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2012年6月18日 (月)

所功京都産業大学法学部教授の講演内容

六月六日に行われた「國體文化講演会」における所功京都産業大学法学部教授の講演内容は次の通り。

「皇室が末永く続いて行かれますように、国民としてどういうことを考え、どういうことをさせて頂けるか。

寬仁親王殿下に数年前直接お目にかかった。それが御縁で私共の大学に来ていただいてお話をしていただいた。

私は、昭和十六年に岐阜県に生まれ育った。父は戦死した。母から影響を受けた。家には両陛下の御真影があった。昭和三十年、中学三年の時、日本遺族会のお世話で靖国神社遺児参拝に参加し、初めて東京に来た。その時初めて、皇居を拝した。

高校に入り、平泉澄先生の最後の直弟子で、中世史研究家であられ大変な敬神尊皇家の先生に日本史・世界史を教わり、日本史と神道に目覚めた。

昭和三十五年第一次安保の時、大学は全学連が支配。左翼学生運動の巣窟だった。皇室のことを口にすると反動呼ばわりされた。菅原道真公をテーマにして、九から十世紀の平安時代の学者政治家の働きを研究し始めた。

田中卓先生からお誘いがあって、皇學館に行った。皇學館大學は、明治十五年四月に神宮祭主久邇宮朝彦親王の令達により、林崎文庫内に皇學館が創設された。明治三三年二月、神宮祭主本館総裁賀陽宮邦憲王より令旨を賜った。皇學館は、神宮・皇室を仰ぐ大学。歴史を学べば学ぶほど皇室の重要性が分かるようになった。伊勢の神宮は、天皇のお祭りごとをお預かりしている。天皇の御聴許・御裁可を経て、祭祀を行っている。

昭和五十年から、村尾次郎先生の後任として教科書調査官になった。国会に呼び出されて吊るし上げに遭いかけた時、当時の文部省の事務次官・審議官が矢面に立ってくれた。『指導要領』に、天皇・皇室の事を教えることになっている。しかし、教科書に、天皇目皇室の事が書いていない。書いていても否定的に書いている。そのことを論文にしたら、日本共産党に攻撃された。彼らは、皇室の存在意義を認めているから問題にすると分かり、謹慎期間中、皇室のことを勉強した。江戸時代、天皇無くして将軍はあり得なかった」。

            ○

「皇室典範」「皇位継承」についてもお話があったが、極めて重大な事柄であり、小生のメモと記憶によって報告することは遠慮する。

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