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2012年10月 5日 (金)

伴林光平の辞世について

文久三年(一八六三)八月に起こった「天誅組の変」に参加し、義挙失敗の後、捕へられ、翌年二月、京都で斬首処刑されたで処刑された國学者・伴林光平は、

君が代は いはほと共に 動かねば くだけてかへれ 沖つしら浪

といふ歌を遺した。この歌は光平が生駒山中で捕らへられ、夜中、奈良奉行所に送られる途中での詠である。まさに絶望的状況の中で、絶対的なる國體への信を歌ったのである。今日において維新を目指す者も、如何なる國難の状況にならうとも、國體は盤石であるとの信念で戦ひ続けなければならない。

民族の歴史と傳統の精神を変革の原理とする日本の維新は、維新を志す者が、自らの精神と行動に、憧憬すべき時代の先人たちと同じ決意と歓喜と行動の源泉を甦らしめることによって實現する。

今日も、國體の真姿に開顕する事によって危機を乗り越えていかねばならない。必ず乗り越えることができると確信する。わが日本國民が護るべき最高のものは國體であり、変えるべきものは國體の真姿を隠蔽する全ての事象である。

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