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2012年8月23日 (木)

日本伝統精神の復興による危機の打開

橘曙覧(幕末の歌人・國学者。越前国(福井県)の人。王政復古を希求。萬葉調の気品ある歌を詠んだ)は次のやうに歌った。

利(くぼさ)のみむさぼる國に正しかる日嗣(ひつぎ)のゆゑをしめしたらなむ

この歌について折口信夫氏は、「彼の夷狄らは利を貪り、利を營むことにのみ汲々としてゐるが、其故にこそ、王者の興亡が常ならぬのである。正しい皇統の連綿としておはす故を、彼らにしらしめてやるがよいと言ふ…夷狄の、利に敏いことを聞いて、又人に諭したのだ。さう言ふ外国人などとの通交に、わが国が不利益な立場にばかり立ってゐた事を知ってゐたのである。」(『橘曙覧評傳』)と論じてゐる。

支那は今や曙覧が言ふ「利のみ貪る國」になり果ててしまった。鄧小平以後の支那共産党政権の基本路線である「社会主義市場經濟」「改革開放」とは、「利を貪る路線」である。環境破壊や貧富の格差を顧みず外資に依存したこの路線はやがて破綻すると見る人が多い。自然の荒廃は人心の荒廃につながるし貧富の差の拡大もまた民衆の心を荒廃せしめる。

支那は日本から利を貪らうとして過去の歴史問題を持ち出し、あれこれと内政干渉を繰り返してゐる。それだけではなく、わが国に対して領土的野心をむき出しにしてきた。これに対しては、毅然として対処し、あらゆる手段を用いて撃退しなければならない。

わが國の歴史を回顧すると、國家的危機の時こそ、尊皇精神・愛國心が勃興し、その危機を乗り切ってきた。白村江の戦ひに敗れ、唐新羅連合軍のわが國への侵攻の危機に見舞はれた時には、大化改新を断行し、天皇中心の國家體制を明徴化した。壬申の乱の後には、皇室祭祀および伊勢の神宮祭祀の制度が確立し『記紀』及び『萬葉集』が編纂され天皇中心の國家思想が正しく確立された。元寇の時には、それこそ全國民的に神國思想が勃興し國難を乗り切った。幕末の外患の危機に際しては、尊皇攘夷をスローガンとする明治維新が断行され、日本の独立を維持し近代國家として出発した。

今日の日本の危機的状況も、ナショナリズムの興起・日本傳統精神の復興により必ず打開し乗り切ることができると確信する。

それと共に、橘曙覧が歌った通り、「無私の精神」の体現者であらせられる天津日嗣日本天皇を君主と仰ぐ祭祀国家・信仰共同体日本の素晴らしい姿を支那にしろしめすことが大切である。

祭祀とは、自己を無にして神に合一する行事である。自然と祖靈を神として崇める古代祭祀国家の信仰を祭祀といふ生きた行事で今日においても継承してゐるわが國こそ、荒廃した「支那」を救済する原理を有してゐる。「祭りの精神」が、アジアそして世界に広がれば世界の真の平和が実現すると信ずる。

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