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2012年7月14日 (土)

『三島由紀夫研究会公開講座』における富岡幸一郎関東学院教授の講演内容・その一

『三島由紀夫研究会公開講座』における富岡幸一郎関東学院教授の講演内容は次の通り。

「三島由紀夫氏自決の時、私は中学一年生であった。教員室で教員が総立ちになってテレビを見ていた。この事件が無ければ自分が文学を志したかどうかわからない。高校時代に『憂国忌』で『太陽と鉄』について話した。自分にとって決定的なことであった。今年八十七歳で吉本隆明が亡くなった。吉本は三島の自決の時、『三島の自決は長い時間を経てその意味が大変大きな意味を持つであろう』と書いた。吉本は三島の死がはらむ衝撃力がよくわかっていた。

三島は『女帝容認論』を書いていない。三島は文学とはたおやめぶりだと言っている。文学とは徹底してなよなよしたものであり、そこに日本文学の本質があると言った。仮名文字を発明し、仮名文学が日本文学の源流であると言っていた。三島は『女帝容認論』ではないと思う。

『文化防衛論』に三島の天皇論がまとめられている。文化概念としての天皇を強く言っている。文化の自由な想像力を包含するものとしての天皇を、『文化概念としての天皇』と言っている。ギリシアにはオリジナルな文化はすでにない。伊勢神宮の御造営に見られるように新しく作られて今あるものがオリジナルになる。歌道の本歌取りも同じ。天皇の本質は日本文化の本質であると言い当てている。

天皇は元首以上の存在である。連続性・文化性・祭祀性は元首という言葉では覆い尽くせない。その意味で象徴という言葉は意味を持つ。天皇の祭祀性・宗教性を包含する言葉が象徴。憲法に象徴という言葉を積極的な意味で記すべきだ。千年を貫く歴史・伝統・祭祀という意味を込めた象徴という言葉は占領憲法に使われた意味をはるかに超えた意味を持つ。

震災の後、天皇という存在の主体性・連続性をお示しになった。『自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々,諸外国から救援のために来日した人々,国内の様々な救援組織に属する人々が,余震の続く危険な状況の中で,日夜救援活動を進めている努力に感謝し,その労を深くねぎらいたく思います』との『お言葉』に深い感銘を受けた。

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