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2012年9月 2日 (日)

中華帝国主義について

支那には天下という観念は発達したが、國家という観念は無かった。そうした國家観念の希薄さが、「中華思想」という侵略主義・大國主義を生んだ。

津田右左吉氏は次のように論じている。「彼ら(註・支那人)は自分の國を我々が思ふやうな、又近代的意義での、國家とは思ってゐなかったのである。彼らは自分等を中華とし、自分等で無いものを夷狄として、中華は夷狄を支配するべきものと考へ、天の代表者である自分等の天子は、すべての夷狄、即ち全世界・全天下に君臨してゐるものだと考へてゐた。」(『文学に現はれたる我が國民思想の研究』)。

支那人に國家観念が無かったということは、自分の國も無いけれどもよその國も無いということなのである。外國の存在そのものを認めていないのだ。世界・天下の中心の支那があり、世界・天下の人民も國土も全て支那の皇帝のものだとするのである。しかして、世界各地域の王たちは支那皇帝によって冊封(さくほう・天子の命で官・位を授ける書きつけである『冊』により諸侯に封禄・爵位を授けること。言い換えると支那皇帝の勅書によって爵位や領土を定められること)されることによって初めてその地位と権力を認められ正統な王となり得るという考え方なのである。 

こうした支那の身勝手な文字通り帝國主義的論理をつきつめれば、支那と対等な関係の國は存在しないということになる。支那人にとって天下即ち全世界が支那の皇帝のものなのである。支那の皇帝に朝貢するという形式でしか外交というものはあり得ないのである。これを「中華帝國主義」という。その根底にあるのが「中華思想」である。

こうした「中華帝国主義」が、近代の國家観念・ナショナリズムと結びついたのが今の共産支那の膨張政策である。支那共産帝國は、國内的には残虐にして強固な独裁體制を確立し、國外的には侵略思想・差別思想を持ち続け、周辺諸國の領土を掠め取るのは当たり前だし、気に入らない國に対しては武力で恫喝し制裁を加えた。

共産支那は、朝鮮戦争・中印戦争・中越戦争・チベット侵略・中ソ武力衝突など数々の戦争を起こし、チベット・内蒙古・満洲・東トルキスタン(新疆ウイグル)に対して侵略支配を行なっている。そして近年対外膨脹策を一層強め、台湾・尖閣諸島・南沙諸島などへの武力侵攻を企て、アジアにおける覇権を確立せんとしているのである。

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