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2012年9月 1日 (土)

「入門能楽鑑賞講座」と題する半田晴久氏の講演

『第十四回東京大薪能』における「入門能楽鑑賞講座」と題する半田晴久氏の講演内容は次の通り。

「能は、省略の芸術。序破急で出来ている。能は一人の能楽師が面を付け替えるだけで色々な人物になる。松は御神木。神に捧げる芸術。能面(オモテ)の最小限の動きで、悲しさ・喜びを表す。それだけ難しい。最小限の省略で最大の中身を伝える。シテにすべてが集中する。一点豪華主義。『シテ買い』は能から来た言葉。

室町時代にできたものだから老荘思想の影響あり。世阿弥の『花伝書』に『秘すれば花』とある。表そうとすれば隠れ、隠そうとすれば現れる。奥ゆかしい。谷崎潤一郎は『陰影の美学』と言った。露出しない。茶道・禅に結びついている。『金閣寺はオペラ、銀閣寺は能』と言われる。日本人の文化意識が表れている。『無為にして為さざるは無し』が一番大事。人為的計らいが無いと何でも出来る。能は省略するが、為さざるは無い。内面的ポイントは全て備わって来る。イメージが広がる。近代的ビルに中でぴったりはまる。偉大なる芸術に日本人は誇りを持つべし。動く彫刻とも言われる。

『謡』の言葉の中にも序破急がある。歩くのも、回転も序破急がある。どう序破急をつけて行くかが能楽師のセンス。野口兼資が演じると、肉体の声は同じでも、その役になりきる。肉体の声より心の声を尊重する。能面をつけることによって色々なキャラクターを演ずるが声は同じ。しかし、天女の声に聞こえてくる。見ていて感動する。能楽師には得意な演目があっては駄目。真言密教の境地。時間の流れが遅い」。

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