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2013年1月14日 (月)

大和心・大和魂の回復

 『萬葉集』に収められている大伴家持の長歌に、「海ゆかば 水づく屍 山ゆかば 草むす屍 大君の 辺にこそ死なめ 顧みはせじ」という句がある。

 大君の御為に自らの命を捧げることを最高の名誉とするというのが日本武士道精神なのである。この精神こそが大和魂であり、「朝日ににほふやまざくら」が潔く散っていく姿そのものなのである。

武士道精神は禅や儒教から生まれたのではないし、近世の武家社会から発したのでもない。いわんや近代日本において強制された観念でもない。古事記・萬葉の昔から継承されてきた精神である。大和魂・大和心は戦闘者の精神・武士の心・軍人精神・維新者の根幹となる心なのである。

内憂外患交々来たるといった状況にある今日こそ、大和心・大和魂を回復することが求められている。日本は今日、中華帝國主義、南北朝鮮の圧迫・攻撃に危機にさらされている。ロシアには領土を奪取され資源を奪われ漁民を殺されている。

今こそ日本國民全体がナショナリズム・愛國心・大和魂を発揮して國難に当たるべき時である。日本民族の真のナショナリズムは日本民族の本来的な清明心・尊皇精神に立脚した大和魂でなければならない。

「個の確立」という言葉があるがそれは有り体に言えば、「自分さえ良ければいい」という考え方である。これは、<滅公奉私>の心といってよい。戦後日本では、こういう考え方が正しいとされて来た。

 

戦後日本で言われ続けて来た「個の確立」「主体性の確立」は<戦後民主主義>の精神的支柱であるが、「個」や「自我」というものを如何にとらえるかが大事である。正しき人間観・國家観の確立なくして、正しき「個の確立」も「主体性の確立」もあり得ない。道義精神なき「個の確立」は欲望民主主義に陥り、正しき國家観なき「個の確立」は利己主義となる。それが今日の日本の姿である。

 戦後日本は「愛國心」とか「國家への忠誠」ということを「悪」として否定して来た。「みんなのため」とか「國のため」という意識が希薄になっている。ここに今日の混迷の根本原因がある。

 戦前の日本には、『教育勅語』に集約される正しき道義観があったし、「忠君愛國」「敬神崇祖」という正しき信仰精神があった。神風特別攻撃隊の『散華の美』、楠正成の『七生報国の精神』、萬葉人の「大君の辺にこそ死なめ顧みはせじ」という決意を、今日において回復することが求められている。

 

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