視し否定した國體精神・國家主義は真の國體精神ではない。神霊への信仰を排除し神社を歴史的偉人の記念堂のごときものとするのは、明らかに傳統信仰の隠蔽であり、祭祀國家の破壊である。今日の「靖國神社を排除した國立戦没者追悼施設建設」につながる思想である。ここに葦津氏のいふ「明治的合理主義官僚」の日本傳統信仰に対する無理解といふ大きな欠陥が表れてゐる。かうしたことが、祭祀國家・皇道國家日本の本姿を晦ませて日本を覇道化させた原因だと言ひ得る。

村上重良氏らの「國家権力が神道を人民支配のイデオロギーとするためのバイブル・経典が『教育勅語』であった」といふ主張は誤りである。むしろ國家権力による神道精神の隠蔽が行はれたことが近代日本の過誤の根本原因であったと考へる。

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千駄木庵日乗二月四日

午前は、母のお世話。

午前十一時半より、永田町の自民党本部にて、小池百合子衆院議員(自民党広報本部長)にインタビュー。『伝統と革新』誌に掲載のためなり。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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2013年2月 4日 (月)

国粋精神を謳歌した学者たちこそ外国文化受容に対して積極的だった

平安前期・宇多天皇の御代の右大臣・菅原道真は優れた漢学者であり法華経の学者でもあった。言わば外来の最高の学問を身に付けた人であった。その道真が編纂した歴史書『類聚国史』(二百巻)は神祇・帝王のことが冒頭に記されていて、仏教のことについては外国関係のものとしてはるか後ろの方に輯録されているという。道真はまた遣唐使の廃止を建言した人物でもある。日本の伝統を重んじる精神があったればこそ外国文化を正しく学び自己のものとすることができたのである。道真はまさに主体性と開放性とを併せ有する日本文化のあり方を体現した人物であったと言える。

徳川初期の儒学者・兵学者である山鹿素行は、日本の皇統の正統性と政治の理想が古代において実現されていたと論じた『中朝事実』という歴史書を著した。これは日本の特質を儒教思想によって論じている。「中朝」とは世界の中心に位置する朝廷の意で、日本は神国であり天皇は神種であるとの意見が開陳されている。支那は自国を「中華・中国・中朝」とし、外国をことごとく野蛮な国と断じていた。素行は、その「中華・中国・中朝」は実に日本であるとして、書名を「中朝事実」としたのである。つまり国粋思想を支那の学問を仮りて論じたのである。

室町・戦国時代の神道家である吉田兼倶(かねとも)は、「吾が日本は種子を生じ、震旦(支那注)は林葉を現はし、天竺(注・インド)は花実を開く。故に仏教は万法の花実たり、儒教は万法の枝葉たり、神道は万法の根本たり。彼の二教は皆是れ神道の分化なり。枝葉・花実を以て其の根源を顕はす。花落ちて根に帰るが故に今此の仏法東漸す。吾が国の、三国の根本たることを明さんが為めなり」(唯一神道名法要集)と論じでいる。日本の二大外来宗教・思想たる仏教と儒教が神道から分かれた枝葉・花実であるという日本を中心とする国粋思想である。儒教仏教を包摂した根底にこうした強靱な生命力があったと言える。

江戸前期の陽明学者熊沢蕃山はその経世論『集義外書』において、「天地を父母として生れたる人なれば、中國・日本・戎蠻・北狄の人も、皆兄弟也。……人といへば耳目口鼻かはりなきが如く、心の知仁勇は皆天理の一徳にしてへだてなし」と論じている。支那の中華思想の影響を受けた封建時代の学者としては何と開放的な考え方であることか。こうした考え方を日本人が持っていたからこそ、日本文化は発展したのである。国粋精神を謳歌した学者たちにおいてこそ、外国文化受容に対して積極的だった。こうしたことは、日本が排他的ではない証拠である。日本の神を祭る人は実に寛容にして大らかであった。これが日本文化そのものの包容性の原点であったと思われる。

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千駄木庵日乗二月三日

午前は、母のお世話。

午後からは、在宅して、『大吼』連載の「萬葉集」講義原稿執筆・脱稿・送付。『月刊・日本』連載の「萬葉集」講義原稿執筆・脱稿・送付。

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2013年2月 3日 (日)

「もののふ」とは

「もののふ」とは、武人・武士のことをやまとことばで表現した言葉である。

 

「もののふ」とは、「宮廷を守護する者」即ち「物部(もののべ)」の音韻が変化した語であるといふ。「もの」とは「もののけ」の「もの」と同じで、不思議な霊力がある存在のことである。物部氏という氏族は、もっとも有力な「もののふ」だった。

 「物部」の原義は、宮廷の妨げをするものを平らげ鎮める働きをする部(群れ・組。世襲的に一定の職業に従事した団体)のことである。物部氏は、古代の氏族の一つで、朝廷の軍事・刑獄のことを司った。 

物部氏は饒速日命の後裔にして武勇を以て聞こえた家柄で、神武天皇に奉仕し、御東征の折に大和で長髄彦を討って勲功があった。大伴氏と共に宮門を護衛し、軍事を担当した。

霊的力即ち巫術(超自然的存在が人にのりうつり、その人を通して話し、行動するもの)を以て戦場に臨み、敵軍を守る精霊を抑圧する役目を帯びた者たちが「もののふ」(物部)であった。

『日本書紀』の神武天皇御東征の折の長髄彦(ながすねひこと)の一戦のくだりに「…神祇(あまつやしろくにつやしろ)を禮(ゐやま)ひ祭(いは)ひて、日神の威(みいきほひ)を背(そびら)に負ひたてまつりて、影(みかげ)のままに壓躡(おそひふ)まむに若かじ。かからば則ち曽て刃に血ぬらずして、虜(あだ)必ず自らに敗れなむ」と記されてゐる。

古代日本における戦ひは靈力の戦ひであったのであり、それに従事する士が「もののふ(靈部)」であった。とりわけ上御一人の「みいくさ」は、日の神の御神靈を祭りその神威を背負ひて神のまにまに戦はれたのである。

「神武」「天武」「文武」「聖武」といふ御歴代天皇の御諡号は、文武対立の武ではなく「神威と一体の武」である。

 もののふの道(武士道)とは、天皇・朝廷に忠誠を尽しお護り申し上げる精神そのものである。それが原義である。日本武尊の御生涯を拝してもそれは明らかである。

もののふの道(武士道)とは、「尊皇心」「祖先を崇拝する心」「父母に対する孝の心」そして「名誉心(名を惜しむ心)」などがその内容となってゐる。名誉を重んずる心は、自己の一身を忠義・戀闕の対象(天皇・祖先・親・家)に捧げることと不離一体である。。

 かうした日本の傳統的倫理観念が、人並み優れて強い男子といふ武士(もののふ)に、節度・忍従・帰服の心が付与した。「武」によって立つ者に道徳を与へたのは尊皇精神を中核とする日本傳統倫理精神であった。

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千駄木庵日乗二月二日

朝、デイサービスに赴く母を見送る。

この後、諸雑務。

午後二時より、北区にある菩提寺にて、『節分会』執行。住職が導師となりて、読経・護摩焚き。そして、豆撒きが行われた。この後、懇親会。

帰宅後は、『大吼』連載中の「萬葉集」講義の原稿執筆。

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2013年2月 2日 (土)

『萬葉集』と武と変革

 『萬葉集』の中心の時代は、天武天皇の御代から、孝謙天皇の御代にかけてである。その時代は決して泰平の世ではなかった。大化改新・壬申の乱といふ大変革・大建設・大争乱の時代であり支那朝鮮からの武力侵攻の危機もあった。「やまとうた・和歌」をはじめとした優れた文藝はさうした時代に生まれる。変革・建設・戦ひと「和歌」とは切っても切れない関係にある。

今日のわが國も萬葉時代とまったく同じ内憂外患交々来たるといった危機的状況にある。それは逆に変革の時代でありさらなる発展の時代であるともいへる。國家的危機を乗り越へ偉大なる変革を成し遂げた萬葉時代の日本民族精神に学び回帰すべきである。

 保田與重郎氏は、「わが國の歴史に於いてみても、國民思想の樹立の契機となる重大な問題は、壬申の亂を峠とする時代の國の人心と人倫の歸趨にある。…萬葉集に於ては、はるかに一般國民精神の動向を臣民に道に於てあまねくうつし、しかも最もよく國の倫理の大本を護持して、當時二百年前後にわたる海外文化の影響下の日本にあって、わが固有の文化の流れを傳へた歴史の精神が如何に己を持して動かなかったかを示す點で國の精神の重きを思はせて實に感謝に耐へないものがある」(『萬葉集の精神』)と論じてをられる。

『萬葉集』には大変革・大建設の時代の息吹きに満ち満ちた日本民族の精神が歌はれてゐる。『萬葉集』の中核精神は、國家の危急時に、わが國民が如何にして天皇を中心とする國體を守り、國民が神と天皇に仕へ奉ったかが表白されてゐる。歌の調べの美しさも、慟哭も、みなこの一点より解さねばならない。萬葉歌のみならず和歌を学ぶとは、和歌の道に傳はった日本傳統精神に回帰しそれを踏み行ふことなのである。

今日の日本において特に取り戻さなければならないのは萬葉時代以来の「尊皇精神」であり「祖国愛」であり「武の心・もののふの心・ますらをぶり」である。

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千駄木庵日乗二月一日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後七時より、銀座の紙パルプ会館にて、『農山村&銀ぱちフォーラム 国益とは?今、TPP交渉の本質を考える』開催。パネリストは、色平哲郎JA長野県連厚生連・佐倉総合病院地域ケア科医長、蔦谷栄一農林中金総合研究所特別理事、藻谷浩介日本総合研究所調査部主任研究員、水野誠一一般社団法人Think the Erth理事長の各氏。コーディネーターは、神津多可思リコー経済社会研究所主席研究員。内容は後日報告します。

帰宅後は、原稿執筆。

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2013年2月 1日 (金)

萬葉古代史研究會 のお知らせ

小生が講師となりて「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

日時 二月十三日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

講師 四宮正貴

東京都豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 山手線駒込駅北口徒歩二分

會費 千円

テキストは、岩波文庫本『萬葉集』(佐佐木信綱編)上巻。

初参加の方は、テキストはなくても結構です。初めての方でも分かりやすい内容です。

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天皇・皇室と外国文化・文明の受容

わが國は肇國以来、外國文化・文明を受容し包摂してきた。そしてその中心に天皇・皇室がおはしました。日本が、大胆に外来文化・文明を受容しながらも、傳統文化を喪失することなく日本の独自性を護ることが出来た強靭性を持ってゐたのは、上に天皇・皇室のご存在がおはしましたからである。近代化・文明開化においても、天皇・皇室が、積極的に外来文化・文明の受容を推進するご意志を示された。

明治天皇は『五箇条の御誓文』において「智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ」と示され、御製において「よきをとりあしきをすてゝ外國におとらぬ國となすよしもがな」「世の中の人におくれをとりぬべしすゝまむときに進まざりせば」と詠ませられた。

明治天皇は「皇基ヲ振起スヘシ」「あしきをすてて」と示されてゐる。日本近代化にあたって、大いに欧米をはじめとして外國文化・文明を取り入れ學ぶとしても、それはあくまでも、「皇基」(天皇國家統治の基)を振起するためである。そしてわが國の傳統に合致せずわが國の國柄を破壊する要素のある悪しき事はこれを排除するのである。

わが國が古代以来外國文化・文明を包摂しこれを高度なものに洗練させ発展せしめて来た。外國に學ぶこと自體を目的としたのではではないし、単なる模倣でもなかった。日本文化の独自性・傳統を維持しつつ外来文化文明を包摂して来たのである。「和魂漢才」「和魂洋才」はわが國の古代からの文化道統である。

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千駄木庵日乗一月三十一日

午前は、母のお世話。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事など。

午後六時より、神田学士会館にて、『展転社創立三十周年を祝ふ会』開催。大原康男国学院大学教授が発起人を代表して挨拶。藤本隆之社長が挨拶。藤本氏が「小社は大東亜戦争という呼称を定着させたと自負している。今後は支那という呼称を定着させたい」と語ったのが印象に残った。遠藤浩一・小山和伸・伊藤瑞叡の三氏が祝辞を述べた。西村真悟氏の音頭で乾杯を行い盛宴に移った。最後に相沢宏明会長が謝辞を述べた。会いたいと思っていた同志・友人に数多く会うことができた。

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挨拶する大原康男氏

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挨拶する藤本隆之社長

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謝辞を述べる相沢宏明会長

帰宅後は、原稿執筆。

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