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2013年1月11日 (金)

『古今独歩・出口王仁三郎とその一門の作品展』

本日参観した『古今独歩・出口王仁三郎とその一門の作品展』は、大本教の教祖・出口王仁三郎氏とその家族の陶芸、書、絵画など芸術作品の展覧会である。数年前西新宿で開催された王仁三郎氏の作品展を参観したことがある。私が王仁三郎氏の作品を参観するのは今回が二度目である。今回この展覧会が開かれていること知らなかったが、友人の荒岩宏奨氏のフェイスブックによって知ることができた。荒岩氏に感謝する。

出口王仁三郎氏は、「芸術は宗教の母なり」と言って、終生、盛んに創作活動を行った。出口氏は、「天地間の森羅万象は、いずれも皆、神の芸術的産物である。この大芸術者、すなわち造物主の内面的真態に触れ、神と共に悦楽し、神と共に生き、神と共に動かんとするのが、真の宗教でなければならぬ」(『霊界物語』)と説いた。

最初に出口なお刀自(大本教開祖)のいわゆる「お筆先」を見た。実物を見るのは初めてである。文字が書けなかった女性が、明治時代に神がかりして自動書記的に書いたものである。その量は半紙二十万枚に及ぶという。その最初の文句は「三千世界一度に開く梅の花。艮の金神の世になりたぞよ」である。

王仁三郎氏の陶芸作品は、出獄後の昭和十九年から逝去する昭和二十三年まで、約三千点造られたという。楽焼と言われるものである。私はこれまで色々な美術展で、陶芸作品を鑑賞したが、茶道に用いられる茶碗は、「わび・さび」と言われるように、色彩はあまり施されず、地味なものばかりであった。しかし、王仁三郎氏の作品は、えんじ色・黄色・赤・緑などの明るい色彩がほどこされ、まことに明るいものである。光り輝いて見えた。

作品がつくられたのは終戦直後の混乱期であり、王仁三郎氏の人生においても、永い拘禁生活は終えたが、自身は獄中で拷問を受け、また年齢も七十歳を超えていたので、身体が衰えていた時期である。大本教団も徹底した弾圧のために疲弊していた時期である。そうした時期なのにこのような明るく輝くような作品を創作したということに驚くほかはない。陶芸評論家の加藤木義一郎氏によって「耀盌」と名付けられたのも納得できる。私には、「如意」「笑い梅」「瑞垣」「みろく」という作品が見事に思えた。

墨書・水墨画も、言うに言えない力強さと共に、ゆかしさを感じさせる作品であった。

出口王仁三郎氏夫人の出口澄子さん、息女の出口直日さん、娘婿の出口日出麿氏、お孫さんの出口聖子、曾孫さんの出口紅さんの作品も展示されていた。日出麿氏の「天祥地瑞」という書がとりわけ印象に残った。

大本教は、昭和以後の新宗教に大きな影響を与えた教団である。生長の家、世界救世教など、大本教出身者が教祖となった教団は数多い。現代日本における新宗教、新新宗教は、日蓮系か大本系の二つが大きな流れになっていると言っても過言ではない。また昭和維新運動においても大きな位置を占めた。先日も書いたが、大本について、これからもっと勉強したいと思っている。

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