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2012年12月30日 (日)

言霊の復活が世の乱れを正す大いなる方途である

言葉のない生活は考えられない。言葉は、人と人とを結合させ人と人との間をつなぎ相互に理解を成立させるものである。言葉は、共同体において生活する人間が、お互ひに理解し合ふための表現形式である。

言葉は、人間生活そのものを体現する。人間が共に生活する共同体は基本的に言葉によって形成される。「言葉の乱れは世の乱れ」といはれる所以である。今の日本は乱れてゐる。乱世である。その原因は、言葉の乱れにあると考へる。

国家的危機に瀕してゐる今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言霊の力による国の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言霊の復興がなければならない。

情報とは言葉である。今の日本は情報・言葉は洪水のごとく氾濫し、濫用されてゐる。森本和夫氏は、「スターリンによって、『生産用具、たとえば機会と違わない』といわれた言語が、ますますその方向を突き進んで、いまや生産用具の主座にすわろうとしている。それこそ“情報社会″と呼ばれるものの意味であろう」(『沈黙の言語』)と論じてゐる。

言葉が意志伝達の手段としか考へられなくなり、人間が言葉への畏れを無くした時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社会である。

言葉への畏れを喪失するといふことは、言葉を単なる生産手段=機械と考えることである。「言葉は意志伝達の手段、人間の扱ふ道具だ」といふ観念が、国語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報伝達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いといふことになる。漢字制限はさういふ安易な便宜主義・目先の理由によって行はれた。

それは言霊の喪失である。現代ほど言霊が軽視されてゐる時代はない。現代日本においては、文藝においてすら言霊を喪失してゐる。

日本人の魂は、今、よすがなく彷徨っているやうに思へる。さまよへる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言霊の復活が大切である。それは、言霊が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせる「やまとうた」の復活によって実現する。

今日において、まさに、「国風文化」が復興しなければならない。大化改新といふ大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の国風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたやうに、畏れ多いが、国難に晒されてゐる今日においても、偉大なる「勅撰和歌集」が撰進されるべきであると信ずる。それが言霊の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

日本天皇を「すめらみこと」と申し上げる。「すめらみこと」とは、天つ神の「みことのり」「神勅」を地上において実現される最高に尊いお方といふ意味である。日本の「言葉」で最も大切な言葉は、天皇の「みことのり」(詔勅)である。「詔を承りては、必ず謹む」精神即ち「承詔必謹」が日本国民の最高絶対の道義精神であり、国家永遠の隆昌の基本である。

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