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2012年8月 7日 (火)

日本は決して支那の属国になってはならない

駐共産支那日本大使の丹羽宇一郎氏は、深田佑介氏に対して「将来は大中華圏の時代が到来する」「日本は中国の属国として生きて行けばいい」「それが日本が幸福かつ安全に生きる道です」と言ったといふ。

中華思想の毒素に侵された人物が、日本の国益を守ることを第一の使命とする特命全権大使をしてゐることはまさに国家的危機である。

「共産支那帝国」の「皇帝」であった毛沢東は、どれだけの人を殺したか分からない。即位する前の内戦、即位した後の文革などで数千万の人を殺した。毛沢東は、ロシア共産革命後の独裁者であり殺戮者であるスターリンを評価し、スターリン批判を行ったフルシチョフと対立した。

そして、毛沢東は、劉少奇・彭徳懐・賀龍をはじめとする多数の「革命の同志」をなぶり殺しにした。毛沢東は支那最初の統一者であり殺戮者であった秦の始皇帝を最も偉大な政治家として評価した。

外部に漏れた支那共産党の内部文献によると、毛沢東による共産支那帝国建国以来文革までの殺戮数は二千六百万人であったといふ。また、アメリカ上院安全委員会が一九七一年に出した調査報告書では、「毛沢東は共産主義政権を樹立して最初の十年間で三千万人の大衆を殺害し、大躍進から文化大革命直前までの十年間に二千万人、合計五千万人を殺害し、これに文化大革命の犠牲者数二千万人を加えれば、途方もない大虐殺数になる。

小生が初めて台湾に行ったのは、まだ蒋介石が存命中の昭和四十年代の後半であった。ホテルで国民党機関紙『中央日報』を読んでびっくりした。毛沢東や葉剣英といふ中共指導者の名前の姓と名の間に『匪』という字を入れて「毛匪沢東」「葉匪剣英」と書いてゐたのである。毛沢東・葉剣英は集団で人殺し・略奪などを行ふ匪賊扱ひである。また南京国民政府主席だった汪兆銘のことは「汪逆精衛」と書いてゐるである。精衛は、蒋介石と袂を分かち南京国民政府をつくり対日和平路線をとった人なので、逆族だといふことである。支那は言葉の国だとは言はれるが、相当の怨念体質を持ってゐる国だと思った。

わが国では、蘇我入鹿や足利尊氏を批判する歴史書でも、戦時中の日本でも、「蘇我逆入鹿」「足利逆高氏」とは書かなかった。

日本と支那とはこれほどに文化感覚が異なるのである。「東アジア共同体」などが出来るはずはないし、日本は決して支那の属国になってはならないのである。

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