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2012年11月16日 (金)

この頃詠みし歌

三日月が夜空に浮かぶゆかしさを愛でつつ歩む千駄木の街

屋根の向かふに沈みゆくなる三日月を眺めつつ酔ひをさまさむとする

氣が付かぬふりして行きし知り人を遠く見送りさみしむ心

人工の灯りといへど青く光るスカイツリーは美しきかな

フランスよりの友の電話の声楽し 遥かなる國も隣室の如し

若き店主が明るき笑顔でものを作る様を見てゐれば心和むも

久しぶりに来たりし店のもつ焼きを頬張りにつつホッピーを呑む

政治家の責を問ふより國民として何を為すかを思はねばならず

政治的スローガンの如き歌詠むはあまり好まねど致し方なし

母のゐる部屋に生け花飾りたり一日を明るく過ごしたまへと(母は退院せり)

エレベーターを降りれば逢ひたき人と逢ふああこの偶然は神の恵みか

チャルメラの音聴こえ来ることなくなりて幾年経しかと思ふ秋の夜

朱色なる満月昇り来たりなば いにしへ人に心かよはす

静かなる夜の公園 黒々と木々立ちをりぬ幽り世の如く

目覚めればまだ夜は明けず夢の中の戦ひにわれは打ち勝ちたれど

降りそそぐ神の光りが我の身を包み清めることのうれしさ

日の光燦然として輝けば麗しきかな日の本の國

輝ける道にあらねどひたすらに生き来しといふ自負はありけり

酷使せしゆゑとぞ思ふわが眼 充血しゐるを鏡にて見る

鳩も鴉も少なくなりしわが街に秋の風吹き静かなるかな

秋深き夜にパソコンを操作して喪中の葉書をつくる悲しさ

栖鳳の描きし雀鳴き声が聞こえ来る如しその愛らしさ(『竹内栖鳳展』)

栖鳳が描きし湯上りの若き女(をみな) 恥じらひの表情を見せるゆかしさ()

一人身の人多く住むマンションに我も一人でもの書きてゐる

孤独死を恐れる心ややありて一人でシャワーを浴びてゐるなり

ますますに驕り高ぶる隣國を厭ひ嫌ひて日々過ごすなり

色づきし丘の林を眺めつつ四季のうつろひをしみじみ思ふ

夏の日に緑輝きし銀杏の葉色づきければ秋深みたり

何時も歩く街をデモ行進する時に旅人の如き心となりぬ

久しぶりにデモ行進に参加して道歩み行く秋の夕暮

秋雨が降り出でしたる夕つ方友らと叫ぶシュプレヒコール

その昔宮本顕治が住まひたる大き屋敷は跡形もなし

荷風筆の鷗外の詩碑を仰ぎたり夕闇せまる観潮楼址(森鷗外記念館)

藪下通り少し歩みてこの道を愛でし荷風散人を偲ぶ()

千駄木より馬に乗り陸軍省に通ひたる森鷗外の姿を偲ぶ()        

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