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2012年11月 3日 (土)

日本人の桜の花を好む心と七生報國の精神

 日本人は穢れを嫌うということは、清らかさを好むということであり、美しさを好むということである。しかし、日本人はただ単に感覚的に美しいものを好むのではない。日本人の「美を好む心」は一種の厳粛さ・神々しさを伴う。古代日本人にとって、桜の花に限らずすべての花や草木は宗教的・神秘的存在であった。

「花」(ハナ)の語源は、端(ハナ)即ち、物の突き出した所、はし(端)であると共に、幣(ハタ)・旗(ハタ)であったという。「幣」とは、神に祈る時に捧げ、また祓いに使う、紙・麻などを切って垂らしたもので、幣帛(へいはく)・御幣(ごへい) とも言う。日本人は、桜の花を素直に美しく感ずる思いと共に、桜の花にある神秘性・神々しさというものに畏敬の念を持った。

日本の伝統的な行事である「お花見」の起源は、生命の盛りである花の下に人間が入ることによって、花の精気が人間に移り、自分自身の生命を豊かにするという信仰である。

日本人は、桜に滅びの美しさ・潔さを見た。桜はすぐに散ってしまうから、人はなおさらその美しさを感ずるのである。桜が咲いている姿にすぐに散ってしまう影を感じる。桜は、「三日見ぬ間の桜かな」という言葉があるように他の花々よりも咲いている時間が非常に短い。また、雨や風に当たればすぐに散ってしまう。日本人はそういう桜花の「潔さ」をとりわけ好む。これを「散華の美」という。日本人は桜花の「潔さ」「散華の美」を好んだ。

日本人は、未練がましく現世の命に恋々としないという精神を抱いている。こうした心は、「七生報國」の楠公精神そして大東亜戦争における「散華の精神」に継承されてゆく。

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