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2012年9月21日 (金)

鈴木邦男さんの「愛国」論について

鈴木邦男氏は、生長の家活動をしていた頃からの先輩です。もう四十年以上のお付き合いです。色々お世話になりました。若き日の私にとって鈴木さんは見習うべき先輩であり、指標でもありました。我が儘でいろいろ失礼な言動の多い私の事も広く包容して下さいました。有り難いことでありました。今でも深く感謝しております。先日も「一水会四十周年」の会合をご一緒に実行委員を務めました。

『朝日新聞』九月十九日号の「オピニオン・耕論」という記事で、「愛国」と題して鈴木さんが語っておられます。色々考えされられるご意見でしたが、納得できない事、私とは意見が大きく異なることを語っておられます。お世話になった先輩を批判することは本来慎まねばならないのですが、今回ばかりは黙し難く、少し書かせていただきます。

「愛国」「排外主義」「自国愛」いう言葉についての鈴木さんの考え方は全面的に否定することはできません。しかし私は「愛国」という言葉が好きです。何しろ幼い時に深く共鳴し影響を受けた政党は『大日本愛国党』そして赤尾敏先生なのですから…。赤尾先生が「アカの手先はソ連へ行け。馬鹿野郎」と左翼のデモ隊を叱咤する姿に感動したことを昨日のように思い出します。

鈴木さんの今回の主張で最も気になったというか、私とは見解が全く違うと思ったのは次の言葉であります。

「日本はアジア諸国に対し、弁解のしようのない失敗を犯してきた」「愛国を訴える政治家は多くいます。…愛国を訴えて、立派な政治家と思われたいのでしょう。あまりにも不純、卑劣な態度です。国民生活を豊かにできない自らの無能を隠すために愛国を利用する卑怯者です」「多様性・敵対性もすべて含めて抱きしめる心。それが、日の丸掲揚や靖国参拝の回数では、はかれない真の愛国だと思います」。

日本がアジア諸国に対して犯した弁解のしようのない失敗とは具体的にはどのようなことを指すのでしょうか。私には全く分かりません。間違った歴史観を批判することが「心の痛みを伴わない愛国心」とは決して思いません。

「愛国」を訴える政治家は多くはいません。鈴木さんは、石原慎太郎・安倍晋三の両氏を念頭に置いてこういうことを言ったのでしょうか。私は石原・安倍両氏が不純・卑劣・無能とは決して思いません。

日の丸を仰ぐと、私は清々しい広い心になります。太陽のような温かい心を持たねばならないと実感します。靖国神社に参拝すると、英霊に対する感謝の心が自然に湧いてきます。厳粛な心になります。靖国神社に参拝して、敵対心や排外主義が湧いて来たなどという事は一度もありません。

日本という国はもともと敵対する人々や国家を広く包容していく心を持っています。鈴木さんはその事を言いたかったのかもしれませんが、やはり納得できないことが多く語られていました。いずれ詳しく論じさせていただきたく存じます。

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