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2012年10月11日 (木)

大嘗祭は「天孫降臨」の繰り返しである

天皇が御即位された後初めて行われる新嘗祭を大嘗祭といふ。大嘗祭は、全國各地から集めたお米を天照大神にお供へをして、五穀の豊饒を感謝すると共に、天皇がお供へしたお米を神と共に食される。そして天皇・神・穀物の霊が一体となる行事である。このみ祭りによって、天皇は、現御神(地上に現れた神」としての神聖性を保持されると承る。

大嘗祭は、天孫降臨の繰り返しの行事である。そもそも「まつり」とは元初(ものごとの一番始め)の行事の繰り返しである。天照大神は邇邇藝命に稲穂をお授けになって「このお米を地上にたくさん実らせ、豊葦原瑞穂の國を統治しなさい」と御命令になる。邇邇藝命は、その稲穂を奉持して、真床追衾(まとこおふふすま)に包(くる)まれて地上の高千穂の峰に天降られる。真床追衾とは、床を覆ふ夜具で、おくるみ(赤ん坊を抱く時、衣服の上からくるむもの)のやうなものである。

日継の皇子の御魂と天照大神と神霊と稲穂の霊と一体となり、日継の皇子が日の御子(現御神)としての神聖性を開顕されるまつりである大嘗祭においても、天皇は真床追衾に包まれるといふ。

大嘗祭によって新しい天皇が、先の天皇と同じやうに神と一体となられるのである。つまり御歴代の天皇は、御肉体は変られても、「やすみししわが大君 高照らす日の御子」といふ神聖なる本質・神格は全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。

大嘗祭は、天孫降臨といふ元初の事実の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一体になられるおまつりであり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。大嘗祭は、この歌が歌はれた持統天皇の御代から行はれるやうになったと承る。

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