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2012年5月19日 (土)

黄文雄氏の講演内容

黄文雄氏の講演内容

五月四日に行われた『台湾研究フォーラム』における黄文雄氏の講演内容は次の通り。

「日本に来て四十九年、日本はずいぶん変わった。一九七〇年代は、日本の文化人は尖閣問題で、『日本帝国主義が中国から奪った』と主張して、日本政府に抗議した。私のように台湾独立運動にたずさわってきた人間にとってあの時代は苦しかった。二千年代になったら、尖閣防衛の街頭デモの人数も多くなった。文化人も変わって来た。しかし、ものの見方が短絡的なのは変わっていない。中国に対しても目先のところしか見ない。政治・経済・軍事が中心で、文化・文明を見ない。中国は経済発展するにつれて民主化するという考え方が強い。

日本の中国学者の見解は正確ではない。江戸時代の朱子学者も中国を正確にとらえていない。聖人の国・道徳の国というとらえ方は正確ではない。文革までは『中国には蠅も蚊も泥棒もいない』と伝えられていた。戦後のみならず江戸時代からそういう中国に対してそういった理想的イメージを抱いて来た。

中国人が口にすること、活字にすることは全て嘘と考えればいい。中国のマスメディアの報道は逆に見れば正しい。

乾隆皇帝に謁見したイギリス国王の使節は『わが朝には何でもある。欲しいものがあれば恵んでやる』と言われて通商を断られた。

中国の思想レベルは低い。儒教を教える人がいない。『孔子学院』で教えているのは『南京虐殺』のことだけ。

西洋人は中国を次のように見た。マカートニ―「反野蛮人」。J・F・デビス「半文明中国」。J・レッグ《野蛮への回帰》。H・N・レイ「アジアの野蛮人」。マルクス「生きた化石」。

空海の代表的著述『十住心論』(じゅうじゅうしんろん)は、人間の心を十段階に分け、それぞれに当時の代表的な思想を配置することによって体系を築いている。空海から見た孔子の思想はレベルが低い。野蛮から一段階上のところが儒教思想。その上が老荘思想。

儒教では『義たれ』『仁たれ』と教えるが、義とは何か、仁とは何かと聞いても誰も解釈できない。偽善者と独善者しか生まれて来ない。

日本人は美を求め、中国人は善を求めると言われる。古代ギリシアでは美と善は同じ。善についても定義できない。何が善であるかと言っても人によって概念が違う。

ローマ帝国は共和制が王制に進行した。中国は、党・政・軍の三権を牛耳らないと安定しない国。中国では民主化は不可能。中国は独裁で発展してきたのだから民主化することはない。

『戊戌の変法』という康有為の改革は明治維新の真似をして皇帝制を残した。辛亥革命は中国の政治制度を全て投げ捨てた。改革開放はもっと激しい文明の自殺。

中国が今直面するのは経済環境問題。経済成長を抑えると社会問題が起こる。精神異常が一億人を超える。あと二十年で四億人を超える。精神科医が少ない。

中国の長い歴史の中で軍は特別の存在。軍を抑えることができる指導者はいない。

中華文明には具体的なものは無い。清朝の土地で行われた文化はすべて自分のものとしているが、文明の系統として説明できない。中国人の持っている文明とは何かを答えることが出来ない。日本は二千六百年の文化と歴史の形を説明できる。自分の形がある。中国には自分たちの思想や基準がない。声が大きいものが勝つというのが彼らの基準。日本人はそれを心にかけなくてはいけない。

中国人はこれからもっと日本に入って来るから、日本人は危機感を持って対応すべし。支那と手を結んでアメリカに対峙するという考えが国を滅ぼす。漢籍で育ち、反米ナショナリズムを持ち、中国への贖罪意識を持つ人、消費市場としての中国に幻想を持っている人が多い。

海洋ナショナリズムが正しい。インド人が多く住んでいる東京の葛西で反インド感情が起らず、支那人が多い池袋で反支那感情が多い。文明は普遍的なもの、文化とは特殊なもの。ハードが文明、ソフトが文化」。

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