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2013年1月31日 (木)

『日本の司法を正す会』におけ講演内容

『日本の司法を正す会』における講演内容

清武英利氏(元読売巨人軍球団代表)「二〇一一年十一月、巨人軍のコーチ人事がすでに確定した。ナベツネはそれをひっくり返した。これは『ナベツネの乱』であって『清武の乱』ではない。渡部は『分かった』と言っていたのに、突然『聞いていない』と言い出した。渡邉氏には何度も話したが聞いていただけなかった。讀賣から多くの訴訟を起こされている。『司法は信じたいが、信じられるのかなあ』という気持ちもある。巨大メディアの多くの記者の良心に訴えたい。

讀賣の社会部記者が私のネタ元捜しをしている。社会部の昔の仲間がKGBみたいなことをしているのは情けない。渡邉氏はかつて讀賣の社報で『新聞は特定の人物の私有物ではない。公私混同は許されない』と言って正力批判を行った。しかし、私と話し合った時、『俺は独裁者だ』と言った。マスコミは特権を持っているから自制が必要」。

青木理氏「清武さんが声をあげたことに感動した」。

村上正邦氏「渡邉氏は森喜朗氏にある問題で『一千万読者を持つ讀賣を敵に回すのか』と脅した。森氏は『やれるものならやってみろ』と反論した。渡邉氏は千鳥ヶ淵のマンションに住んでいる。野村克也・沙知代夫妻がそのマンションに入居しようと思って見に行った時、渡部氏も来ていた。渡部氏はマンション会社に『あれが入るのなら私は入らない』と言った。野村氏夫妻は入居を断られたという。清武氏は讀賣が作った土俵でつぶされる。渡邉氏は自動車のナンバーの事で警視庁から便宜を計ってもらった」。

          ○

私は以前から渡邉恒雄氏が嫌いである。元日本共産党員であり、左翼革命運動に挺身していたにもかかわらず、大学を出て讀賣に入ると転向し、自民党実力者や当時のフィクサーと言われた人に取り入り、その手先となって動いた。思想なんてどうでもいい、己の出世が大事ということか。どうもいかがわしい人物だ。

共産党から転向したというのだから、保守思想に目覚めたかと思っていたらそうではなく、渡邉恒雄氏は靖國神社に昭和殉難者が合祀されていることを執拗に批判している。さらに、「讀賣憲法試案」では「第一章」を「天皇条項」ではなく「国民主権」とした。これでは「第一章」を「天皇条項」にしている『現行占領憲法』の方がましである。

テレビで見る渡邉氏は、傲慢不遜を絵に描いたような人物のように見える。私は、昭和四十年代後半だったと思うが、中曽根派(当時は新政同志会と言ったと思う)の研修会を取材したことがある。その時、講師として講演したのがまだ若かった渡邉恒雄氏であった。渡邉氏が講演を終えた後、渡部ミッチーに舌を出して笑っていた。何ともおかしな人物と思った。

その研修会では、山中貞則氏の姿を見たが、この人も傲慢不遜の見本のような人物だった。他の議員が深くお辞儀しても頭を縦に振るだけだった。ずっと後の事だが、あるパーティーで当時官房長官か幹事長だった梶山静六氏が最敬礼しても山中氏は首を縦に振るだけだった。しかし山中氏には何となく好感が持てた。

「一千万読者を持つ讀賣を敵に回すのか」などと言った渡邉氏のセリフは、恐喝新聞の社長のセリフだ。前にも書いたが、讀賣というのは正力松太郎氏以来、ワンマン経営であり、しかも権力との癒着が露骨な新聞である。ある民族運動家が、渡邉恒雄氏を批判する街宣活動を行ったところ、別件逮捕されたという話もある。正力松太郎は警察官僚であったためでもあろうが、讀賣は特に警察とは近い。また渡邊氏とは盟友関係にあるという中曽根元総理も警察官僚出身である。

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