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2012年10月19日 (金)

和歌と言霊

村上一郎氏は、文学および詩歌を定義して「詩的な言語表現をもってする人間の生き死にの道の表現である」(『明治維新の精神過程』)と語ってゐる。人間の「生き死にの道」の表現を言語で行ふことは、言葉の価値を最高に認めることである。

いのちが枯渇し言靈が失はれた言語が氾濫する情報化時代の現代においてこのことは重要である。現代においても、和歌や俳句といふ日本傳統文藝は多くの人々によって継承され愛好されてゐる。しかし、命ある言葉・言霊は不足してゐるのではないだらうか。

歌とは、神への「訴へ」をその起源とするのである。和歌は、元初から神聖なるものとして尊ばれてきた。その神聖感は近世に至るまで生きてゐた。『古今和歌集序』の「天地をも動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ」といふことは、決して誇張ではなく真実にさう信じられてゐたのである。

近代とりわけ戦後になって、この魂の訴へとしての和歌を喪失したのではないか。西洋の影響下に展開して来た近代文学全般が日本古来からの言霊信仰を無視した事のその原因がある。今こそ、魂のこもった和歌が多くの人々によって歌ひあげられなければならない。言霊の幸はふ國を回復しなければならない。

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