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2012年12月15日 (土)

山崎拓氏の講演内容

『新しい憲法をつくる研究会』における山崎拓元自民党副総裁の講演内容は次の通り。

「第三十二回総選挙で初挑戦。落選した。昭和四十七年の第三十三回総選挙で初当選。同期当選は三十六人。YKKがいた。今回初めて立候補しなかった。いささかさみしさを感じている。同期で今回も立ったのは加藤紘一と野田毅。心から勝利を祈る。彼らが現役として残るのは大切。充分な政治経験を踏まえた判断が必要。それがないために未熟な国政運営になっている。福田・中川・渡部・大野という大ベテランが一斉に政界を去ることになった。自民党は、百議席回復が確実。新人が多くなる。自民党も小泉チルドレン時代今の民主党みたいに政治家として未熟な人が入って来て判断の的確さが欠けるようになった。世襲姿勢を民主党から出されているのはあながち間違いではない。鍛え直すことが必要。

自由党と民主党が合併した立役者の裏の顔は三木武吉。表の顔は鳩山一郎と緒方竹虎先生。緒方先生は小中学校と大学の先輩。昭和三十年、緒方先生が福岡県立修猷館高校の同窓会に来られて講演された。私は昭和三十年三月に卒業していたので記録したものを入手して拝読した。自主憲法制定を強く訴えられた。借り物の憲法では真の独立は得られないと力説された。自民党総裁代行委員になられた。品川の御殿山に私の父が家を借りていた。私は高校時代から柔道部。大学でも柔道部。三十一年一月二十八日に緒方竹虎先生は亡くなられた。父と一緒に御殿山から五反田の緒方先生の自宅に坂道を下って行った。緒方先生は箱根で亡くなられたので、まだご遺体は五反田に戻って来ていなかった。到着を待って焼香させていただいた。

私の父親も緒方先生も玄洋社という政治結社に関係していた。頭山満氏が指導者。黒田藩旧藩士によって構成。明治十三年に結成。私の祖父が玄洋社に入っていた。父も、中野正剛・緒方竹虎・広田弘毅という玄洋社関係の人々の驥尾に付すようにしていた。緒方先生と知己を得ていた。私の父母両方の家系は炭鉱屋。祖父は玄洋社でテロリスト的なことをした。未成年だった。皇居から三里外追放になった。故郷で柔道の先生をした。頭山満先生から炭鉱をやれと言われ玄洋社の資金を作った。

エネルギー革命で石炭は石油によって追放された。私は炭鉱の後始末をやらなければならなくなった。ブリヂストンを退社し、祖父の炭鉱の閉山の後始末に従事した。そして石油問題に関心を持ち、政治家になってからエネルギー問題をライフワークにして取り組んだ。初当選したら、私が当時支持していた中曽根康弘先生が田中内閣で通産大臣になった。当時日本は、中東からの石油に八割依存していた。中曽根先生は、一年生代議士だった私を呼んで、『サウジアラビア・アラブ首長国連邦・イラン・クウェートと政治的パイプを通せ』と指令された。そして日本アラブ友好議員連盟をつくった。木部佳昭氏が幹事長になり、私が事務局長になった。安倍晋太郎・竹下登両氏も参加した。木部氏を団長にしてアラブに行った。アラブには議会らしい議会が無いから友好議員連盟をつくること自体無理だった。アラビア語も通じない。相手は眼だけが出た服装なのでやりにくかった。親しくなるように努力した。アラブは禁酒禁煙。リヤドに滞在した。日本大使公邸は治外法権なので酒が呑めた。一九七三年六月七日、石油産油国連盟は七〇%の石油値上げを決めたというニュースが流れた。原油は戦略商品として操られた。第四次中東戦争が始まった。イスラエルが勝利した。アラブ側はイスラエルの味方する国には石油を売らないと決めた。

私は通産政務次官になりたいと手を挙げた。中曽根氏の裁定で野田毅氏が通産政務次官になり、私は防衛政務次官になった。私は猛烈にごねたが、中曽根氏から『外交安保が分からない総理は駄目。防衛政務次官になれ』と言われた。泣く泣く防衛政務次官になったが、やっているうちに面白くなった。各地の自衛隊基地で大将の礼遇をされていい気持ちになった。大村襄治先生が大臣だった。大村先生は胃潰瘍で手術されたので、私が代理で国会答弁をした。訓練になった。中曽根内閣で官房副長官になった。私の主たる経歴は党務。党の主要役職は殆どやった。勲章授与で党務は評価されない。官尊民卑。

今、第二の冷戦構造なっている。中国は海洋郷国を唱えている。南沙・西沙の第一列島線を越えて第二列島線まで出て来ている。グァム・フィリッピンに抜ける線まで中国海軍が進出。その途中に尖閣がある。尖閣問題は海保でやるべきであり、自衛隊を出すべきではない。中国も軍は出ていない。軍事衝突は戦争になる。侵略は断固として阻止する。中国には二万社の日本企業があり、十三万人の日本人がいる。これを守ることを考えるべし。内政は大混乱に陥っている。安定のために英知を働かせるべし。外交と安保は一体である」。

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