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2012年12月21日 (金)

維新の原義と『日本維新の会』

今回の選挙で「日本維新の会」が、五十四議席を獲得した。「維新」という名称を付けた政党が国政の場に登場したの初めてのことだと思う。「維新」とは一体どういうことなのかを改めて考えなければならないと思う。

「維新」という言葉の出典は、『詩経』(支那最古の詩篇)の「大雅・文王篇」の一節である「周雖旧邦 其命維新(周は旧邦なりと雖も、その命これ新たなり)」である。わが国において「維新」という言葉が用いられたのは、天保元年(1830)、水戸藩藤田東湖藩政改革への決意を述べる際に、『詩経』の「維新」という言葉を引用して用いたのが最古とされている。この文章が何と言う名前なのかまだ小生には分からない。

支那は易姓革命を繰り返して来た國であり、「命を新たにする」とは、それまでの王朝を打倒し、新たなる王朝を立てる意味である。しかし、わが国の維新変革は、大化改新・明治維新の歴史を見て明らかな如く、日本天皇を祭祀父主・君主と仰ぐ國體の眞姿を開顕し回復すること現状変革であった。支那の「維新」「革命」と日本の「維新」とは全く異なる。「日本には維新はあっても、革命の歴史は無い」とよくいわれる。この場合の「維新」とは「天命を新たにする」という思想は排除する。

藤田東湖先生の原典を讀んでいないので、私の推測なのであるが、藤田東湖は、「周は旧邦なりといへども」という言葉を重んじたのではないだろうか。即ち、藤田東湖は、わが日本は、萬世一系の天皇が統治したまえる無窮の歴史を有する国であり、その眞姿・本姿を開顕することが現状の革命になると考えられたのではなかろうか。

ともかく、わが国における「維新」とは「尊皇精神「國體明徴」がその基本になければならない。ところが残念なことに「日本維新の会」の「維新八策」にも、その他の政策にも、「天皇皇室」「日本の伝統」について全く触れられていない。これでは困る。

しかし、国会議員団代表の平沼赳夫氏、そして今回当選された西村眞悟・三宅博・中山成彬の各氏ら、そして参院議員の中山恭子氏は、間違いなく尊皇愛国の政治家である。こうした方々が「日本維新の会」で大いに力を発揮され、「日本維新の会」が、尊皇愛国・尊皇攘夷を基本理念する真の維新政党となるようにることを強く希望する。

現状(戦後体制と言ってもいい)を保守するのではなく、國體を護持し眞姿を開顕するという意味の「真正保守」という言葉があるのと同じように、これからは、ただ今日の政治体制・社会体制を変革するのではなく、天皇中心の國體を明らかにすることによって戦後体制を打倒し現状を変革するという「真正維新」という言葉が使われるようになるのではなかろうか。

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