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2012年10月28日 (日)

日本における愛国心・ナショナリズムは尊皇精神・国体観念と一体である

「愛国心」とは個人が運命共同体として結集し拡大された鞏固なる歴史的存在意識であるといふ。「愛国心」といふ言葉が使はれ出したのはおそらく明治以降であらう。「愛国心」極言して「ナショナリズム」といふ言葉は、明治以後外国との交渉や競争が激しくなってきてから顕在化したと言へる。これはいふまでもなく「やまと言葉」ではない。また国を愛する心は日本国民のみが持ってゐるものではない。

日本民族の国を愛する心の特質は、「尊皇愛国」といふ言葉もあるやうに萬邦無比といはれる日本国体の精神即ち天皇尊崇の心と一体であるところにある。日本人における愛国心は、日本人一人一人が静かに抱き継承してきた天皇を尊崇しさらに麗しい日本の自然を愛するごく自然な心である。

日本人にとって愛する祖国とは本来的には『君が代』なのである。これが日本の愛国心の特質である。ゆえに『国歌・君が代』こそ最大の愛国歌といふことができる。

日本における愛国心とは「恋闕心」(「みかどべ」を恋ふる心)であり「麗しき山河即ち自然を慈しむ心」である。どちらも「愛」の極致である。

そして、防人が「大君の命かしこみ」と歌って以来、蒙古襲来の時は日本神国思想が勃興し、幕末において欧米諸国のアジア侵略を脅威と感じた時も『尊皇攘夷』が叫ばれ、明治以来大東亜戦争に至るまでの内外の危機に際して勃興したのも国体精神である。日本における愛国心・ナショナリズムは尊皇精神・国体観念と一体である。

大化改新・明治維新・大東亜戦争を見ても明らかなやうに、日本における変革や国難の打開は、必ず愛国心・尊皇心の興起と一体であった。

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