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2012年9月 1日 (土)

福沢諭吉の『脱亜論』に思う

福沢諭吉は、その『脱亜論』に於いて次のような論じた。

「支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり」。

私は、この文章はあまり好きではなかった。特に、「西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ」との一節は、西欧列強がアジアアフリカなどを侵略支配したように、わが国も支那朝鮮に対して侵略支配すべしという考え方なのかと思い反感を覚えた。しかし、今日の支那・朝鮮による我が国に対する悪行を見ると、福沢のこの激語・考え方も分かるような気がするのである。

支那・朝鮮がわが国の隣国であるからとて、何をされても、ニコニコ笑って「大人の対応」をするべきではない。「悪友」の侵略・不法行為から、わが国の尊厳性・独立・主権・安全を守るために、わが国の尊皇攘夷精神を発揮して「處分す可きのみ」である。

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