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2013年1月 2日 (水)

大伴家持の新年を寿ぐ歌

新年を寿ぐ代表的な「やまと歌」は大伴家持の次の歌である。

 三年春正月、因幡國の廳(まつりごとどころ)に、国郡の司等に饗(あ へ)を賜へる宴の歌一首

                     

新しき 年の始の 初春の 今日ふる雪の いや重()け吉事(よごと)                    

                    

 大伴家持が四十二歳の時の賀歌(お祝いの歌)で、『萬葉集』最後の歌である。天平宝字三年(七五九)の正月(太陽暦では二月二日)、因幡の國(鳥取県東部)の國廳(行政を扱う役所)で、因幡守(今日の県知事)であった家持が、恒例により郡長などの部下に正月の宴を与へた時に詠んだ歌。

 「いや重け吉事」の「重け」はあとからあとから絶える事なく続くこと。「新しい年のはじめの初春の今日降る雪の積もるやうに良きことが積もれよ」といふほどの意。

 元旦に雪が降るのは瑞兆で、その年は豊作であるといはれてゐた。しんしんと雪が降り積もるやうにめでたきことも重なれよといふ願望を歌った。雪の降る眼前の光景を見て歌った平明で清潔で堂々たる『萬葉集』の掉尾を飾るに最も相応しい名歌である。

 家持と同族であった大伴古慈悲とか大伴古麻呂という人たちは、称徳天皇の寵を得て専横をきはめてゐた藤原仲麻呂打倒の動きに関ってみんな粛清されてしまった。そして直接クーデター計画に関はらなかった家持も因幡國に左遷されたのである。

 さういふ状況下にあっても、家持は、年の初めにかういふめでたい歌を詠んだ。「言事不二」といふ言葉がある。「言葉と事実と一致する、言葉と事実は二つではない一つである」「言葉に出したことは実現する」といふ意味である。聖書にも「言葉は神なりき。よろずものこれによりて成る」と書かれてゐる。家持が、「いや重け吉事」と歌ったのは、めでたい言葉を発することによって吉事が本当に事実として実現すると信じたのである。

 そして、『萬葉集』の最後の歌にこれを収め、一大歌集の締めくくりにした。国が混乱し、世の有様は悲痛であり慟哭すべきものであっても、また自分の一族が危機に瀕してゐても、否、だからこそ、天皇国日本の国の伝統を愛し讃へ、日本の国の永遠の栄えと安泰を祈る心の表白である。

 また、『萬葉集』編者(家持自身かもしれない)は、祝言性豊かなこの歌を全巻の最後に置き、『萬葉集』を萬世の後まで伝へやうとする志を込めたと思はれる。我々は『萬葉集』という名称に、無限の力と祈りとを実感するのである。

 ともかくこの歌は、わが国の数多い和歌の中でもとりわけて尊くも意義深い歌である。

 家持は後に、都に戻り、参議兼東宮大夫、東北鎮撫の総帥持節征東将軍などを歴任し、延暦四年(七八五)、六十四歳でこの世を去ってゐる。

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