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2012年6月10日 (日)

『大日本帝国憲法』の國體精神

『大日本帝國憲法』には「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と規定されている。これこそまさに日本國體精神に立脚した精神である。日本國體精神とは、日本天皇は神聖なる祭祀主=現御神であられるという信仰である。日本國の憲法には、天皇は神聖不可侵の御存在である事を正しく規定されるべきである。

信仰共同體・祭祀國家日本の祭祀主であられる天皇は、その本質が神聖なる御存在である。これを<現御神信仰>という。この信仰は、日本伝統信仰即ち日本國體精神の中核である。わが國日本及び日本國民が神聖君主・日本天皇にお護り頂いているのであるから、大日本帝國憲法の「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という条文の精神は全く正しいのである。

天皇は常に無私の心で統治されるのである。無私の心とは神の御心のままといふことである。さらに御歴代の天皇の踏み行はれた道を継承されることを心がけられるのである。そのことがそのまま國民にその所を得さしめる事即ち国民の幸福実現となるのである。

憲法において、天皇は日本國の統治者であらせられ、神聖不可侵の御存在であられることを明確に規定すべきである。

わが国においては、天子たる天皇は天の神の御子として地上に天降られ、国民もまた神々の子孫であり、天皇は一大家族国家の中心であると考へてゐる。

 

実際の政治活動及び権力の行使には、闘争・謀略もあり駆け引きもありさらに腐敗もある。しかし、政治家や官僚に「天皇の臣下である」という自覚と慎みの心があれば、腐敗や闘争はかなりの程度これを抑止することができる。

天皇の神聖なる権威のもとに國会も行政府もあるという體制を整え、政治家も官僚も天皇の神聖権威に慎みかしこむことが、闘争や謀略や駆け引きの中で政治の理想を失った現代日本の政治の頽廃・堕落を反省せしめることとなる。

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