« 大東亜戦争について | トップページ | 『故黄昭堂主席を偲ぶ会』における登壇者の発言 »

2012年12月 9日 (日)

千駄木庵日乗十二月八日

朝は、母のお世話。母は今日から週一回のデイサービスに行くことになった。見送る。

午後は、原稿執筆。

午後五時より、歌舞伎町の「花の舞」にて、『民族革新会議憶年の集い』開催。犬塚博英議長が挨拶。阿形充規氏の音頭で杯をあげた。多くの同志が参集し、有意義にして楽しい宴となった。蜷川正大氏の音頭で手締めを行い、散会した。久しぶりに歌舞伎町を歩いたが、若者が数多くたむろしていた。街の雰囲気はだいぶ変わったようだ。大久保病院も、歌舞伎町交番も新しくなっていた。昔よく新国劇を見に来たコマ劇場は姿を消していた。客引きが多かったが、何故か私には声をかけなかった。昭和四十年代は、歌舞伎町二丁目は、大久保という町名で、まだ住宅が多く残っていた。

帰宅後は、原稿執筆・資料の整理。母が、無事帰宅し、元気だったので安心する。お世話になってた介護担当者の方、そしてデイサービス担当者の方に感謝する。

|

« 大東亜戦争について | トップページ | 『故黄昭堂主席を偲ぶ会』における登壇者の発言 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/56281417

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗十二月八日:

« 大東亜戦争について | トップページ | 『故黄昭堂主席を偲ぶ会』における登壇者の発言 »