« 千駄木庵日乗十月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月二十一日 »

2012年10月21日 (日)

「神への回帰」「自然への畏敬」という精神性を重視した世界観・文明観の確立

<近代合理主義>を根底に置いた物質文明及び経済至上主義の行きづまりによる今日の混迷を打開するためには、正しき「宗教精神」への回帰が大切である。

しかし、「宗教精神」への回帰とは、安易にしていかがわしい神秘主義や狂信的な教団宗教へのよりかかりであってはならない。むしろそうしたものを厳しく否定しなければならない。教団宗教は、往々にして排他独善の姿勢に陥りやすい。世界の宗教史は宗教戦争の歴史といっても過言ではない原因はここにある。そして今日それが日本国内においても世界においてもますます激化してきている。

 

日本伝統信仰すなわち神道には教祖がいない。教典もない。ただ「神への祭り」を行い、「神の道」に随順して生きる事を大切にしている。これが、わが国の伝統的な信仰精神の基本である。つまり日本神道の本質は、特定の人物によって書かれた教条・教義の中には無いのである。文字通り「神」及び「道」のそのものの中にあるのである。我々日本人は、その「神」を祭り「神の道」を現実に生きることによって宗教的安穏を得るのである。

今日の日本人には、西洋精神の影響を受けて自然への畏敬の念を失ってしまった人が多いが、古来、日本人は自然を神として拝み尊んでいた。そうした日本民族が継承してきた伝統的な正しき信仰精神を正しく継承し現代において生かす事が必要なのである。

日本の古代から継承されてきた伝統精神を「神ながらの道」と称してきたのは、日本の伝統精神はある特定の人物によって説かれた「法」でもなければ「教義」でもないからである。人間の作り出した独善的教義や科学技術や人間が発見した<合理的法則>というものが全てを解決するという傲慢な考え方を持たない。

「神への回帰」「自然への畏敬」という精神性を重視した世界観・文明観を確立することが、これからの人類の生存のために不可欠である。であるがゆえに、神道(神ながらの道)という精神伝統を保持する日本が、新しい文明を切り開いていく可能性が非常に高いのである。

|

« 千駄木庵日乗十月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月二十一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/55935998

この記事へのトラックバック一覧です: 「神への回帰」「自然への畏敬」という精神性を重視した世界観・文明観の確立:

« 千駄木庵日乗十月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月二十一日 »