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2012年8月12日 (日)

永江太郎氏の講演

今日行われた永江太郎氏の講演で印象に残った話を記させて頂きます。 

            〇

アメリカは真珠湾攻撃があり得ることは十分研究していた。昭和十六年四月七日のアメリカ軍の『統合陸海軍基本戦争計画』には「日本との戦争は真珠湾攻撃を以て開始される」と記されている。真珠湾攻撃が行われるという認識は一致していた。日本海軍の基本計画は、「米国より来襲する敵艦隊を日本近海で迎撃して撃滅する」というものだった。真珠湾攻撃は山本五十六大将の個人的発想。山本連合艦隊司令長官は航空機重視。当時の海軍は大艦巨砲主義で、航空機中心主義に頭の切り替えが出来なかった。制海権より制空権への端緒を開いたのが真珠湾攻撃。真珠湾攻撃では、敵の主力艦隊を撃滅したが、機動部隊を討ち漏らした。これがミッドウェー海戦へとつながる。ミッドウェー海戦では海軍の攻撃能力を失った。パイロットを失ったことがミッドウェー海戦の最大の失敗。それは敵の三隻の空母を討ち漏らしたことが原因。このことが「一年から二年暴れまわる」という構想が実現できなかった。ルーズベルトは真珠湾攻撃で大義名分を持つことができた。歴史は時間が解決する。真珠湾攻撃でアメリカ国民の戦意を阻喪させることが出来なかった。アメリカ国民の士気を失わせることが出来なかった。かえってアメリカ国民の戦意を高揚させたのは失敗だった。永野修身は「戦わざれば亡国、戦うもまた亡国であれば、戦わずしての亡国は身も心も民族永遠の亡国である。戦って死中に活を見いだし護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残せば、我らの子孫はかならずや再起、三起するであろう」と言った。『ハルノート』の『日本軍の支那大陸からの撤退』に満州が含まれるのかどうか確認すべきだった。歴史は資料を以て語らしめるべし。推論は飽く迄も推論」。

        ◎

相手に先に殴らせておいて、自国民の戦意を高揚させ、徹底的に相手をやっつけるというのがアメリカの常套手段である。メキシコとの戦争というよりもメキシコ侵略でも、先にアラモ砦をメキシコの攻撃させておいて「リメンバー・アラモ」を合言葉にして戦った。真珠湾攻撃もそれと同じだ。アメリカは「リメンバ・パールハーバー」を合言葉に日本と戦った。しかも真珠湾攻撃でわが軍は軍事施設しか攻撃しなかったのに、アメリカはわが国全国主要都市を爆撃し、広島・長崎の原爆二発を投下して無辜のわが国民を殺戮した。

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