« 「神道指令」について | トップページ | 千駄木庵日乗十二月八日 »

2012年12月 8日 (土)

大東亜戦争について

 わが國による朝鮮統治そして満洲建國そしてそれに続く支那事変をわが國による侵略であり植民地支配であるという批判がある。しかし、アジアの一角にある日本が、欧米列強の侵略から自らを守り、独立を維持していくために、朝鮮半島や満洲や支那に進出することは当然のことであった。

 日本には新しい領土はあったが植民地は無かった。明治二十八年、『下関条約』で台湾は日本に帰属し、明治四十三年、『日韓併合条約』で韓國は日本の領土になったのである。侵略し奪い取ったのではない。

 また、当時の支那や満洲や朝鮮は、今日的意味における独立主権國家ではなかった。支那や満洲やそれぞれロシア・イギリス・フランスなどの半植民地的状況にあった。朝鮮半島は支那の半植民地・属國であったし、ロシアの南下侵略の危険に晒されていた。

 日本が、支那・満洲・朝鮮のそうした状況をそのままにしておいたら、遠からず日本の独立が奪われる危険性あった。だからそれらの地域に日本は進出したのである。また。それらの地域が独立主権國家として正常に機能していればわが國が進出する必要もなかったのである。

 日本が朝鮮半島・満洲・支那大陸に進出したのは、奪い尽くし、侵し尽くし、焼き尽くすためではなかった。日本統治下にあった朝鮮・台湾そして日本の強力な指導の下に國造りを行った旧満洲國は、急速に近代化を遂げ、社会資本を充実させ発展した。

 日本は、満洲國に五族が協和する王道樂土を建設し、そこに理想國の見本をつくって、王道樂土を支那全土に及ぼそうとしたのである。日本國は決して満洲をを奪うためではなく、ただ、隣接大陸に理想の國をつくることに協力したのである。そして、その資源開發に技術を提供したのである。

 

また、「支那事変は日本による『中國侵略』である」という意見が根強い。しかし、蘆溝橋事件は支那側の発砲であったというのは通説であるし、事件勃発後の日本は隠忍自重し不拡大方針をとった。ところが、米英ソの支援を受ける蒋介石政権はソ連および毛沢東軍の謀略に乗せられて、共産勢力と手を組み和平の道を閉ざした。アジア諸地域における植民地支配体制を存続させ、日本を滅ぼそうとする米英ソの軍事的経済的支援を受けた國民党軍および毛沢東軍と日本が戦ったのは当然である。

 わが國は支那事変早期解決に努力を傾注したが、米英の援蒋行為と対日経済制裁で窮地である。何もわが國のみが加害者意識に苛まれる必要はないのである。日本はアジアの解放者だったのであって、加害者ではなかったのである。

戦争については國家意思が何処にあったかで判断すべきである。『開戦の詔書』には『自存自衛』『東亜の安定の確保』『世界の平和に寄与』『萬邦共栄の楽を偕にする』と示されている。白色人種の植民地だった東亜の解放が戦争目的だったのである。我ら日本人は、日本が白人優位の世界秩序を変えたことを誇りに思わなければならない。

|

« 「神道指令」について | トップページ | 千駄木庵日乗十二月八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/56276118

この記事へのトラックバック一覧です: 大東亜戦争について:

« 「神道指令」について | トップページ | 千駄木庵日乗十二月八日 »