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2012年5月15日 (火)

記紀・萬葉の世界では、「武」「歌」「戀」の三つは一体であった

和歌において相聞歌が実に大きな位置を占める。我が国土は、伊邪那岐命・伊邪那美命の「むすび」によって生成された。恋も歌もまさに神代の昔からのものなのである。

和歌が戀愛において大きな位置を占めるのは、和歌といふ言葉の芸術が、戀愛の心を伝達し交換する媒介だからである。また、戀とは「魂乞ひ」であるから、やまと歌にある言霊の力によって相手の魂と自分の魂を引き寄せ合ったのである。歌の起源は戀愛である。

『古事記』神代の巻の歌十一首中実に九首までが戀歌(相聞歌)である。また、「記紀歌謡」百数十首中その大部分が戀歌である。『萬葉集』も戀歌が圧倒的に多い。『百人一首』も恋歌が圧倒的に多い。「やまと歌」の主流は戀歌である。自然を詠んだ歌も、死者を弔ふ歌も、自然や死者への「戀歌」と言って良いと思ふ。

祖國愛も戀人への愛も家族への愛も、「愛するもののために自分を無にすること」が「愛」の窮極の姿である。これを「捨身無我」といふ。「捨身無我の愛」こそが日本民族にとって「最高の美」であった。

古代の「ますらを」は大いに戀愛し戀歌を歌った。神話時代や古代日本において、須佐之男命や日本武尊は、「戦ひの歌」「ますらをぶり」の歌と共に、戀愛の歌を歌はれた。須佐之男命が妻を娶られた時の喜びの歌である

「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」(多くの雲が湧く。出で立つ雲の幾重もの垣。妻ぐるみ中に籠めるやうに幾重もの垣を作る。ああその八重垣よ、といふほどの意)

は、和歌の発祥とされてゐる。天智天皇・天武天皇そして藤原鎌足も戀歌を歌はれた。記紀・萬葉の世界では、「武」「歌」「戀」の三つは一体であった。

わが國においては、やまと歌をはじめとした文芸も生活そのものもそして戦争ですら「美」を最高の価値とした。わが國の偉大なる武人・戦闘者と申して過言ではない日本武尊の物語において、最も美しい戀愛があり、そして最も高貴なる相聞歌が歌はれてゐることをわれわれ日本人は誇りとすべきである。

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