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2012年6月28日 (木)

日本國體と『斎庭の穂の神勅』

天照大神は、皇孫・邇邇藝命に稲穂をお持たせになって天降らしめられた。しかもその稲穂は、天照大神が御自ら高天原で収穫された「斎庭の稲穂」である。天照大神の皇孫・邇邇藝命への最高のご命令は、「稲穂を實らせよ」といふことである。

天孫降臨の時に、天照大神は『天壤無窮の神勅』と共に『斎庭(ゆには)の穂(いなほ)の神勅』をお下しになり「吾が高天原に所御(きこしめ)す齋庭(ゆには)の穂(いなほ)を以て、亦吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし」(わが高天原につくってゐる神に捧げる稲を育てる田んぼの稲穂をわが子にまかせよう)と命令された。「斎庭」とは、神をまつるためにはらひ清めた所の意である。「きこしめす」とは、飲食するの尊敬語である。

『斎庭の穂の神勅』は、高天原で神々が行はれてゐた米作りをそのまま地上でも行ふべしといふ御命令である。天照大神から皇孫・邇邇藝命に「斎庭の穂(ゆにわのいなほ)」を授けられたのは、高天原の稲を地上に移し植えて日本國を「豊葦原の瑞穂の國」とすることが、天皇のご使命であり民族の使命であるといふことである。

古代日本人は、天上から傳へられた斎庭の穂を地上に稔らせることによって、地上と天上とが等しくなると信じた。これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示してゐると共に、日本民族の生活の基本である稲作が、太陽の恵みと祖先から傳へられた農耕技術によって支へられてゐることを示してゐる。

稲の種子を傳へるといふことは、米作りの生活を傳へることである。『斎庭穂の神勅』は、「米作り」といふ「くらし」の傳承なのである。これは、日本文化は米作りを基盤とすることを証ししてゐる。

これは、神々の米作りの手振り・くらしを、地上に生きる人々が神習ふといふ信仰である。神々の理想を地上において實現することである。その中心者が天照大神の「生みの子」であらせられる天皇なのである。

つまり、天皇は神意現成の中心者であらせられ、「高天原を地上に」「今を神代に」がわが國の國家理想である。このやうに素晴らしい國は世界に日本しかない。これを萬邦無比の國體という。

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