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2012年9月26日 (水)

渡邉允宮内庁参与(前侍従長)の講演内容

『第九回日本学協会講演会』における渡邉允宮内庁参与(前侍従長)の講演内容は次の通り。(小生のメモと記憶に基づいて書きました。言うまでもなく文責は小生にあります。)

            〇

「昭和六十二年、当時の皇太子殿下同妃両殿下が御訪米された時、外務省北米局長としてお供した。私としてはそれが、両陛下にお仕えした最初。外国御訪問のお世話をする仕事をする外務省儀典局長になった。平成六年、両陛下は二回外国に行かれた。初夏にアメリカ、秋にフランス・スペインに行かれた。儀典局長としてお供をし、両陛下にお仕えした。翌年の平成七年式部官長になった。阪神淡路大震災の時、侍従長拝命。十年半お仕えした。

両陛下のなさっていることは、報道されていることと、報道されていないことがあり、報道されていないことが圧倒的に多い。それを国民が知る事が出来ないことが心配。

両陛下は、お正月はお忙しい。元旦には午前四時半に神嘉殿の前庭で『四方拝』を行われる。伊勢の神宮をはじめとして四方の神々をお祭りされる。寒くてまだ真っ暗。神主の御装束を召される。『四方拝』の後、宮中三殿で『歳旦祭』が行われる。一月最初のお祭り。賢所・皇靈殿・神殿の宮中三殿は、陛下のお祈りの場。

いったん御所に戻られた後、祝賀を受けられる。一日中燕尾服に勲章をつけておられる。皇后陛下は勲章と冠をかぶられる。一日の夕方、皇族方が集まられて正月のお祝いをされる。二日は、皇居一般参賀が行われる。五十分に一回お出ましになり『お言葉』を述べられ、祝賀を受けられる。毎年必ず、これまでの一般参賀の時の『お言葉』をご覧になり、その年の『お言葉』をお決めになり仰せになる。陛下としては一語一語考えて仰せになる。

一般参賀の時、ブラジルの国旗を持った車椅子の人がいたら、『大丈夫か』とご心配になった。また、両陛下の御前で倒れられた人がいたら非常にご心配になり、『どうしたか』とご下問があり、『無事家に帰りました』と申し上げると、『大丈夫ですか』という伝言をするように仰せになった。

三日は、国と国民の繁栄を祈る『元始祭』が行われる。天皇陛下は毎日その日の初めに神を祭られてこられた。今日でも毎日侍従が宮中三殿にご代拝し拝礼が行われている。『新嘗祭』では二回にわたって二時間正座される。

陛下は東日本大震災の前から、環境問題と節約のためにクールビズを実行された。皇居内で自動車を運転される。制限速度を必ずお守りになる。ある時は、『免許証を忘れて来た』と仰せになり御所に戻って来られた。

昭和五十年の海洋博の時、屋良朝苗知事は、両陛下を心を尽くしてお迎えした。ひめゆりの塔でああいう事が起った。屋良知事は声涙倶に下るお見舞いの言葉を申し上げた。両陛下は『屋良さんこそ大丈夫ですか』と仰せになった。屋良さんが亡くなられた時、陛下は『花輪を贈りたい』と仰せになった。私は、『基準に当てはまらない』と申し上げたら、陛下は『それはおかしい』と仰せになった。陛下は穏やかな方で叱られたことはない。しかしその時だけは叱られた。仰せの通りにした」。

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