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2012年11月 1日 (木)

池田維氏(交流協会顧問・元交流協会台北事務所長)その(一)

十月二十七日に開催された『アジア問題懇話会』における池田維氏(交流協会顧問・元交流協会台北事務所長)の「日台断交四〇周年と今後の展望」と題する講演内容は次の通り。

「日本はこれまで尖閣について領土問題は存在せずと一貫して言ってきた。中国と台湾は一九七一年に自分たちの領土と主張し始めた。一九六八年頃、バンコックにある国連のエカフェ(アジア極東経済委員会)が海底調査の結果この地域に石油が豊富に埋蔵されていると報告すると、中国と台湾が領土権を主張し始めた。

わが国は一八八五年以降、十年間にわたる調査により、人は住んでいない事、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認の上、一八九五年一月に閣議決定して尖閣を我が国の領土に編入した。島に標識を立てた。『下関条約』による台湾・澎湖の割譲とは無関係。当時の国際ルールに基づいて先取した。『戦争で盗んだ』との中国の主張は全く嘘。

わが国による実効支配は一一七年前から行われている。鰹節工場が作られ二百人の人々が尖閣に住んだ。一九二〇年、尖閣の住民が遭難した中華民国漁民を助けたことへの中華民国長崎総領事の感謝状に『八重山郡尖閣』と明記されている。アメリカは一九七二年に沖縄をわが国に返還した時、尖閣を沖縄に一部として日本に返還した。

棚上げ論は日中間には無かった。田中角栄と周恩来が話し合った外交文書が公開された。田中の方から尖閣について水を向けたら、周恩来は『その事は話したくない。石油が出るから問題になった。話さないことにしよう』と言った。解決できないから将来に先送りしようという棚上げではない。一九七八年の『日中平和条約』の批准書交換の時、鄧小平はプレスクラブで、『尖閣問題は次の世代に任せたい』と発言。これに対して福田赳夫は答えなかった。棚上げで合意したことは一切ない。一九九二年、中国は国内法の『領海法』を一方的に作った。日本は抗議した。棚上げで日中が合意していたのなら、国内法で尖閣を中国領にしたのは論理矛盾。鄧小平来日の時は、米ソ対立の時代。中国はソ連と敵対関係にあった。

中国の学者は、明・清の時代に尖閣は中国のものと認識していたと言うが、冊封時代の考え方。力をつけると中華思想が出てきて、尖閣のそばを中国の船が通ったから、中国人が島の名前を付けたから、台風の時に一時避難としたから自分の領土と言い出す。台湾はフォルモサと言われるが、ポルトガル語である。名前を付けたから自国領という中国の主張が正しいのなら、台湾はポルトガル領になる。

一九五三年の『人民日報』、一九六〇年の中国の『世界地図』には、尖閣は日本領とはっきり書いてある。一九二〇年の長崎駐在の中華民国総領事が出した公文書が当時の中国の尖閣についての認識を示している。台湾総督府は尖閣を管轄下にせず、南西諸島と尖閣は沖縄県の管轄下に置いた。『日華平和条約』締結の時、尖閣問題は一切出ていない。

中国は台湾に共闘を呼び掛けている。台湾は今のところは中国とは連携しないと言っている。しかし、漁民のレベルでは違った反応がある。台湾にとって尖閣問題は漁業問題。台湾の東海岸の漁民が何処で漁をするかのもの問題。しかしここに中国が介入している。中国と大きな商売をしている台湾企業旺旺集団が台湾漁民を支援する。ガソリン代一千数百万円出した。台湾の与野党とも尖閣は台湾領と主張。馬英九はハーバード大学にいた時、尖閣問題について論文を書いた。

台湾船が日本の海保船と接触して沈没。台湾の一部メディアと一部の国会議員が感情的反応をした。私の三年半の台湾勤務で最も緊張した。賠償金を支払って円満に解決した。尖閣問題はかなり感情的問題として台湾に存在している。

日本の尖閣領有は明白。譲歩すべきところは無い。領土問題は足して二で割ることはできない。台湾には直接利害を持つ漁民の漁業問題あり。漁業問題としてうまく解決できれば、日台関係もうまくいく。中国の介入にも対処できる。十六回協議しても合意に達していない。日台双方が柔軟で妥協的精神でやらないと解決しない。中国では尖閣と絡めて経済文化交流に支障が出ているが、台湾では出ていない。

馬英九は『東シナ海平和イニシアチブ』を提唱し、資源の共同開発を提案し、緊張がエスカレートしない地域にしようと言ったのは評価できる。玄葉外相は,受け入れることが出来る点はあるという事を表明し、漁業交渉を呼びかけた。その翌日、台湾は『交渉をしよう』と回答して来た。尖閣海域では日本が台湾を統治していた時代にも台湾漁民が漁をしていた。どういう形で合意に持ち込むか難しいが、台湾と中国とは違っている。

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