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2012年11月26日 (月)

ますらをぶりと剣

「三種の神器」は、皇霊が憑依(のりうつること)すると信じられ、日本天皇の国家統治言い換えれば日本民族の指導精神の象徴である。玉は「和・農業・妙なること・豊かさの精神・幸御魂・海洋文化」、「剣」は「武・軍事・たけきこと・克己心・荒御魂・鉄器文化」の精神、「鏡」は「澄・祭祀・明らかなること・美意識・和御魂・太陽崇拝」の精神という。知(鏡)・仁(玉)・勇(剣)とも解釈される。これは別々の観念として伝えられているのではなく、三位一体(三つのものが本質において一つのものであること。また、三者が(心を合わせて)一体になること)の観念である。

ますらをぶりと剣とは関係が深い。剣は殺傷(人斬り包丁)の武器ではない。日本刀=剣は製作過程からして既に神道祭式の宗教儀式になっている。刀鍛冶は職人にして単なる職人ではなく、朝から斎戒(神仏に祈ったり、神事、仏事の際に身を清めること。(神仏に祈ったり、神聖な仕事に従ったりする場合に)飲食や行動を慎んで、心身を清めること。)沐浴(神仏に祈願するとき、冷水を浴びて心身を清浄にすること。髪・体を洗い清めること。水浴。ゆあみ)して仕事(これも仕えまつるということ)にかかる。仕事場に榊を立て、しめ縄を張り巡らせて、その中で仕事をする。

剣の製作は、神の魂が籠るものを作るのであるから神事であるのは当然である。武器が、倫理精神の象徴・神社における礼拝の対象となっているのである。「刀は忠義と名誉の象徴」「刀は武士の魂」として大切にされたのもその根源はこうした信仰にある。

日本武尊御歌

「孃女(おとめ)の 床の辺(へ)に 吾置きし つるぎの大刀 その大刀はや」(乙女の床のそばに私の置いてきた太刀、あの太刀よ)

 日本武尊は、景行天皇のご命令により九州の熊襲建を平定して大和に帰るが、さらに東国平定を命令され、それを終えた帰りに、尾張で結ばれた美夜受姫(みやずひめ)に、叔母君であった倭姫命から授けられた草薙の劔を預け出発した。熊煩野(三重県亀山市という)というところで急病になった時の辞世の御歌である。

愛する美夜受姫に預けた守護霊たる神剣から離れていく自分の命を見つめながら歌った哀切極まりない絶唱。慎みの欠如・傲慢さから剣を置いて素手でも勝てるといって出発したのが間違いのもとという神話伝説である。乙女への愛と武の心が渾然一体となっている。そしてその奥に天皇のへの戀闕の心がある。日本武尊の悲劇の根本にあるのは、武人の悲劇である。神との同居を失い、神を畏れなくなった日、神を失って行く一時期の悲劇である。

この歌には、恋愛詩と英雄詩が一つに結合融和して現れている。この精神こそ「戦いにも強く、恋にも強い」大和民族の原質的民族性で、大和奈良時代以降における日本武士道の本源となっている。これを「剣魂歌心」という。日本武尊は、上代日本の武人の典型であると共に詩人の典型であらせられた。日本の英雄は歌を愛した。ますらをぶりは優美さといったいである。

 

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