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2012年9月23日 (日)

我々が愛する国家とは

「國家」といふ言葉は「漢語」であるが、「やまとことば」には「クニ」といふ言葉がある。この「クニ」といふ言葉は「懐かしい故郷」といふ意味で用いられる場合がある。「あなたクニはどこですか?」「クニの父さん、母さん」と言ふ時は、故郷といふ意味である。英語でいふと「country」である。ところが「クニに税金を取られる」という時の「クニ」は、行政機構・権力組織のことである。英語でいふと「state」である。

「母國」とか「祖國」とかいふ言葉で表現される一定の広がりを持った土地の上に自然に生まれた共同體が、我々が懐かしく思ふ「國」である。その基本は夫婦であり子であり孫である。すなはち「家」である。「國」と「家」は一體である。ゆゑに「國家」といふ言葉が生まれたのではなかろうか。

我々が愛する國とはやはり「懐かしい故郷」としての國家であり、権力機構としての國家ではない。税務署や警察署を懐かしく思ひ愛着を抱く人はそんなに多くはないだらう。そこを職場にしてゐる人以外は皆無に近いと思ふ。

権力機構としての國家を否定することは或いは可能かもしれない。例へば「腐敗堕落した官僚や政治家が好き勝手なことをしてゐるから税金なんか納めない」と主張し、それを實行することは可能である。(勿論それによって権力機構から制裁を加へられるだらうが…)しかし、「父祖の國」「母國」と表現されるところの「國」に生まれ育ち生きてゐる事實は否定できない。

わが國のやうに建國以来三千年の歴史を持つ國においては、無理に英語を用いて定義を分けなくても「國家とは悠久の歴史を持ち、日本國民が生まれ生活してきたところ」といふのが自然の観念である。

國家を否定し、國家を破壊する運動を展開してきたのが共産主義革命運動である。これは、マルクスの「我々が國家を持つのは資本主義においてのみである」「國家は少数者による多数者に對する支配と搾取の體制」「國家は人間疎外の装置」といふ思想による。

しかし、共産主義國家こそ、多数者による少数者の搾取を行ひ、人間疎外の装置として國民を圧迫し苦しめてきたことは、旧ソ連・共産支那・北朝鮮を見れば明らかである。権力無き社會の實現を目指して戦った共産主義勢力は、その結果として強大にして残虐無比な権力國家を作りあげた。

また、共産主義社會の實現を目指し反國家闘争を繰り返してきた日本國内の共産主義勢力は、仲間内で恐るべき闘争を繰り返し互ひに殺し合ってきた。

社民党や共産党など國家否定を目的とする左翼革命勢力こそ、権力國家の建設を目指し、外國の権力國家の侵略に協力してきた。戦後日本における「反國家・國家破壊の思想と行動」は惨禍しかもたらさなかったのである。

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