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2012年11月13日 (火)

『現行憲法』の思想的・精神的欠陥

日本人は、「無私の精神」「無我」と言ふことを大切にしてきた。小林秀雄氏に『無私の精神』といふ著書があった。生長の家の谷口雅春先生に「真の『愛』とは無私、無我になって相手に尽くすことだ」と教へられた。

愛の極致は「捨身無我」である。日本武尊と弟橘姫の物語などを見ると、本当にさう思ふ。国に対しても、上御一人に対しても、そして父母・子供と言った家族に対しても「捨身無我」になって尽くすことが「愛」である。「すめらみくにのもののふはいかなることをかつとむべき、ただ身に持てるまごころを君と親とに尽くすまで」という歌がある。「まことをつくす」ことが捨身無我なのであらう。これが日本精神である。

大野健雄氏(元宮内庁総務課長)はその著書『天皇のまつり』において、「本来日本語は美しいもので、『私は』『私に』などギスギスした一人称の字句を、いちいち用いなくとも自然に意の通ずるところに特徴がある。この憲法(註・現行憲法)の前文を見ると、『われらとわれらの子孫』から始まって『われら』だけでもこの短い文の中に七つもある。これが翻訳臭である」と論じてゐる。

西欧において理性的存在者たる自我を拡張し、或いは自我を実現することを根本と考へるのとは対照的に、わが國では『私』を去り『我』を無にすることを大切にしてゐる。天皇陛下は、日本民族の長い歴史の中で、清明心の根源、無我の体現者、日本人の『道』の中心者として君臨されてきた。これは、日本人だけでなく、全人類のかけがへのない宝である。

外国流・西洋流の個人主義・自我思想に満ちてゐる『現行憲法』は、闘争と破壊と分裂を招き、精神的・思想的に日本を劣化させ、堕落させてきた「悪の根源」なのである。

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