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2013年1月24日 (木)

国会議員会館について

平成二十二年七月十六日に書いた拙文です。昨日議員会館に行ってあらめて実感しましたので再掲載します。

国会議員会館の新築について

議員会館には、比較的よく行く方なのであるが、たしかにこれまでの会館の議員の部屋は狭かった。来客の多い議員の場合、お客が立て込んでくると、部屋があふれかえって廊下で待つような状態になることもあった。また建物も古くなっていた。

ということで建て替えたのだが、今度は豪華絢爛たる建物になっている。マスコミは『贅沢過ぎる』という批判をしていたが、出来あがってからそんなことを言っても遅い。もっと早くからどういう建物を建てるのか報道すべきであった。

議員会館は、議員たちがお金を出し合って建てるのではない。国家予算で建てるのである。建てる前に国民に対して詳しい説明をすべきである。それこそ適切な『情報開示』を行って、国民の了解を得るのが筋であろう。ところがそういうとは一切しない。衆参両院の議院運営委員会などで、決めてさっさと建ててしまった。

こういうことには、庶民の味方を標榜し何でも文句をつける公明党・社民党・共産党も反対しない。まことにおかしい。民主党は、どれほど有効なのかは知らないが、「仕分け」とか言って国家予算の無駄遣いとかを追及し削減させている。衆参両院及び議員自身の無駄遣いというか、支出についても厳しい仕分けをすべきではないのか。

今度議員会館に行ったときに、隅々まで調べようかとも思うが、『訪問する議員の部屋以外には行くな』というような張り紙があるのでそれもできないかもしれない。以前、自民党本部に何かの問題で抗議に行った帰りに、知り合いの議員の事務所を訪問したら、私が訪問を終えて出て来るまで、外で警備関係者が待っていた。

議員宿舎とか公務員宿舎とか言っているが、赤坂・麹町・番町・隼町など都心の一等地の豪華マンションである。とても『宿舎』などという代物ではない。三上卓先生の『昭和維新の歌』の一節「栄華を誇る塵の世に 誰が高楼の眺めぞや」を想起する。こんなことを書くと貧乏人のひがみ根性といわれるかもしれないが、敢えて書いた。

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