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2012年11月24日 (土)

愛国尊皇の心とやまと歌

幕末の動乱期に「尊皇攘夷」の戦いに挺身した人々の述志の歌はそれぞれに憂国の至情が表白され、「魂の訴え」という和歌の本質そのものの歌ばかりである。特に「君が代」「国」を思う心を直截に歌った歌を挙げさせていただく。

藤田東湖(水戸藩主徳川斉昭と肝胆相照らし熱烈な尊皇攘夷論を主張し尊攘運動に大きな影響を与えた)の歌。

かきくらすあめりかひとに天つ日のかがやく邦のてぶり見せばや

(心をかき乱すようなアメリカ人がやって来たが、天日が照り輝く日本の國風を見せてやればよい、という意)

 伴林光平(文久三年(一八六三)攘夷断行・天皇親政実現のために挙兵した天忠組に参加し敗れて刑死した)の歌。

君が代はいはほと共に動かねばくだけてか へれ沖つ白浪

 (天皇国日本は巌のように不動であるから  日本を侵略しようとする国々は沖の白波  のように砕けて帰ってしまえ、という意)

 梅田雲濱(若狭国小浜藩士。尊皇攘夷運動を行い安政の大獄で捕えられ獄死した)の獄中で病気になった時に詠んだ歌。

君が代を思ふ心のひとすぢに吾が身ありと はおもはざりけり

 吉田松陰は

討たれたるわれをあはれと見む人は君を崇めて夷攘へよ

と詠み、平野國臣は

君が代の安けかりせばかねてより身は花守となりけむものを

という歌をのこしている。

愛国尊皇の心を張りつめた精神で歌う時、やはり日本伝統の文学形式即ち和歌で表現されることが多かった。(漢詩にもすぐれたものもあるが)和歌が日本人の真心を表現するのに最も適した文芸であるからである。

今日の日本はまさしく亡国の危機に瀕している。今こそその危機を脱出する方途として、単に政治体制の革新のみではなく、国民精神の革新・日本の伝統精神の復興を期さなければならない。そしてその中核が祖国への愛・至尊への恋闕の思い歌いあげる和歌の復興なのである。

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