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2013年1月 3日 (木)

新年参賀をさせていただいて思ふ

十代の頃から新年皇居参賀をさせて頂いている。五十年以上一回も欠かしたことはない。私の記憶に間違ひがなければ、ただの一回も本格的な雨が降ったことはない。曇り空や小雨がぱらついたことはあったが、傘をさして参賀させていただいたことはない。今日も晴れわたる大空の太陽が燦々と照り輝いてゐた。そして日の御子であらせられる天皇陛下がお出ましになり、有難いお言葉を賜った。

『萬葉集』の代表歌人・柿本人麻呂の次の歌をのこしてゐる。

大君は 神にしませば 天雲の雷の上に いほらせるかも

 「大君は神であられるので、天雲の雷の上に仮の廬を結んでおられることだ」というほどの意である。持統天皇が雷の丘にお出ましになった時に、人麻呂が現御神信仰を高らかにうたいあげた歌である。

 「いほらせるかも」とは、直訳すれば「仮の庵を結ぶ」意であるが、この歌の場合は、天皇が祭り主として聖なる神の山・雷の丘で國見をされ祭事を齋行されることを言ふ。つまり、「いほり」とは「齋」(いつき・斎戒<心身を清めて言行・飲食などの行為をつつしむこと>して神をまつること)の意味である。

「國見」とは、天皇が國土を眺望され國土の繁栄と五穀の豊饒を祈る祭祀儀礼であり、天皇が國見をされることにより國土は新生する。古代人にとって「見る」とは魂の結合を意味した。

この歌は、「聖なる山の上でまつりごとをされる天皇は、この世における神であられ、あらゆる神霊を従へたまふ御稜威(神聖なる霊的威力)輝く御存在である」といふ現御神信仰即ち天皇信仰を歌ってゐる。この信仰は人麻呂個人のものではなく、萬葉人即ち古代日本人に共通する信仰であった。

 

天皇を「日の御子」「天津日嗣日本天皇」と申し上げるのは、天皇が日の神の御神威を継承して日本國を統治されるお方であるといふことである。天皇は、血統上は先帝から今上天皇が皇位を継承するのであるが、信仰上は御歴代の天皇お一方お一方が天照大神の「生みの御子」であらせられる。皇祖・天照大神との御関係は、邇邇藝命・神武天皇・今上天皇も同一である。これを「歴聖一如」と申し上げる。

神々の中で最尊・最貴の神と仰がれる天照大神の御子であられる日本天皇は、雨の神・雷神などの自然神を従へられる御存在であるといふのが萬葉人以来の日本人の信仰である。

昭和天皇は、昭和三十五年に、

さしのぼる 朝日の光り へだてなく 世を照らさ むぞ わがねがひなる

と歌はれ、同三十四年には

 

あなうれし 神のみ前に 日の御子の いもせの契 り 結ぶこの朝

と詠ませられてゐる。この二首の御製は天皇および皇太子は「天照大神の生みの子」即ち「日の御子」であるといふ御自覚を歌はれてゐるのである。

これらの御製を拝すれば、昭和天皇が「昭和二十一年元旦の詔書」においていはゆる「神格」を否定され「人間宣言」をされたなどといふ説が大きな誤りであることが分かる。

天長節・新年の皇居参賀など様々な行事の時も、そして地方行幸にお出ましの時にも、外國御訪問の時にも必ずと言っていいほど、好天に恵まれる。これは人麻呂が歌った通り、天皇が自然神を支配し且つ自然神が天皇に奉仕している証拠である。天皇が現御神であらせられるといふことは古代日本人がつくりあげた「虚構」ではなく、今日唯今においても「生きた真実」なのである。

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