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2012年5月29日 (火)

神道と近代

明治維新当初は、祭政一致の古代国家再生が実行されようとしたが、それは文明開化路線とは相容れず、かつまた、仏教教団の反対にあって頓挫してしまった。明治以後神道が日本の国教になり他の宗教が圧迫されたというのは誤りである。神道はむしろ形骸化されたというべきである。

明治初期に「神仏分離令」が出され、廃仏毀釈が行なわれたのには理由がある。それは徳川幕藩体制下で、神道・神社が仏教から圧迫され制約を受けていたからである。その反動である。また、徳川幕府は仏教を尊崇したことが徳川幕府打倒の戦いであった維新の後に、仏教が一時的に排撃される要因となった。しかし、時を経ずして、廃仏毀釈・仏教排撃は行われなくなった。

当時の権力者伊藤博文・井上馨などほとんどは政教分離論者であったという。近代化が促進されるとともに、祭政一致の理想は軽視されるようになった。神社神道に対する国民的信仰はごく静かなものになった。明治維新から大東亜戦争終結まで神道だけが力を振い、他の宗教を圧迫したという事は無い。近代のいわゆる「国家神道」は形骸化した。

第二維新すなわち明治維新の理想貫徹をめざした人々=神風連は勿論西郷隆盛や江藤新平らは、大体神道を重んじ、キリスト教や仏教には批判的であったが、そういう勢力が抹殺されてしまった。昭和維新運動においてまた神道精神が勃興するのである。ただし、仏教が排撃されたということは全くない。昭和維新運動に仏教とりわけ日蓮主義は大きな影響を与えた。

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