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2012年10月18日 (木)

何故、天皇は神聖なる御存在であらせらるのか

何故、天皇は神聖なる御存在であらせられるのか、それは天皇が、天照大神の地上に於ける御代理であらせられるという「神話の精神」によるのである。また、何故天皇が日本國の統治者であらせられるのか、それは天皇が、天照大神より日本國を統治せよと御命令を受けておられるという「神話の精神」によるのである。それ以外に理由はないのである。このことをまず以て確認しなければならない。古代から今日に至るまで様々な時代の変遷があったが、このことは決して変わることはないのである。

 したがって『現行占領憲法』第一章の「天皇の地位は日本國民の総意に基づく」という条項は天皇の御本質を正しく表現していない。

 「神話の精神」と言うと非科學的だとか歴史的事実ではないと主張してこれを否定する人がいる。しかし、神話は荒唐無稽な伝承ではない。「神話」において語られているのは、一切のものごとの生成の根源であり古代人の英知の結晶であり、神話的真実なのである。「神話」には日本民族の中核的思想精神・根本的性格(國家観・人間観・宇宙観・神観・道義観・生活観など)が語られているのである。それは、天地自然・生きとし生けるもの一切の中に、神の命を見るという信仰精神である。

 そうした「日本神話の精神」は、は西洋科学技術文明及び排他独善の一神教を淵源とする闘争的な西洋政治思想の行きづまりが原因となった全世界的危機を打開する力を持っている。

 しかも日本民族の「神話の精神」はただ単に『古事記』『日本書紀』といった文献だけでなく、「天皇の祭祀」という「生きた行事」によって今日まで継承され語られているのである。「神話」には時間を超えた永遠の価値がある。日本民族の伝統的思想精神の結晶である「神話」への回帰こそが、現代の混迷を打開する方途である。

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